ヒロインのエピローグ(ピナ視点)
「ボブ!」
私は、愛しいボブのところへ走りました。ボブはいつもの通りに王宮の門前に立っています。そして私の姿を認めると、ニカッと人の良さそうな笑みを浮かべるのです。
ふぁ~かっこいい! 少しそばかすが浮いた日焼けした肌、藁のような色の金髪。気のいい近所のお兄ちゃん感を損なわない程度のイケメンさ。どうしてこんなに素敵な人が、ゲーム中では誰も落とせなかった時の流刑地のような扱いだったんでしょう。
「ピナ、よぉ。今日も元気だな」
「ボブ、ボブ! あのね、昨日台所を借りてカップケーキを焼いたんです。一緒に食べませんか? もうすぐ交代の時間でしょう?」
「んー別にいいけど。いいんだけどよぉ」
いつもは二つ返事のボブが今日はなんだか言葉を濁します。
「どうしたんです?」
私は思わず、きょとりとして首を傾げました。するとボブは少し頬を赤くした後に、頭をガシガシと乱暴にかいたのです。
「お前、シオン王子のお気に入りなんだろ? いいのか、俺とこんな風にしてて」
「ふぇ!? なんですか、その根も葉もない話は!」
「いや、だって仲良く話してるところをよく見るって皆言ってるぜ。側室はピナで決まりなんじゃねぇかって」
「ないないない!」
ボブの言葉に私はブンブンと頭を振りました。王子と私は前世友達です。だけど、互いにそんな気持ちは欠片もないですよ! それに……
「シオン様はティアラ様に夢中ですし! 側室を作ること自体が絶対にないですよ!」
「ふむ」
ボブは考え込む様子を見せた後に、こちらに手を伸ばしました。革手袋を着けた大きな手が、私の頬を優しく撫でます。ボブにこんな接触をされたことは今まで一度も無かったので、私は驚きで目を瞠りました。
「じゃあピナは、王子に気はねぇのか?」
「無いですよ!」
私は問いに秒で返しました。気がないのは事実だし、私はボブが好きなんだし。
「ふむ。だったら、俺は?」
頬を撫でていた手が下へと降りて、するりと唇を指で撫でられました。
「え、めちゃくちゃ好きですよ。好きじゃない人にお菓子作って会いに来るほど、暇じゃないですし」
「……素直というか。お前、ムードがないよな」
誤解です。いきなりそんなことを言われて、上手く反応ができなかっただけです。だから心臓はめちゃくちゃバクバクしてますし、顔もどんどん赤くなってるじゃないですか!
「ま、そんなところが俺も好きだけど」
「ふぇ」
爽やかに笑って告白したボブは、私の唇を素早く奪ったのです。なんということでしょう。前世、今世合わせてはじめてのキスですよ!
「王子に取られないうちに、結婚しとくか。さすがに既婚者には手ぇ出さねぇだろ」
「だから王子とはそんなんじゃ……結婚!?」
「俺は嫉妬深いからな……嫌か?」
素敵な低音ボイスで囁かれ、心をときめかせつつ私は思い出しました。
ボブの声優さんは、若手なのに渋い声で人気の方だったなぁって。
それにしても、結婚。結婚ですか。
ゲームがはじまる二年前なのに結婚……私はこの国の成人年齢である十六歳なので、問題はないんですけど。なんだか不思議な気持ちになりますね。
「えーっと、幸せにしてくださいね?」
そうお返事をすると、ぎゅっと強く抱きしめられます。
鎧で抱きしめられると、痛いんですね。鼻の皮が少し剥けました。
『皮が剥けた』とボブに苦情を言うと『やっぱりムードがねぇ』って言われちゃいました。
……ふふ、幸せですねぇ。
☆
「へー結婚するんだ、おめでとう」
王宮の廊下で偶然会ったので結婚をご報告すると、すっかり砕けきった口調のシオン王子にお祝いを言われました。
「いやいや、めでたいですねぇ」
ブリッツ様もにこやかにお祝いを述べてくれます。……ちょっと胡散臭い笑顔に見えますけど。
「友達が結婚するのだし、お祝いをあげないとな。なにがいい?」
シオン王子はにこりと笑って、そんな嬉しいことを言ってくれます!
乙女ゲームの『氷の王子』と比べて、なんて気さくなのでしょう。
お祝い、お祝いですか……
「アクセサリーやドレスは、変な誤解を招きそうですしねぇ」
「うん。俺もティアに誤解されたくないから、それはあげられない」
「花……も誤解されそうですね。なにがいいですかねぇ」
「風情がないけど、現金が一番かなぁ」
「シオン王子。そろそろ公務に戻りませんと」
ブリッツ様がつんつんと王子の頭を指で突きながら言います。お忙しいのに、ちょっと引き止めすぎましたね。
「あーもう、頭を突くな!じゃあ、仕事に戻るね」
「はぁい。お仕事頑張ってくださいませ~」
「うん、ピナ嬢も」
手を振りながら、私は王子とブリッツ様を見送りました。
現金は一番いい落とし所ですよね。いくらあっても困らないものですし。風情はありませんけど、別にシオン王子に風情は求めてませんし。
そよそよと廊下に風が吹き込みます。平和ですねぇ……うん。
――なんだか、背中にじりじりとした視線を感じますけど。
振り返ると、そこにはなにかを堪えるようなティアラ様がいました。あ、目が合った。
「わ、私。つまらないことで妬きませんの。ええ、妬かないの。王太子妃たるもの寛容が大事で……」
……焼きもち、焼いてるんですね。相変わらず王子のことがお好きですよね、この方は。
「私は別の方と結婚するので。焼きもちを焼く必要はないですよ?」
「え……」
思わず発した私の言葉に、ティアラ様は目を丸くされます。
「ほ、本当に? 側室に、ならない?」
「なりませんよぉ。私、王子のこと好みじゃないですし」
「へ、へぇ。そうなの」
ティアラ様はちょこちょことこちらに歩み寄ると、私を見上げます。わぁ、こうして見ると背がちっちゃい。お目々も大きくて可愛いな。王子が夢中になる気持ちもわかる。
「……ご結婚、おめでとうございます。今まで見当違いなことを言って、ごめんなさい」
……はわ。ティアラ様から謝罪を受けてしまいました。
これがきっかけでティアラ様と仲良くなり、親友にまでなるだなんて。この時の私は、思いもしなかったのです。
こちらで転生王子は完結となります。
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