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第七話

「手紙、ありがとう」

 嬉しそうにミサが笑う。

「うん。本当に来るとは思わなかった。手紙には、来るなって書いたつもりだったんだけど……」

 心に浮かぶ様々な感情を強引に押し込んで、わざと溜息を吐き出して見せた。そんな僕を見て頬を膨らませながらも、ミサは真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「――嘘でしょ?」

 予想外の言葉に動揺しつつ、憮然とした態度でそれに答える。

「なにが?」

「本当は来て欲しかったんでしょ?」

「そんな訳な……」

「あるよ」

「だってジュン君、顔に嘘だって書いてあるよ」

「なんだよそれ……」

 当時とは逆転してしまったような僕らの関係。僕が弱くなったのか、それともミサが強くなったのか。きっと両方なのだろう。

「ねぇ、ジュン君。あの時の約束覚えてる?」

「約束って? まさかあの一方的なやつ?」

「うん、よかった。覚えててくれてありがとう。私ね、今も変わらずジュン君が好きだよ」

 真っ直ぐなミサの言葉が僕の胸に突き刺さる。

 あまりにも深く突き刺さったその言葉に、僕は何て答えたらいいのか分からなかった。

「そうか」

 絞り出したその言葉には何の意味もない。ただの相槌と変わらない。

「そうだよ。だから私をジュン君のお嫁さんにして」

 物凄く嬉しかった。

 五年もほったらかしにしていたのに、今も変わらず好きだと言ってくれた。こんな僕のお嫁さんになりたいと言ってくれた。

 こんな、こんな幸せな事があるのだろうか。


 ――でも。


「ごめん」

 僕の言葉に、それまで笑顔だったミサの表情が一瞬で曇ってしまった。

「どうして!? ジュン君はもう私の事好きじゃないの?」

 そうだよ。

 言おうとして、言葉にならなかった。

 嘘でもそれだけは言いたくなかったから。だから僕はミサの言葉を無視して話題をすり替えた。

「手紙は読んだんだろ?」

「読んだよ。だから何なの?」

「いや、何言ってるんだよ。これ見て分かるだろ?」

 聞き分けの悪いミサを説得するように、どうしようもない程の現実を提示する。

 でも……。

「分からないよ」

 イヤイヤと首を振るミサの姿に僕は呆れてしまう。

「分かってくれよ」

「嫌!」

「いい加減諦めてくれよ」


「どうして? 

 どうしてそんな事言うの? 

 どうして私が諦めなければいけないの?

 ジュン君は私の事が嫌いなの?

 もしそうなら、ちゃんと諦めるから。はっきり言って!」


「それは…… 僕は…… 僕はミサの事が……」

 嫌いだなんて、言葉に出来ない。たった三文字がどうしても言葉にならないのだ。

「私の事が何? ねぇ教えてよ!」

「僕は…… 僕は…… ごめん。分かってくれよ…… 一緒になったらダメなんだよ……」

 結局、嫌いだなんて言葉を口に出せないままに、僕は情けない声で泣いていた。


 そんな僕の手をミサが優しく握った。顔を上げればミサも泣いていた。

「ジュン君はバカだよ。

 交通事故で大怪我したから何なの?

 片足を失ったから何なの?

 片手を失ったから何なの?

 顔が半分潰れたから何なの?

 子供が出来ないかもしれないから何なの?

 そんな理由で、私の逆プロポーズを断らないでよ」


「そんな理由って……」

 事故で大怪我を負って、車椅子に乗っている僕に向かって言うセリフではないだろう。


「そんな理由だよ。

 片足で立てないなら私が支える。

 片手で足りないなら私が手伝う。

 顔が半分潰れたくらいじゃ、ジュン君の魅力はなくならない。

 子供が出来ないのは少し残念だけど、ジュン君と一緒にいられるならそれでいい。

 私はね、ジュン君が傍にいてくれるだけで幸せなの」


 バカだろ。

 そう思った。だって、ミサが言った事は並大抵の事ではないのだから。こんな俺を支えて生きていくと、自信満々に言い切ったのだ。左足の腿から先と、左の手首から先を失った僕の、顔の左半分は醜く潰れている。こんなのと一緒になったら苦労しかしないだろう事は分かり切っているはずなのに……。

 どうやって説得しようかと考えていると、僕の目の前でミサが天使みたいに笑った。頬を流れる涙が宝石みたいに美しく見えた。

 僕なんかといたら、ミサの美しさを損ねてしまう。そう思った。

「ありがとう。嬉しいよ。でも……」

 否定しようとして、簡単に阻止された。


「でもじゃない!

 私はジュン君の気持ちが知りたいの。

 私の事をどう想っているのか教えて。

 お願いだから、本当の事を言って」


 あまりにも真っ直ぐ過ぎるミサの言葉は、それまでの僕の決意を吹き飛ばしてしまった。絶対に意思を曲げないと決めていたのに。そのはずだったのに……。

 頑なだった僕の心は、強くて優しいミサの前ではあまりにも貧弱だったのだ。


「僕は……。 

 僕は今でもミサが好きだよ。 


 ――でも。


 分かって欲しい。

 僕はミサの負担になりたくないんだ。

 僕はこんな身体になってしまったから……。

 だからごめん。こんな僕を許して欲しい。

 僕はミサと……」


 それでも少しでも残っていた意地で、紡ぎ出そうとした僕の言葉。

 それは、当然のようにミサによって遮られた。


「嫌だよ!

 分かってあげないし、許してもあげない。

 もしどうしても許して欲しいなら、約束して。

 もう私を一人にしないって。

 ずっと傍にいるって。

 お願いだから、約束して」


「何だよ。それ……」

 めちゃくちゃじゃないか。


「何でもいいの。私はジュン君が傍にいてくれればそれで良いんだから

 だから……。

 だから、お願い」


 我が強くて、分からず屋で、ミサはそんな所ばかり僕に良く似ている。

 ――だけど。

 一途なその気持ちが嬉しくて、嬉しくて……。

 僕の意思は、ミサの強い気持ちの前に、完全に敗北を喫した。


「分かったよ。分かったから……」

「ホントに?」

「うん、ホントに」


「じゃあ、許してあげるね。

 いつか私がヨボヨボのおばあちゃんになって、息を引き取るその瞬間に。

 だから、それまで絶対に傍にいてね」


 なんだよそれは……。

 そんなの反則だ。

 

 本当は、僕の方からお願いしなきゃいけないはずなのに……。

 ミサの優しさに助けられてばかり。

 なんて情けない。 


 目の前では、涙を流しながら微笑むミサ。化粧は中途半端にとれて、目は赤く充血していた。

 それなのに。

 今まで僕が見てきたどんなミサよりも、美しく見えた。

 そんなミサを見て僕は思う。


 絶対にこの約束だけは守ろうと。

 ミサがおばあちゃんになって息を引き取るその瞬間まで傍に居続けようと。

「約束するよ」

 嗚咽を堪えて、絞り出した僕の言葉にミサは満足そうに頷いた。

「うん! 約束」


 絡められた僕らの小指。

 何よりも大切な僕らの約束。


 さよならなんて、もう言わない。











約束は守られた。



以上で完結となります。

気付いた方もいるかもしれませんが、本作は以前投稿した短編『婚約破棄なんて絶対に認めませんから』を現代版にリメイクしたものになります。999文字(狙いました)と短い作品ですので、興味がありましたら、そちらもお読み頂ければ幸いです。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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