14.乱戦
「セラ、お前は宿の主人と運転手を起こしてから
アイシャ様の所で警戒してくれ。俺はお客さんをお出迎えする」
スーツの上着を脱ぎ、戦闘用のジャケットを羽織りながらセラに言う。
セラはこくん、と頷くとさっと部屋を出る。
俺はいくつか仕掛けておいたトラップの内、
アクティブトラップの起動スイッチの一つを押した。
ボン!ボン!ボン!
破裂音が三回響き、声にならない叫びが幾つか起きる。
続けて、これも仕掛けておいた強力な照明のリモコンスイッチを入れる。
ペンションの周りをパアっと強力な光が照らし、小さな呻き声が響いてくる。
暗視装置を着けていて、ライトの光をモロに見た奴は
これでしばらく視力を奪われたはずだ。
俺は懐から取り出したセラミックトンファーを組み立てて腿のシースに収め、
胸のナイフと投石器を確認してからトイレに入り、窓から外を窺った。
トイレの窓の外にはまだ誰も取り付いていない。
俺がライトのスイッチを切ると、辺りは再び漆黒の闇に包まれる。
トイレの狭い窓から無理してさっと外に飛び出て森の中に入り込み、
暗視装置を目に装着して行動を開始した。
「っ!!」
パッシブトラップの一つから微小な悲鳴が聞こえた。
俺は素早く声のした方へ向かい、木陰から状況を伺う。
どうやら、原始的なワニ口の罠に一人が掛かり、もう二人で外そうとしている。
俺はカタパルトに催眠ニードルを装填し、三人に発射した。
数分の後、倒れ臥す三人を確認し、他の侵入者を探してその場を後にする。
と、木陰から二人、先ほどと同じ黒ずくめが二人現れた。
俺に気付き、銃を向ける二人。
だが、俺はその時既に一人目の頭部をトンファーで叩き割っていた。
飛び散る血漿に構わず、倒れ掛かる一人目の体を掴んで盾にする。
くぐもった消音器の音と共に、盾にした男の体が震える。
男の体を持ったまま、銃を乱射するもう一人に突っ込んで行く。
ばっと横に避けた二人目だが、倒れこんだ一人目の男の影にはもう俺は居ない。
俺は既に、はっと左右を見回す二人目の背中に廻り込んでいた。
「遅ぇよ」
俺の声に驚き振り向く二人目。
しかし、そいつは俺の顔を確認する前に、頚動脈から赤い噴水を上げつつあの世への河を渡った。
「これで五人。残ってるのはあと五人ってところだろ…」
俺はタオルを出して顔を拭う。
何度嗅いでも、慣れねぇな血臭ってやつは…
ガシャーン!!
「ちっ!やりやがったな!」
ガラスの割れる派手な音が聞こえる。
俺は踵を返して建物へと走り出した。
ベアが外に出た後、私は指示通りにオーナー夫妻を押し入れに隠れてもらう。
その後運転手を起こしに行くと既に起きていて、黒いツナギに着替えていた。
「やあ、セラさん。ベアから指示は受けているのでご心配なく。
貴女はアイシャ様の警護に行って下さい」
私は、一瞬そこに居る男が先ほどまでの運転手とは別人に見えた。
「…あなたは、いったい…?」
私の疑問に彼が答える。
「ま、それは後ほど…今はアイシャ様の安全が第一です。
さあ、早く!」
運転手の時には、帽子を目深にかぶっていてよく見えなかった鋭い瞳。
その瞳には、まるで肉食獣を思わせる青白い眼光が閃いていた。
「じゃあ、お願いします!」
叫びざまに駆け出す私。
アイシャ様、今行きますね!
ガシャーン!!
ガラスの割れる音が響く。
いけない、アイシャ様のお部屋だわ!
ガーターに着けたホルスターからデリンジャーを引き抜く。
アイシャ様の部屋の戸のノブを廻し、部屋に飛び込む!
ドンドンドン!!
消音機から低い銃声が響く。
が、実は私は飛び込んではいない。
身代わりに、運転手の部屋から持ち出した毛布を投げ込んでいる。
瞬間、呆気に取られる侵入者たち。
アイシャ様は!
ベッドにうつ伏せに押し付けられている!
アイシャ様になんてことを!!許せない!
ドアの影から中を伺い立っている銃を持った大柄な影の頭部を二つ、狙い打つ。
「グッ!」
「くう!」
苦鳴があがり、二人が倒れ伏す。
「止めろ!お嬢様がどうなっても良いのか?」
侵入者の数は、倒した二人の他にもう二人。
アイシャ様を押さえつけている奴と、立っている大柄な奴が一人ずつ。
「セラ、私に構わないで逃げてぇ!」
アイシャ様の声が響く。
くっ!私がタケル様の事で落ち込んで、ベアに心配掛けたりしなければ
私はこの部屋で一緒に眠っていたからこんな事にならなかったのに…!
