10.【魔法】
背に二十数本の武具が刺さった半生種の少年、ライアは石に身動きを封じられながらも思考する。
ーーこれはなんだ?
その疑問は考えるまでもなく理解出来る。 あり得ない現象を起こす方法、つまり魔法だ。
だがそれにしてもおかしい。 何故、私の魔法が発動しなかったのか。
自身の理解を超えるそれにライアは舌打ちをする。
ここに来て、まだ諦めずに思考出来るのは死ににくい故の楽観視ではなく、まだ逃げ出す事が出来るという自信からだ。
ライアは石に引き寄せられているゴミや土に不快感を感じて舌打ちをする。
だが、土やゴミは不快感だけでなく安心感も同時に与えた。 対象などが取れず無差別に引き寄せる魔法ならば相手も寄ってくることはできない。 ならば、遠くから射るのがメインになるだろうが、それは致命傷にはなりえない。
つまり、現状は硬直状態。 兵が他からも集まってくることを考えると時間が経てば経つほどライアが不利となる。 抜け出す必要がある。 手足をバタつかせるも意味はなく、何かしらの目的意識が必要であることを感じたライアは、相手の魔法の要らしき石の破壊を試みる。
腰に突き刺さった剣を引き抜き、石へと引かれる力を頼りに力任せに叩きつける。
武器と汗が支配する空間にはそぐわぬ、石の割れる快活な音が鳴る。 それとほとんど同時にライアを縛り付けていた魔法が解けて、ゴミや土と共に地面に落ちる。
「一発正解! もしかしたら、私って天才かもしれない」
戦場らしからぬ愉快そうな台詞を吐きながら、地面に着地する。 一瞬衝撃と痛みが走るが、すぐにそれは回復する。
その再生能力は、ライアが死に近づいていることの証明ではあるが、今この場では死に近づいて直りが早くなることはありがたい。 再生能力が高くなっているならば、より無茶が出来るので逃げやすい。
魔法によって足元を安定させると、今までよりも一層速く地面を駆ける。
魔法兵からもう一度放たれた石に引き寄せられる前に、身体に刺さった矢を引き抜いて投げる。
大きく上に逸れた、狙いを定めるつもりが感じられないそれは、大まかな方向に向かっていること以外は当てる気が感じられない。 だが、その矢は不自然な孤を描き石に命中し、砕く。
石は物を引き寄せる、当然のことながら、その魔法は攻撃のための飛来物も引き寄せてしまうデメリットを同時に持っている。
「よし、弱点発見」
ライアは小さく拳を握りしめて、兵達から距離を離していく。
「利点は弱点になるが、弱点もまた利点になるよね?
当てなくていい、撃って射って討ちまくれ!」
十数本の矢が、乱雑に放たれる。 飛来する矢を防ぐ物も回避する手だてもないライアに一本の矢が突き刺さる。
一本刺さった程度で、と考えるが刺さった場所に違和感を感じる。
その違和感の正体を掴める前。 魔法兵の口から処刑を宣告する言葉が発せられる。
「……アールマティ」
石を中心に引き寄せる魔法。 その発動の引き金となる言葉が騒がしい夜に響くと同時に、ライアに向かって先ほど外れていった矢が向かってくる。
その矢は全て、鏃が石で作られていた。
「は、ははは」
ライアの諦めの笑い声は石矢の風切り音に切り裂かれ、それが兵へと伝わる前に無へと消える。
一本二本三本四本五本六本。
刺さっていく矢の数を数える余裕があるほどの諦めは、ライアの四肢の力を抜いて痛みを減らすことに成功した。
「アールマティ」
ライアへの警戒を表す魔法名が唱えられ、体内に十数もある石の鏃がそこら中の物を引き寄せ、土や剣や石や壁や塀が小さな少年の身体を押しつぶす。
「まだ、死なないか。 どうやったら死ぬのだろう」
魔法兵はライアに向かって石を飛ばすが、ライアに引き寄せられている土に阻まれる。
確かに殺しているはずだが、それでもまだ死なない。 剣や槍が身体を貫いても、矢が身体を覆っても、塀が身体を潰しても、まだ死なない。
ーーそもそも、彼は死ぬ生き物なのか?
