これが始まり
未熟な人の作品なので設定等の気になる点は何卒ご容赦下さいm(_ _)m
石上涼太郎は、自分の人生にこれといった起伏が訪れるとは、これっぽっちも思っていなかった。
高校二年生の夏。じっとりと肌にまとわりつくような湿気と、容赦なく照りつける太陽がアスファルトを焦がす季節。
学校は夏休みに入り、誰もが海だ、祭りだと騒ぎ立てる中、涼太郎はいつもと変わらない薄暗い自室に引きこもっていた。
そう。涼太郎はいわゆる根暗男子だ。
クラスでは極力目立たないように気配を消し、机に伏せっているか、スマホを眺めているかの二択。
前髪は少し長めで、眼鏡の奥にある瞳を隠すようにしている。
しかし、彼には自分でも気づいていないとある事があった。
その長い前髪を払い、眼鏡を外して髪型を整えれば、誰もが振り返るような端正な顔立ちになるのである。
しかし、一方の本人は自分の容姿に無頓着であったため、他者と深く関わることを避けるための盾として、あえて冴えない根暗の殻を被り続けているようでもあったが、その事に気が付くのは近くとも遠からず未来のことであった。
そんな涼太郎の唯一の拠り所であり、外界の世界とを遮断するための武器ともいえるのが、音楽だった。
それもあり、彼はいつも首に大きなオーバーイヤー型のヘッドホンを下げていた。
「……流石に暑いな」
時は八月の中旬。
どうしても欲しい新譜のCDがあり、暑いのが苦手ながらも、涼太郎は重い腰を上げて街へと繰り出した。
今どき音楽はサブスクリプションで聴くのが主流だが、彼は好きなアーティストの音源だけは、歌詞カードやジャケットのアートワークを含めてモノとして手元に置いておきたいという、少し偏屈なこだわりを持っていた。
首にヘッドホンをかけ、その日は一番お気に入りの色褪せた古いTシャツに、こちらもアンティークなジーンズという落ち着いた感じの格好で、涼太郎は駅前の雑踏を歩く。
涼太郎が向かったのは、駅ビルの最上階にある、少し古びた大手のCDショップだった。
アンティークなものを好み、音楽を愛している彼にはとっておきの場所だ。
店内に入ると、冷房の効いた涼しい空気が火照った肌を撫でる。
目的のコーナーは、インディーズやオルタナティブ・ロックが並ぶ、少しマイナーな棚だ。彼が今も昔も最も傾倒しているのは、『スノウノイズ』という、知る人ぞ知るスリーピースのロックバンドだった。
激しいギターサウンドの中に、どこか退廃的で美しいメロディが同居するその音楽は、涼太郎の孤独な心をいつも満たしてくれた。
「あった……」
棚の隅に、ひっそりと置かれた最新ミニアルバムを見つけ、涼太郎が手を伸ばした。
その瞬間。
「あ、」
すぐ隣から、小さく、よく通る声が聴こえた。涼太郎が驚いて視線を横に向けると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
思わず息を呑む。
それは、涼太郎もよく知る人物だった。
彼女の名前は大磯雪乃といった。
同じ高校の同級生で、女子バドミントン部のエースとして学校内問わず校外でも有名な女子だ。活発で、誰に対しても分け隔てなく接する、ショートカットの髪がよく似合う、まさに陽の当たる場所が似合う存在。
クラスは違うが、廊下や体育の授業で見かける彼女は、いつも部活の仲間たちの中心で笑っている花のような人。
そんな雪乃が、部活後の汗を首筋に滑らせつつスポーツバッグを肩にかけ、涼太郎が掴もうとしたCDと同じジャケットに手を伸ばしかけていた。
「えっと……ごめん。お先にどうぞ?」
雪乃が、どことなく人懐っこさを感じるような笑みを浮かべ、手を引いた。
涼太郎は一瞬、心臓が跳ね上がるのを感じた。
学校での根暗な自分なら、ここで小さく会釈をして逃げるように去るのがいつものパターンだ。
しかし、今の彼は私服で、前髪も上げていて、相手が気づいてないかもしれない。
「……いや、大丈夫。俺は、試聴機で一曲聴いてからにしようと思ってたから」
掠れた声にならないよう、涼太郎は努めて冷静に言葉を返した。
雪乃は一瞬、涼太郎の顔をじっと見つめた。
その目が、驚きに丸くなる。
「……あれ? もしかして、石上くん?...だよね? 二組の」
動揺を隠せず、「え゛」と声を出しつつも、まさか気づかれるとは思っていなかったと思わんばかりの顔をしながら、思わず首のヘッドホンをいじりながら、視線を泳がせる。
「あ、うん...まぁ...そうだけど......」
慌てるように返事をする。
「うそ!ほんと?いや〜学校の時と雰囲気全然違うから...一瞬迷ったけど、声と、そのヘッドホンになんか見覚えあったから。へぇ〜石上くんって、私服だとそんな感じなんだ。ていうか、私服の方がいつもよりいいじゃん!」
雪乃はからっとした笑顔で、屈屈なくそんなようなことを言った。
お世辞や嫌みを感じさせない、彼女特有の真っ直ぐな言葉だった。
涼太郎は耳の裏が熱くなるのを感じ、慌てて話題を変えた。
「それより......大磯さんも、スノウノイズ好きなの?」
涼太郎が指差す先には、『スノウノイズ』のCD。
雪乃の目が、今度は嬉そうに輝いて見えた。
「そうなの! 石上くんも!? 嘘、めっちゃ嬉しい! 私の周りさ、みんなポップスとかアイドル曲ばっかり聴くから、スノウノイズ好きな人、なかなかいなくてさ...学校の人で初めて会ったよ!」
目を輝かせてそう語る。
「そうなんだ……。うん、俺もファーストアルバム出た時からずっと聴いてる。今回のミニアルバム、先行配信されてなかったから、どうしてもCDで欲しくて」
「わかる! あのバンドはベースの歪み方が最高だよね。特に三曲目のベースラインがさ.....って、ごめんっ、つい熱くなっちゃった」
….そう言って雪乃は恥ずかしそうに頬を掻いた。
部活のエースとして凛々しくシャトルを打ち込む彼女とは違う、等身大の、同じバンドが好きな少女の顔がそこにあった。学校では決して交わることのなかった二つの糸が、駅前のCDショップという空間で、確かに絡み合った。
すると、雪乃がミニアルバムを一枚手に取り言った。
「……もし時間あったらさ」
少しはにかみながら涼太郎を見る。
「この後、どっかでスノウノイズの話しない? 近くに、友達がよく溜まり場にしてる超美味いクリームソーダが美味しい喫茶店があってさ。奢るから!」
いつもの涼太郎なら、用事があるからと断っていただろう。
しかし、首にかけたヘッドホンから微かに漏れるかけっぱなしのスノウノイズのように、目の前でふわっと笑う雪乃の眩しさに、どうしても首を横に振ることができなかった。
「少しなら...いいよ。」
そして、これが全ての始まりだった。
うだるような夏の日の夕時、二人は並んでCDショップを後にする。
この時の涼太郎は知らないだろう。
自分の退屈だった高校生活が、楽しいものへと変わり、今後の未来にかかわる事になるなど。
もう少し続きます。




