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19.《正義》

 目を覚ませば、アイダの家の中だった。 横にはイリファが座っていて、涙を流していた。


「私は、まだ生きているのか」


 アジ・ダハーカに挑み、アムルタートが枯れ果てて、無様に逃げた。 イリファの炎で焼かれれば確実に死に切るはずだったのに、まだ私は生きているらしい。

 伸びている髪は真っ黒で、今にも死にそうであることに気がついた。


 早く回復しなければとアムルタートを伸ばそうとするが、伸びはしない。 枯れ果ててしまったからだとすぐに気がつく。


 仕方ないと、イリファに頼んで食事を持ってきてもらおうとするが、それは叶わなかった。


「よかった……本当に……」


 手に暖かさを感じる。

 金髪の少女は、弱々しく私の手を握り、涙を私の手に落とす。

 お前はこんな奴じゃなかっただろう、早よ飯寄越せとと跳ね除けそうになるが、綺麗なだけでなく、好みの弱い女の子のように見えてそれが出来ない。


 自分の心臓の音が聞こえる。 少し弱いところを見ただけで心惹かれるとは、私も随分と惚れやすいらしい。


 小さくため息を吐いて、少女の頭を撫でる。


「私は生きている。 イリファのおかげだ。

ありがとう」


 慰めの言葉の代わりに礼を言うが、イリファの動きは止まり、余計に涙を流す。 何か失言を言ったのだろうか。

 分かりはしないが、腹は減った。


 早く言いたいものだけれど、弱い相手には何も言うことが出来ない。

 結局、イリファが泣き止むまでの小一時間は何も口に含むことが出来なかった。


 私の昼食を用意してくれたのは、アイダの娘さんだった。 随分と長いこと寝ていたのかと思ったが、アイダの娘さんはどうせ死ぬなら父と共に戦って死のうなんて考えていたらしい。

