1.【死二生ク】
剣を握りしめる戦士。 誰もが矜恃を持ち、矜恃を守るために剣を離さない。
「我こそは最強なり」と大きな声を張り上げて自身の誇りを賭けて剣を振り回す。
「大切な物を守ってみせる」と愛する人に背を見せて大きな敵と対峙する。
それと同じように、一人の少年も一つの矜恃を背負う「死に生きる」。
剣を握る少年は、死に生きる。
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灰の色に墨色の眼、それに加えて青さすらも感じられる白の肌は、確かに動いている少年の姿を死体のように無機質な物のような感覚を覚えさせた。
少年の薄い表情とは対照的に、少年の姿を見て離さない者たちは狂ったように熱をあげている。
奴隷、剣奴を利用した賭け事。 場内に染み付いた血の匂い、瞬きをする一瞬すら目を離せない命のやり取り、自身の財産が短い時間で倍になる快感。
欲深い人間共には麻薬以上に中毒性の高い代物だ。
それは巨体の大人や、馬鹿でかいケダモノの試合だけでなく、子供同士の稚拙な物でも変わらない。 むしろ、人によればそちらの方が好みという人も少なくなく存在している。
良心といったものも、人とは違う者相手には反応する訳もなく楽しめるのだ。
舞台の上に目を戻すと、灰髪の少年以外にもう一人。 燃え盛りそうな血色の紅い髪に紅い眼それに蝙蝠の翼に似た紅い翼、今となっては希少な龍人種の生き残りの少女がそこに立っている。
多少動いているのに無機質な少年とは対照的に、眼に爛々とした殺意を収めているその姿は直立しているだけなのにも関わらず力強い生命を燃やしている。
赤の反対は青や白と答える者は多いだろうが、この闘技場内においてはそのような間の抜けた常識を話す者はいない。
燃え盛る赤の反対は燃え尽きた灰。 始まりの鐘を機に、赤が灰を燃やそうと動き出した。
灰髪の少年のデビュー戦であり、龍人種の少女の十連勝と無敗記録を賭けた試合である。 格上相手のデビュー戦の常道を踏襲するならば灰髪は逃げ回りながら場の空気に慣れることであろう。
だが、灰髪の少年は鐘の音と、龍人の少女の足音と共に真っ直ぐに駆け出した。
「……初めは、とりあえず戦う気があることを見せて人気を獲得しろ。 だったか」
指示の言葉を再確認してから、目の前に迫った龍人に左手の剣を振るう。
しかし、剣が龍人の硬質な肌にに届く前に剣の動く方向が変わる。 龍人の拳に左手を殴られて止められた、そう気がつく前に顎に衝撃が走る。
生きる時間が違うかのように、灰髪の動きを見てから龍人が拳を振るう。
灰髪は殴られ理不尽さを感じながらも冷静に考える。 勝ちは出来なくとも善戦はしろとのお言葉だったはずだ。
だが、善戦どころかまともに戦うことすら難しいのではないか? 何しろ自分が動いてから相手が動いているのに、すべてが負けてしまっているのだ。
灰髪の倍速、いや、それ以上の速さはありそうだ。
いつも通り、龍人の少女の攻撃が始まる、剣を投げ捨ててから奮われる剛腕のラッシュに会場が沸くが、十数人……いや、数人だけが不思議そうにしている。 いつも通りのように見えるのだが、何かがおかしい。
灰髪の少年が、吹き飛んでいない。
龍人の少女が息を切らし始めた頃には、会場中の人達が全員不思議そうに感じる。
ウェイトがあるようには見えない、龍人が手加減してもいない。 魔法か。
少年の持つ魔法がどのようなものかは分からないが、吹き飛ぶはずのそれが吹き飛ばなくなるような魔法なのだろうか。
いつまでたっても殴り続ける龍人だが、一向に少年が倒れる様子はない。 いつもならば、倒れるか死ぬかするのに。
疑問に思うがそれを考えられるほどの余裕はない、もう息が持たない。 殴るのをやめ、息を整えるために後ろに飛び退くが、不思議なことにまだ目の前に灰色がある。
いくら龍人の身体能力が優れていようが、少女飛び退くよりも少年が前に飛び出した方が速い。 あまりにも当然のことなのだが、不自然だ。 おかしい。
殴られ続けていた奴が、相手が飛び退くと同時に飛び出すなんて真似を行えるはずも、行えたとしてもそれを実行する道理もない。
もし殴られるのが趣味の人間だったとしても少しは躊躇するものだ。
息を整える時間もなく、龍人の拳が振るわれる。 疲労からか、前よりも短い時間で距離を取ろうとするが、飛び退いても、飛び退いても……目の前に灰色。
こちらはまだ一度も攻撃を受けてはいない、その事実が少女に安心を、それと同時に不気味な不安を覚える。
