これからもずっと、がんばるわたし
◇
失敗作の「断熱性能に優れたフライパン」を、保温に使う。
「うん、いいアイデアかもしれない」
逆転の発想でお湯をフライパンの内側に注ぐ。すると熱が逃げないのでお湯は熱いまま、しばらく冷めないはずだ。
これをスープなどのお料理と考えれば、温かいままにしておける。これは結構すごいことかもしれない。
特に、お料理を作るコックさんや、台所を預かる主婦にとって、一度冷めたお料理を温め直すのは手間と時間がかかる。
私だって、温かいままカリィのソースが保存できたら嬉しいし。
他にも予熱でコトコト煮込むような料理なんかにも使えるかも……。
そんなことを考えている間にも時間が過ぎてゆく。
見守っていた鍛冶屋のお弟子さん二人は、自分の仕事をしに工房の中へと戻っていった。
半刻(※約30分)ほど経過してから、フライパンの中に注いだお湯に触れてみると、「熱ッ!」と思わず叫ぶほどに熱いままだった。
「熱い……! でも、凄いかも!」
流石に沸騰したままじゃないけれど、指を入れられる温度じゃない。
「ナルルさん? 大丈夫ですか?」
鍛冶工房に戻っていた二人が、私の声を聞いてまた戻ってきた。
「え、えぇ平気です」
「よかった」
水を張った桶に浮かべたフライパンの内側は、30分を経過しても冷えなかった。
「それより見てください! 思った通りです! お湯が熱いままで冷めていません。保温できるフライパンって『売り文句』になりませんか!?」
わたしはちょっと興奮気味に二人に説明した。
「なるほど……! 外から熱しても意味はねぇが、内側に熱いのを入れりゃ逆に熱を逃がさない……ってわけか! なるほど納得だ。お湯や料理が冷めない鍋として売りゃいいじゃねぇか!」
納得した様子で大きく頷くシュルトさん。
「見事な逆転の発想です。私もこの考えに納得です」
感心した様子のアズラールさん。二人は
「流石、女の子は目のつけどころが違うぜ……!」
「うちにもナルルさんみたいな人がいてくれたら、良かったですけどね」
「いやぁ、そんな……! 照れちゃいます。デヘヘ」
シュルトさんとアズラールさんが褒めまくってくれる。こんなに優しくて素敵なイケメンなお兄さんが二人もいる職場って……いいなぁ。
つい気が緩んでデレデレなわたし。エルフ耳もちょっと下がっているかも。
「いっそこのまま、うちの店で働いてくれよ、なぁ?」
白い歯をみせて笑う、褐色の肌のシュルトさん。冗談めかして言っているけれどちょっと目がマジかも。
「い、いえいえ!? 私にはちゃんと大事な工房が」
慌てて両手を目の前でぶんぶんと振る。
「すまん……冗談だ、忘れてくれ。はぁ……」
「もう」
なんだガッカリ。でも、シュルトさんはなんだか残念そう?
「シュルト、職人の引き抜きは礼儀に反します。それと……お嬢さんの細腕で鍛冶屋は無理でしょう?」
「まぁな。それにあの頑固親父、女には鍛冶屋は無理だって言ってやがったしな」
「え!? わたし鍛冶屋になる前提だったんですか!?」
「ったりめーだ。この店で働くからにゃ、ハンマーを振り回して金属棒を叩いてもらうからな」
「嫌です、お断りですっ!」
可愛い看板娘とか「お嫁さん候補」とかではなく鍛冶屋!?
二人は私の様子を見て楽しそうに笑い声をあげた。
「とにかく、ありがとうございますナルルさん。売れない商品を捌く、光明が見えました」
「あぁ、恩に着るぜ。親父の機嫌も、これで直るってもんよ」
「はいっ、お役に立てたなら良かったです」
わたしはぺこりとお辞儀をした。
なんとか時間内にランツ先輩に任された仕事をやりとげたみたい。
心地の良い疲れと満足感とともに、またひとつ自信が持てた気がした。
そして、甲冑工房『竜のうろこ』を去る時。鍛冶屋の店主、ドワーフの親父さんは、お礼とフライパンをひとつくれた。
「鍋として売れれば無駄にもならん。それと……お嬢さんが見つけてくれた使い道、もう少し研究してみることにするぞな」
「そうですか! よかった」
「これはほんの謝礼じゃ」
「わ……?」
わたしは金貨一枚と一緒に、新しい魔法道具、名付けて『断熱鉄鍋』をひとつ貰い受けた。
「ありがとうございます!」
そして、新しい道具としての命が吹き込まれたフライパンを眺めながら、思う。
これでもう、使えない、要らない道具だなんて言われない。
誰かの手助けに、少しでも暮らしを便利にする、そんな道具になって欲しい。
――これからもお互い、がんばろうね!