生物としての根本を疑ってしまう程の不死性。 血色のない、精巧に造られた人形のような容姿はその死ににくさと合わせて、この夜の現実味を奪っている。
死なないから、仲間を逃がしてこの場に残っているとしたらまんまとしてやられたことになる。
兵が、ライアを殺しきるためにとった行動は、燃料をかけて燃やし尽くす。
動けぬ少年を中心に火が盛る。 子供一人分を容易く炭に変えるだけの熱量を持っているそれは、兵が投げ入れる燃料が尽きるまで少年を焼き続けた。
「なんで、まだ身体が残ってんだろうな」
諦め、それとはまた違う呆れの感情を魔法兵は抱く。
生まれ持った【アールマティ魔法群】は彼の人格形成に大きな影響を与えている。 周囲にはちやほやともてはやされ、喧嘩は負け知らず、何事も本気でやるまでもなく済ませられる優秀な魔法がある。
それは確かに彼の人格を生み出していった。 傲慢且つ楽観的。
あまりに異常な状況であるのに、怯えという警戒も持たずにいたことは、彼にとっての初めての大きな取り返しのつかないミスであっただろう。
まるで服を脱ぐように、昆虫が羽化するように、焼けて炭化した身体から、綺麗な身体をした少年が抜け出す。
古い身体から抜け出したライアは、思い出したように言葉を発する。
「魔法……アムルタート。 なるほど、こうやって使うものなのか。 地面に根を張るだけだなんて、随分間抜けな使い方をしていたな」
状況は次の一瞬には変わっていた。 ライアを囲い、縛りつけていた石や土は朽ち落ちる。
石が朽ちたことと同時に魔法:アールマティが解け、ライアは完全に魔法の支配から逃れる。
朽ちた土の分だけ伸びたライアの髪の毛はライアの身体を覆い隠し、一枚の絵画のような姿へと変貌した。
「もう、私を追いかけてくるな。 その時訪れるお前達の死に意味はないぞ」
脅しというには説得力に欠ける。 先程のことを覚えていないのか。
その当然を考えられる者はこの場にはいない。 空間が朽ちていく怪奇を眺めながら、それに立ち向かうことは出来ない。
少年は一歩、また一歩を歩みを進める。 その足取りを止めるために矢や投げ槍が放たれるが、少年に届く前に、生気が失われ朽ちる。
それは、兵達に追いかけると死ぬ、と思わせるには充分過ぎる光景だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兵達から逃げ出すことが出来た。
運が良かったからか、いや……私の魔法のおかげか。
アムルタート。 突然思いついたそれだが、ぴったりな名前のように感じる。 理由は特にないけれど。
しっかりと地面を踏む魔法、否。 大地に根を張る魔法、否。 根を張りそこから生気を奪う魔法、否。 どれも間違ってはいないが、言うならば不死・不滅を強化する魔法だろうか。
そこらかしこから生を吸収することが出来る根。 それが私の魔法、アムルタートであることが、先程……分かった。 いや知った。 いや……そうだな思い出した。
強力な魔法を身につけた私は、息を切らしながら近くの家の影に隠れる。
徐々に髪の毛から抜け落ちていく色を見て、ため息を吐く。 真っ白だ、生きすぎている。
死に近づくほど黒くなる髪色が、雪のように真っ白になっているということは生に近づきすぎている証明である。
このままでは再生能力がかなり低く、まともに走ることさえ困難だ。
「なまくらは逃げ切ったか? 落ち合う約束はしていないし、このまま隠れながら街の外に向かうか」
面倒臭い自身の生態に舌打ちを一度してから、伸びすぎて服代わりになっている髪の毛から目が出るようにする。
……髪の毛で隠れているとはいえ、全裸でってのは嫌だな。 やはりここはなまくらと落ち合って、いや落ち合えなくともあの隠れ家に行けばいいか。
長い髪の毛を引きずり、息を切らせながら隠れ家へと向かう。
ぐに、と何か柔らかいものを踏んでしまい、転ける。 呻き声が聞こえるので、浮浪者か何かだろう。
「うぅ、いてぇ。 ライアぁ……どこ行ったんだよぉ……」
元主人じゃないですか……。 一人でいるのはおかしいだろ、私兵とか使用人使って探せよ。
見つかると、今の私では逃げ切れるわけもないので気づかれないように逃げる。
「あっ、ライ……ア?」
見つかってしまった。
第一章:自由を望み
終了です。 予約投稿分はここまでになります。