拳が痛み始めるが、腕を止めれば何をされるか分からない。 命を燃やすように何度も拳を叩きつけるが、少年の表情に変化はない。
龍人の剛腕に沸いていた観客は、徐々にその熱を奪われる。 少女に感情を移入して少女が殴ることを楽しんでいたのだ、少女が恐ろしい目に合えばそれも共に感じてしまう。
少女の拳に熱をもらい、少年の不気味さに寒気を与えられる。 あまりにも激しい感情の起伏に酔っているところに、実況からの説明が入る。
ここ最近で有名になった龍人種の少女、フレア=アドラ=ナイオウケン。 剣を投げ捨てるところから始まるその戦闘方法は泥臭くも力強く高揚する。
龍人種という希少な種族なこともあり、期待のルーキーと紹介される。
不気味な少年の名はライア=デダストイ=ノーディス。 有名なロリコン変態オーナーの持ち物であり、半死半生の種族、半生種の幼生と説明される。
他の詳細は不明。 先程までのことから魔法が使えるのではないかとの解説も入った。
種が知れてしまえば不気味さは薄れる。 たかが死ににくい種族が吹き飛ばされずにやってくるだけ。
実況によって恐怖が薄れて少女の肩から振るわれる腕に力が篭る。
結果から書くと、その選択は失敗だったと言える。 数分と殴られ続けた少年の胸はダメージが蓄積されていた。
ただの人間の少女の拳ならば半生種の再生力が勝つだろうが、少年を殴るのは龍人種の少女である。
人間とは比べ物のならない膂力により放たれる拳はついに、少年の胸を貫いた。
「うっ……がぁ、つかまえた」
貫かれた胸から腕を抜こうともせずに、少年は前へと足を進める。
たった一歩。 距離にして50m程度の短い距離。 その事実を理解するよりも前に感情のままに少女は叫ぶ。
「うわぁああああぁあ!!!!」
半狂乱になりながら腕を引き抜こうとするが、しっかりと貫いてしまっている。 抜くことは出来ない。
ただの一撃すら与えられない少年が、無数の拳を奮った少女を追い詰めている。 あまりにも、おかしな状況がそこにあった。
少年のわざとらしい吐息が少女のうなじにかかる。 少女は逃げ出そうと暴れるが、少年の足が地面に固定されているように動かない。
そして、噛まれた。
「ゔぁぁぁあゔあああ!?!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
先程までの攻勢が打って変わり、少女は情けなく叫ぶ。
ーーこのまま首が食いちぎられるのか? こんなわけのわからない生物に食い殺されるのか? 嫌だ!
たまたま、下に落ちていた剣を足で掴み無茶苦茶な体制で少年の首にまで持っていく。
呆気なく体から離れる首に、乾いた笑いが漏れるがすぐにそれが止まる。 あれ? まだ痛い。
体から離れた首が、まだ食いついている。
少女が恐ろしさのあまり気絶するのと同時に、少年の生首から力が抜け落ちる。
結果は、引き分け。
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「よくやったライア、流石は私が見込んだ奴隷だ」
「どもッス」
灰の髪色の少年は生首を体に固定されながら、自らの主人の言葉に耳を傾ける。
半生種は多少希少な種族ではあるが、龍人種ほどではない。 強さも死ににくい以外はたかが知れている。
灰髪の少年、ライアが引き分けることが出来たのは大金星と言えるだろう。
「やはり、しょぼいとは言え魔法持ちは強いな。 【地面を踏む】だけの魔法があそこまで活躍するとは思わなかったよ」
魔法。 通常ではあり得ないナニカを起こす技術。 それは言語に出来るものではなく、人に伝えることが出来ない技術なので使える者は極端に少ない。
人に伝えることが出来ない、つまり人から教わることが出来ないので、魔法は一人に一種。
ライアの場合は地面を踏む魔法、足を地面に固定することが出来るのだ。
「超痛かったけどね、主人マジで鬼畜。 ひくわ。
あと、見込んだってのも剣奴用じゃないッスよね。 ロリっ子と間違えての……」
「それは言わないという取り決めだろう。お前はそれを秘密にする、私は口止め料に待遇をよくする。
破るのならば処分せざるを得ない」
捻くれた笑みを浮かべた少年は自らの主人に「待遇をもっとよくしろ」と告げる。
主人は切れた。
「よし、売る。 もう恋慕の情なんぞ捨ててやる」
閲覧ありがとうございます。
現在十話まで予約投稿しています。 ストーリーはエンディングまで考えております。