わたしは、そっとつぶやいた。
◇
数日後――。
「ナルルねーちゃん、また煮込み料理?」
「おぃナルル、トマト煮込みがこれで三日目だぞ!」
ティリア君とランツ先輩が食卓に並んだ皿を見て、「えー」という顔をする。
「文句言わないでください。具材は昨日と違います!」
私の職場、魔法工房『みのむし亭』の夕食は賑やかだ。
オーナーのマルボーンさんが留守なので今日の食事当番はわたし。もちろん、メニューは魔法のフライパンによるレシピ研究中の煮込み料理です。
「それに粉チーズも増えてます」
「粉チーズ増量!?」
「ティリアくんは育ち盛りだから、栄養を考えたの」
「だんだんナルルねーちゃんがオカンになってきた……」
「なんですって?」
「ごめんなんでもないよ、いただきます!」
「いただきます」
二人は、なんだかんだと言いながら笑顔で食べ始めた。
「……あ、美味しい」
「くそ、まぁまぁ美味いな」
「うむ、よろしい。ちゃんとお食べなさい」
今日のメニューはトマトのチキン煮込み。
作り方は簡単。近くの屋台で売っていた調理用のチキンをトマトソースでコトコト煮込むだけ。
それも最初にチキンを食べやすい大きさに切ってから、刻んだ玉ねぎとジャガイモ、ハーブ類。塩コショウを適量、普通の鍋に放り込んで、一気に加熱。
ぐつぐつと煮立ったら、あとは『断熱平鍋』に入れてフタをする。
そして、待つこと30分――。
肉はフォークで簡単にほぐれるほどに柔らかく仕上がっている。トマトもとろけて良いソースに、野菜もしっかりと火が通っている。
保温性に優れた「魔法のフライパン」を使うと、火のついたコンロの前でずっとかき混ぜる必要もなく、予熱だけで調理ができちゃう優れもの。
その空いた時間を使い、他の料理――といってもパンやチーズを切ったりするだけですけれど――の準備もはかどる。つまり、台所に立つ者の味方になる。
料理のレシピを考えて、魔法のフライパンの魅力を更に引き出そうと、わたしは研究しつづけている。もちろんこれは頼まれたわけじゃなくて、自分の趣味というか好きでやっている。
噂では、魔法の保温フライパンは完売して、一躍人気商品に。
既に増産も決まったみたい。
なんでも、近くの広場で鍛冶屋のお弟子さん二人が、簡単な「男の料理」を実演。近所の主婦の皆様を相手に展示即売会をしたのだとか。
すると、驚くべきことにあっという間に売り切れ御礼。
一躍、話題の人気商品になったみたい。
多分、フライパンの性能というよりは、格好いい二人が実演した時の、「掛け合い」が楽しかったんだと思うけれど……。
何はともあれ、私も少しお役に立てたのだから、嬉しい。
「ナルル。そういやなんでトマトばっかりなんだ?」
「そうそう。昨日はミートボール、一昨日は白身魚のトマト煮込み」
「レパートリー、他にも出来るだろ?」
「そうそう、ナルルねーちゃんカリィとかも上手いのに」
「あ、あはは……。じつはその」
「なにか……」
「他の理由が?」
ランツ先輩とティリアくんが、じーとわたしに視線を向ける。思わず、てへへと苦笑しながら視線をそらす。
視線の先、キッチンの隅には木箱があり、「真っ赤なトマト」が山積みに置かれていた。
「実は……マルさんが、トマトを沢山貰ってきたんです」
「へぇ、トマト?」
「はい、なんでも農家で採れ過ぎちゃって。農家の人が知り合いの魔法使いに頼んで、魔法をかけてもらったみたいなんです、『腐らないトマト』にしてくれって」
トマトは10日前のものらしいけれど、気味が悪いほどに艷やかなまま。なんでも『鮮度維持魔法』とかいう魔法をかけたのだとか。さすが魔法使いはやることが違う。
気味悪がられて、店で売れなくなったのだとか。
「食って大丈夫なんだろうな……」
「全然平気ですよね!? わたしも平気だし」
「ナルルねーちゃん、なんだか失敗作の使い方アドバイザーみたい」
ちょっと呆れ顔だけど、楽しげなティリアくん。
「フライパンの研究と、魔法のトマト研究を兼ねてやがったのか。ま、悪かねぇけどな」
不敵な笑みを浮かべるランツ先輩。
この工房は、いろいろな魔法道具の可能性を切り開く研究室だと思っている。
保温性に優れたフライパンも、腐らない魔法のトマトも、ぜーんぶ纏めて面倒をみちゃってもいいはず。
だから、わたしは自信をもって言う。
「だって、ここは魔法工房ですから!」
<第六話、完>
【作者よりの御礼】
ナルルのお仕事は今始まったばかりですが、
魔法工房のお話はこれにておしまいです。
ナルルはこれからもずっと、がんばってゆくことでしょう。
応援いただき、ありがとうございましたっ!