「アイシャ様!セラ!今行く!」
外からベアの声が響く。
「なにっ!外の連中は何をやってるんだ!」
部屋の中の男が動揺した様に小さく叫ぶ。
「応答が無いわ。全員やられたようね…」
アイシャ様を押さえ込んでいる小柄な影が答える。
女性だったのね…。
「そんなバカな!我々のチームがたった二人に追い込まれていると言うのか!?」
「正確には、ほとんど一人にね。外の連中は”グリズリー”一人に全滅させられたみたい。
たった一人に、たった十分でね…」
私は状況を把握し、侵入者に向かって警告した。
「もう、あなた達だけね。無駄な抵抗を止めて投降しなさい」
チッ、という舌打ちの後、男が答える。
「まだだ。まだ終わらんよ!一階に何人か突入しているからな。
貴様こそ、そこに居れば上がって来る奴との間で挟み撃ちだぞ」
「そいつら三人は、一足先にあの世で待ってるそうですよ」
私の背後から声が響く。
はっと後ろを見ると、運転手が不適な微笑を浮かべながら立っていた。
「あなたは…!」
愕然とする室内の二人の雰囲気が伝わってくる。
「窓の外にはベアが待機している。逃げ場は無いですよ?」
運転手は開け放たれたドアから室内に入る。
「ちょっと!危険よ!」
私の声に微笑みながら振り返る運転手。
「大丈夫ですよ、奴らの銃にはもう弾は無い。
外にいる時点から何発撃ってるのか、数えておきましたからね」
…何者なの、この運転手…
「リーダー、もう最後の手段しかないわ」
女が悲壮な声をあげ、苦しそうに男が答える。
「ああ、そうだな…悪いが、お嬢様には俺たちと一緒に旅立ってもらおう。
シルビア、お嬢様を始末しろ」
「了解」
「ちいっ!!」
運転手がダッと駆け出す、がその前にリーダーと呼ばれた男が立ち塞がる。
「銃はなくても武器は有るのさっ!!」
叫び様に巨大なナイフを振りかざし運転手に襲い掛かる。
キン!
澄んだ音がして、リーダーと運転手の体が交錯した。
「な…なんだ…と…?}
リーダーの首筋から赤い飛沫が上がる。
と、私の足元に何かがドス、と落ちて来て刺さった。
それは、リーダーのナイフの刀身だった。
どさ、と倒れ付すリーダー。
その向こうに瓢と立つ運転手の手には、短めの日本刀が握られていた。
「な、なんですって…?リーダーのナイフを、叩き切ったと言うの…?」
シルビアという女が呆然と呟く。
「さあ、もう諦めろ。アイシャ様を解放しなさい」
運転手が慈悲さえ込めた口調でシルビアに勧告する。
「舐めないで!私もプロよ。最低限の仕事はこなさせてもらうわ!
…ごめんなさいね、お嬢ちゃん、私も直ぐに行くから。
あの世への道案内は、私がしてあげる…」
シルビアが大柄なナイフをアイシャ様の首に当てがった。
「待て!」
叫ぶ運転手。
「やめてぇっ!!」
私が悲鳴を上げた瞬間、
「ガルルルル!!」
突然ドアから唸り声と共に巨大なセントバーナードが飛び込んできた。
そして、瞬く間も無くシルビアに踊りかかる。
「きゃあっ!!」
巨大な犬に押し倒され、シルビアがナイフを取り落としながら床に転がる。
「ナイスだ、ヨーゼフ!」
運転手が叫び様、アイシャ様に駆け寄り抱き起こした。
「やった!」
私が歓声を上げた時、倒れていたリーダーがゾンビの様に身を起こす。
「やらせてもらうっ!!」
死力を尽くして運転手とアイシャ様に折れたナイフで襲い掛かる。
「後ろぉ!」
私の叫びに、振り向く運転手。
だが、リーダーの方が速いっ!!
その時、シルビアから離れたヨーゼフがリーダーと二人の間に割って入った。
「キャイン!!」
ヨーゼフのわき腹に、折れたナイフが突き刺さる!
「ヨーゼフ!」
アイシャ様の悲痛な声が響く。
運転手とアイシャ様ががヨーゼフを抱きかかえる形で転倒する。
「ちいっ!」
運転手のドスが手を離れ、床を滑って行ってしまう。
私はデリンジャーをリーダーの頭にポイントする、が、
もし逸れたら二人に当たってしまうかもしれない。
私が一瞬躊躇した瞬間、
ヒュン!
私のすぐ脇を、何かが飛びぬけて行く。
ドッ!
二人に襲い掛かろうと、再び折れたナイフを振り上げたリーダーの後頭部に白いナイフが突き立つ。
声も無く、倒れ付すリーダー。
「ベア!」
アイシャ様の声に振り返ると、ドアの外にはナイフを投げた姿勢のままのベアが立っていた。