 随分と気が強いなと思ったけれど、私も逃げるのは好かないという理由で、自分の望み通りに損得を考えずに戦うことをした。 彼女気持ちはよく分かる、いや、分かったか。


 今は、死ぬのが少し怖いと感じるようになった。


「結局さ、死人は出なかったんだよな?」


 アールマティで集め切り、アシャの炎で焼いたのだったらアジ・ダハーカは逃げ場もなく死んだはずだ。


 私用の少し古くなった野菜や肉などで出来たシチューを口に含む。 この地域で野菜まで重いらしく、咀嚼するのでさえ一苦労だ。


「いや、何人か、死んだよ。 私が……殺したようなものだ」


 コップ一杯の水だけ机に置いているイリファは、静かに懺悔する。


「私は、正義ではなくなってしまった。

人が死ぬように差し向けたからではない。 私は、私は……計算が、出来なくなってしまったらしい」


 よく分からないな。

 私はそう思うけれど、その思いの通りには喉は動かない。

 私が死を恐れるようになったのと同じで、イリファも何か考えが変わったのだろう。


「私も、半生種(ハーフアライブ)らしく、死を恐れないなんてことは……もう」


 シチューを食べる手を止め、スプーンを机に置く。

 娘さんは私達に気を使ってくれたのか、席を外してくれたらしい。


「私はライアが初めての友達だったらしい」


 イリファの独白が耳に入る。 けれど、おかしいな、彼女の大きく自信と誇りに満ち溢れた声は聞こえてこない。

 彼女の顔は別人のようで、どうにも彼女らしさ……正義であり続ける人間味のない気高さは見て取れない。


「親もいなかった、なんでも買ってくれる叔父と叔母はいたけど」


 イリファの言葉は、私には分からない。彼女は、後悔しているのだろうか。


「親も友人もいなかった。 だから、私は正義でいられたのだと思う」


 シチューの横に置いていた水を口に含み嚥下する。

 椅子の背もたれにだらりと体重を押し付ける。

 泣きそうなイリファを見ていられなく、目を閉じて彼女の声を聞き続ける。


「一人でしかないライアと、数え切れないほど多くの集まりである街。

今の私にはライアの方が大きく見えてしまう」


 告白のような言葉に、反応しそうになるがそれも無粋か。

 ギシリと廊下の軋む音がする。


「私も、友人はイリファが初めてだな。 こう考えると、同じ命が違う価値に思える」


 生にも死にも、価値を大きく抱きはしない教え。 死人神(ノーディス)の教えとは真っ向から反対の考えに眉を寄せてしまう。

 私は、ノーディスではいられない。


「私は、平等と正義を重んじる神、精人神(メヘル)を信仰していた。

だが、私には、正義も平等も……難しいらしい」


 私の手に温もりを感じる。 シチューの熱と違う、アジ・ダハーカを吸収した時の万能感の伴う熱気とも違う、イリファという生命を感じさせる温もり。

 目を開けると、片手で涙を拭うイリファが見える。 私の口が開く。


「私は、考え直さないといけないのかもしれない」


「正義のない私にはメヘルの名前は名乗れない。

叔父達が住む街を捨ててもいいと思った私には彼等と同じ名前は名乗れはしない。

私の名前は、イリファ。 それでいい」


 名前を捨てた。 その覚悟は私には分かりはしない。

 それは正しいのか、間違っているのか。


 イリファの涙は止まっていた。 彼女は強い、私には少し残念だが。


「なあ、ライア。 旅をしないか。 旅をしよう」


「それも、良さそうだな。

私は故郷に帰ってみようかと思っているんだ。 特に思い入れがあるわけじゃないけど。

目的のない旅は辛いからさ」


「じゃあ、行こう。 なあライア、旅の途中で人助けをしようと思うんだが、いいか。

アシャの炎がない私には戦争を止めるような力はないけれど。 たった一人を救うことにも意味があるんだと思うんだ」


 アムルタートが枯れて死の恐ろしさを知ってしまった私と、より多くを優先する正義を失いアシャの炎が力を失ったイリファ。

 共に弱くなったけれど、それは成長であるような気がする。

 その考えが、気の迷いではないことはきっと彼女が証明してくれるだろう。



 シチューの固い肉をパクりと口に含む。 イリファが私のスプーンを奪いシチューを口に入れていく。

 私も負けじとシチューに食らいつき、数分もしないうちに、多かったそれもすぐになくなった。


「生きないとな」


 旅の抱負を口に出す。


「正義ではなくとも、人を救えるように」


 顔を見合わせて、目を真っ赤に充血させたイリファの顔を見る。

 イリファの頭へと手を伸ばして、髪を溶くように頭を撫でると、再び泣き出して私の胸に泣きつく。


 ーーよかった。 生きていてよかった。


 泣き叫びながら話したイリファの言葉はほとんど聞き取れはしなかったけれど、それだけは鮮明に聞こえた。


 私も、同じことを思った。



■■■■■■■■■■■


 旅に出ることになってから、数日で準備は揃った。

 旅に必要なものはだいたいイリファが持っていたことも大きい。 多少、私用の物が必要になったが、重人種の人がお礼にと譲ってくれたり、猿人種の街にまで取りに行ったりとで、楽に揃った。


 もう旅に出れる状況になったが、アイダのおっさんが一週間だけ待ってくれと頼んできたのでとりあえず休んでいる。


 里を救った英雄ということで、待遇もいいので一週間程度ならば居座るのも悪い話ではない。

 私は毎日、日向ぼっこに勤しんでみた。

 イリファも、必要のないことだが私の世話を焼いたり、女手がなくなっていたせいで、ほつれたり軽く破けたりとボロボロになっても放ったらかしにされていた重人達の服を直すという善行をしていて充実しているように見えた。


 いつもの様に屋根の上で、雲を眺めていると、どうにも里の中が騒がしい。

 下を見てみると、どうやらアイダの娘さん以外の女子供が帰ってきたらしくイリファが囲まれている。


 イリファに手を振ってみると、恨みがましそうにこちらを睨む。


 いいことをするのは大好きなのに、褒められたり尊敬されたりされるのが苦手なのは不思議だな。

 感謝を求めずに善行が出来るところは、イリファのいいところなのだろうが。


「ライア、こんなところにいたのか」


 屋根の下に、アイダの姿が見える。 私を探していたからか、少し息が切れている。


 今降りると、イリファに巻き込まれてしまいそうなものなので降りたくないのだけれど。


「待たせた。 やっと、渡す物が用意出来た」


 引きとめられていた理由のそれが用意出来たか。 このまま英雄扱いもイリファの心臓には悪そうなので、早速受け取りに行くとしよう。


 アイダの影に隠れるように、里の人からの視線を潜り、一本の少しだけ大きな木の下にまで連れて来られた。


 そこには、齢50はいっていそうな老人が二人と、気の強そうな女性が一人。


「随分と待たせたが、この里の有力者全員の許可を頂いた」


 四人の前には、剣が一つ。


「この里を、俺たちを救ってくれてありがとう。

これで恩返しが足るとは、到底思えないが……受け取ってくれ」


 一本の剣に向かい、数歩歩く。

 里の宝である剣を手に取る。


「ここまでしてもらって、受け取らないのは無粋か」


 そう言って剣を持ちあげようとするが、あまりの重さにフラつく。

 普通の剣ならば、重くて一キロ程度だろう。 これは少なくともその二十倍程度はあるだろう。


「原人神に仕える重神樹、その幹から削り出されたという神剣だ。

その剣は、決して壊れない、傷付かない。 これから旅をするならきっと役に立つだろう」


 重い。 思いが重いのもあるが、それ以上に剣が重い。

 一見すれば、ただの細身の木剣であるのに、見た目の百倍の重さはある。


 だが、このまま持てないでは格好が付かないと、なんとか持ち上げる。


「ありがとう。 いいものをもらった」


 この剣をイリファにではなく私に渡したのは、半生種の再生能力で携帯することが可能だからか。


 礼を言い、四人に頭を下げる。


 そうだな、早速、イリファと共に旅に出るか。



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