六十二話「右腕」
少しだけ短いです
「……止めだ」
ダイキが「興が削げた」…とでも言いたげな声色でそう言った瞬間、俺の右腕が…飛んだ。
『本当に終わりだね』
鍛路ユウキが呟く。
妙に右腕が軽い。
「えっ…」
ない…。肘より少し上から先がない。
ややあって。
少し離れた位置からゴトリ、と鈍い音が。
そこには、俺の右腕が落ちていた。
「――ッッ!!? ぁぁあああああぁぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
迸る鮮血、電撃を喰らったような痛み。
宙を舞う哄笑と、地へ這いつくばるような絶叫。
漸く脳が現状を理解したのか、激痛というのも生ぬるい痛みが俺を襲った。
叫びながら踞る俺だが、何かがおかしい。
まず普通なら多少痛い程度の傷なのに、何故か死ぬほどの苦痛を感じる。
スーパーコンピュータ並みのはずの頭がうまく働かない。血が足りず、視界がチカチカする。
「ぐぞっ…!! なんで、ざいぜいじな……」
そして、右腕が再生しない。
「ぐっ…あッ……! う…、でぇ…!」
落ちている右腕まで這って進む。
そして、左手を伸ばした所で…。
「ぐぁッ…?!」
「触るな。下種が」
虫けらを踏み潰すような粗雑な動きで、俺の左腕は踏み抜かれた。
ばきばきと、骨の砕ける音がする。
俺の目線の先には、凍えるように冷ややかな目で俺を見つめる火崎アリスの姿が。
「…火…崎……!!」
「…勘違いしてたよ。お前は鍛路ユウキじゃなかった。私の霧式くんでも、その鍛路ユウキでもない。…中途半端な紛い物、贋作、偽物」
「だから…どう…した…」
激痛に悶えながら言う俺に、アリスは嘲るような笑みを浮かべて言う。
「ひとついいことを教えてあげるよ。紛い物。
《霧式碧》に強い影響を受けて生まれてきた人格のお前は、その《霧式碧》に近しいステータスを持っている。そうだろう?」
「…っだから! 何なんだ…よっ…!」
「簡単な話。お前の体は、鍛路ユウキのものだよね? だから右腕にある【魔剣紋】を奪われたお前は、《霧式碧》との唯一の物理的な接点を失った。つまり、君はもう霧式碧のステータスを模倣している事ができないんだ」
「ぞん…な…?! …じゃあ…今のこの…痛みは…」
「うんうん。そゆこと。あ、私はこのまま聖岳センセ捕まえにいくからお前は、ここで適当に伸びてな。あはははははははは!!」
哄笑、嘲笑、嘲弄、嘲謔、冷笑。
静かに音を立てて俺の―――“にせもの”の霧式碧を形成していた部品が崩れてゆく。
そして、最後の最後にアリスの言葉が俺を絶望に叩き落とした。
「あ、今頃、学園はどこかの国のゲリラ部隊に蹂躙されてるかも! ああ! 最強の霧式碧がいないときに限って!! 可哀想にねぇ!! あははははははっっっ! お腹いたい!!!」
そうして去っていったアリスの後を木真タキとオルネスが続く。
数刻後。
淡い光の粒子が人の形を構成し、オルネスが一人だけで現れた。
先程まで被っていたフードも、今は外しているようだ。
「なに…しに……きた…」
敵意を込めて睨み付けるが、全身に力が入らない。
オルネスは、俺の殺意に満ちた目付きを無視して、俺のそばにしゃがみ込む。
「じっとして、しゃべらないで。このままだと、出血死する…」
そう言ってオルネスは俺の右腕に【ポーション】と思われる液体を瓶から直接かけてゆく。
滲むような鈍痛に、眉間に皺を寄せる俺に、オルネスはその柳眉を八の字にして言う。
「…うでは、もう直せない。【治癒不能】の呪いがかけられてる……。
謝って済むものじゃないけど……ごめんなさい…。貴方は、悪くないのに…」
「……。…なんで、俺を助ける?」
傷口の肉が【ポーション】によって盛り上がり、傷口が塞がる。
「…ただの偽善、…だよ?」
悲しそうな表情を浮かべて儚い笑みを浮かべたオルネスが何か呪文を呟いたのを最後に、俺の視界は真っ白に染まった。
そして―――――。
† † †
教団施設――正確には教団支部だ――は、σの徹底的な破壊で大きな損失を受け、残存教徒は拠点の変更を余儀なくされた。
上山聖岳は火崎アリスによって捕らえられ、σは教団の本部にある施設、“監獄”へと移送。
そうして、教団本部では、本当の“霧式碧”の“再生”が始まったのだった。
そして、霧式碧は。
元・【魔王】の手によって一命を取り止められていた。




