16.魅せられし者達
神崎家のスタッフが到着し、私とベアは警護隊長に詳細を報告する。
ご主人様は仕事を終え、一足先に中標津の屋敷へ向かったそうだ。
これからの対応の詳細を詰めながら襲撃犯の死体と生き残りをトラックに収容しているのを
確認に出ると、シルビアが連行されているのに出会った。
「ねえ、シルビア。あなた、リンダっていう女と面識無いかしら?」
ふ、と私はそんな事を聞いてみた。
札幌のお屋敷でベアが捕らえた女テロリスト…
もしかすると、シルビアと何か関係が有るのでは?と思ったからだ。
「…知らないわ、そんな女」
にべもなく答えるシルビア。
さすがにそう簡単には吐かないか…
「さあ、さっさと来い!」
警備隊員がシルビアの腰を蹴る。
「あうっ!」
苦鳴を上げ、隊員をキっと睨む。
「なんだ、その目は!?アイシャ様を害そうとした様な奴は許せないんだよ!」
隊員が怒り心頭、といった気迫有る顔で睨み返す。
その隊員の顔を見て、私は彼の事を思い出した。
彼は日系ブラジル人で、かつて病弱な母親の治療費の為に
サンパウロの神崎家系列の事務所に強盗に押し入った男だ。
大暴れした後に取り押さえられ、アイシャ様を伴って視察にやって来ていたマスターが
自ら尋問しているのを盗み聞きしていたアイシャ様が彼の身の上話に堪らなくなり、
涙を流しながら必死で庇ってマスターに頼み込み、ガードマンとして採用された。
また、訓練された神崎家のガードマンを三人も倒した彼は柔術の達人で、
マスターもその腕っ節を気に入ったのだ。
それ以来、彼はアイシャ様を主として神崎家に仕え、
アイシャ様を己が女神として崇拝している。
神崎家には、そういった者達が他にも数多く居る…
「ロナウド、止めて!ダメよ、抵抗出来ない人に暴力振るっちゃ」
いつの間にかアイシャ様が出て来ていたのに驚く私たち。
「ああ!アイシャ様!お久し振りです!!」
ロナウドが片膝を地面に付けて畏まる。
彼は少し前から静岡の屋敷のガードマンとして赴任しており、
今回のバカンスのガードとして本日出張してきた所だ。
「お久しぶりね、ロナウド。元気そうで良かったわ」
天使ににっこりと微笑まれ、ロナウドの顔が蕩ける。
ロナウドはアイシャ様の手を取り、真白な甲にそっと口付けした。
「アイシャ様、ご無事ですね…もしアイシャ様に傷ひとつでも付けていたら、
この女を許すことは出来ない所でした。いえ、もう既に許せませんが」
立ち上がりながらロナウドが熱く話す。
嬉しそうに微笑んでいたアイシャ様は、しかし意外な言葉を紡ぎ出した。
「ありがとう、ロナウド。でも、この人は大丈夫。悪い人じゃないもの」
一瞬、呆気に取られる私たち。
いや、一番驚いたのはシルビア本人だっただろう。
「お穣ちゃん、何を言ってるの?私はあなたを殺そうとしたのよ?
その、綺麗な首筋に鋭利なナイフをあてがって、切り落とそうとしたのよ?」
まるで、教師が生徒に授業をする様に話すシルビア。
その言葉を聞いたロナウドの顔が怒りで紅潮する。
「貴様!アイシャ様にそんな事をしたのかぁっ!!」
ばっとシルビアに飛び掛ろうとしたロナウドを、逞しい腕が押さえ込んだ。
「落ち着け、ロナウド!アイシャ様のお言葉を聞いてなかったのか?」
「べ、ベア…」
ロナウドが一瞬でおとなしくなる。
彼が神崎家事務所に押し入った時、完膚なきまでに叩きのめしたのは他ならぬベアだ。
「うふ、ロナウド、私の話の続きを聞いて。
シルビアさんは私の首にナイフを当てたとき、切ろうと思えばいつでも切れたの。
でも、彼女は出来なかった…そして、ヨーゼフに飛び掛られた時、
ほとんど自分から、私を傷付けない様に避けて倒れこんだわ。
あの時だって、切るなり刺すなりするのは簡単だった筈よ」
私達はアイシャ様の冷静さに驚いてしまった。
「そう、あなたはとても優しい人…
そんなあなたがなぜ、こんな事をしているの…」
胸の前で手を組み、まるで祈る様な姿で哀しそうにシルビアを見詰めるアイシャ様。
その姿は、神に祈る聖女を彷彿とさせた。
「…ねえ、私を一緒に中標津に連れて行ってくれない?私の知っている事は全て喋るから。
…もう、夫を失ったのだから、これ以上組織に義理立てする事もないし」
アイシャ様と私達を交互に見ながら、とんでもない事を言い出したシルビアにベアが詰め寄る。
「何を考えている?偽情報を掴ませて混乱させようと言うのか?」
ふっとシルビアが微笑む。
「貴方が庭で殺した男の一人は、私の夫だったわ。
色々有って国を追われて、流れながらこんな商売をしていたけど
この仕事が終ったら二人でギリシャに行ってノンビリ暮らそうと思った…
もう、どうしようもない事だけど…」
私は直感でシルビアが本当の事を言っていると感じた。
「…信用してもらう為に一つ情報を教えるわね。
お嬢ちゃんがどの屋敷に行くか解らなかったから、
道内の神崎家の屋敷の幾つかには爆弾を仕掛けてあるわ。
札幌の屋敷と違って警備や爆発物の探査もそんなに厳しくないから、
お嬢ちゃんの到着当日に仕掛ける必要も無かったし。
とりあえず、釧路のお屋敷の温泉の脱衣場にTNTが五キロ有る筈よ。
私と夫で仕掛けたの…」
ざわ、とガード達がざわめく。
「セラ」
「了解」
ベアと私はアイコンタクトし、私は屋敷の中へ電話を掛けに入った。
セラが屋敷に入った後、俺はシルビアのボディチェックを再度行う。
先ほどは着衣のままだったが、中標津に連れて行くとすると完全にしなければならない。
壁に手を付かせ、着ている物をすべて脱がせ始める。
「ベア!止めて!レディになんて事をするの!?」
アイシャ様が叫びながら俺の背中に抱き付く。
「ロナウド、アイシャ様を頼む」
「…しかし…」
「これは命令だ。そして、アイシャ様の為だ。解るな?」
俺の言葉に戸惑いながらも頷き、ロナウドがアイシャ様を後ろから抱き止める。
「離して!酷いよ!男の人が一杯居るのに、服を全部脱がせるなんて!!」
俺はアイシャ様を振り返りながら諭すように話す。
「人が大勢居るから、チェックが効果的なのです。
それに、別室に行き、セラにチェックさせるのではセラだけを危険に晒す事になります。
ロナウド、アイシャ様を家の中へお連れしてくれ」
「…了解」
ロナウドが「失礼します!」と叫んでアイシャ様を抱き上げる。
「いや!離して!ベアのバカぁ!」
ロナウドに抱かれて連れられていくアイシャ様の声が遠くなる。
俺は溜息を一つつき、シルビアのボディチェックを再開した。