第六十一話「前触れ」
大変お待たせしました。
最新話です。
「んん? ここどこだ? 聖岳ちゃんに向かって壁も地面も突っ切ってきたんだが…」
壁に空いた巨大な穴から、ひょっこりと現れた俺。
ヘラヘラ笑っている今だが、そうしていられるのもここで終わりらしい。
尋常ならざる気配を察知した俺は、直ぐ様戦闘体勢に入ったのだ。
「ッ…!!!」
刹那、俺の立っていた場所の地面が深く抉れた。
慌てて離脱したためこちらが被害を受けることはなかったが…。
浅いクレーターの出来た床には、妙に有機的かつ禍々しい、杭ほどもある“棘”のようなものが幾本か突き刺さっている。
その邪悪な様相は、言うならば“半独立性イデア暴走”に陥ったイデアのようで、妙な生々しさがある。
(………!! この魔力は……!)
刺からある魔力を感じとり、俺は奇妙な感覚を覚えた。
まず魔力とは生きとし生けるものに存在する、魔性なる力であり、個体の生きようとする本能の根源に当たる“正のエネルギー”―――つまり【生命力】と相対に位置している存在だ。
魔力は万物に存在するエネルギーで、その世界や次元によって、多かれ少なかれ数値の差があろうが、微量とはいえ、地球人にも存在する。
そして、魔力は、時に人間の負の感情や思いを喰らい、黒く、昏くその性質を変える。
しかし、いくらその姿形を変えようと、変化には必ず残滓が生じるのだ。
そして、俺には、その残留魔力に心当たりがあったという話だ。
「……滓我…大騎…!」
人知れず俺が呟くと、何処からか声が聞こえてきた。
「覚えてたんだなぁ…俺の事」
ゆらりと揺れる人影。
「そうだ、ずっとだ」
足音が近づく。白い、異形が。
「ずっと夢見てきた。お前をぐちゃぐちゃにできるこの瞬間を―――!!! ―――なァ!! 霧式ぃい!!!!」
萎びた白髪、濃い隈が浮かんだ目は見開かれ、右腕は切除され存在しない。
肩口からは異形の肉翼が生え、先程地面を抉った刺であろうものがが再生している。
それは人としての原型を留めてはいなかった。人であることを既に放棄した姿。
分不相応な力を求めた“カスガダイキ”という愚か者の末路。
(…情報が…。とにかく、情報がいる…)
俺はダイキの異様な変容っぷりに、すぐに【無限叡智】を発動させ、情報を探る。さっきまでの緩い情報防囲網ならば、すぐに通り抜けられる。
幸いなことに、情報は手に入った。
要約すると、ダイキのこの姿は、狂気の研究者――木真タキに35人分の“心”を植え付けられて拷問にも似た実験を受け、そこから脱し赴いた先で【大賢者】オルネス・ギルヴァンドによって魔物と融合させられた故のものだったらしい。
オルネス・ギルヴァンド…。霧式碧の仲間の中にいた魔術師の少女だ。
俺が“霧式碧”の偽物でしかない以上、あれは、あの記憶は、俺のした体験ではない。
そして、最近段々と鮮明になってきた異世憶。その中には火崎アリスもいた。
火崎アリスは、“霧式碧”と共に異世界に召喚された人間だったのだ。
彼女達は、おそらく俺の中から本当の“霧式碧”を引っ張り出そうとしているのだろう。
もう一度自らの愛した人に会うために。
「おい、霧式ぃ…。なんだァ? 考え事かよ! この俺を前にして…? …ムカつく。ムカつく、ムカつく! ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく―――――!!!」
最早合成獣さながらといった姿をした、ダイキは、人としての尊厳も、正気も持ち合わせていない。
他人の心を植え付けられてから、肉体を凄まじい勢いで壊され、また異世界の秘薬で再生されたせいで、残りの寿命も僅かであろう。
そこまでして、狂気に陥ったダイキは霧式に復讐しようとしていた。
『全部きみのせいだね』
耳元で囁き声が聞こえた。
ぐらりと体が傾く。
『君がダイキの人生を歪める直接の原因を作った張本人だよ』
うるせえ…! クソ…、俺は…。
「ぐっ…あ…! 鍛路…ユウキ…。なんで…今…更…」
『きみと僕の自我が曖昧になってきているだけさ。さっきだって僕の【熾慧眼】と【万物操作】を使ったじゃないか』
「は…? …あ……?」
『一人称だって“僕”になってたしね』
「俺…は…僕…は……! …クソッ、こんな時に…」
体が、言うことを聞かない。
それが一瞬だけ弱まったその時。
「…お前、俺を前にして何悶えてんだよ。…俺なんか眼中にないってか?
……はあ。…もういいぜ、霧式。……終わりにしようや。―――【ケn現ぜ夜】」
ダイキは呟く。ただし、その呪言は文字化けするかのような酷い有り様だが。
怨念を混ぜに混ぜ合わせ、他人の心を組伏して得た呪いの【イデア】は――。
異形の右腕を形作り、歪な【剣】を造り出した。
その様相から【剣】ではなく【呪劍】と呼ぶのが相応しかろうが。
「霧ゥゥしぃいいいいいいきィィィィイ!!!!」
狂ったように叫びながら、加速するダイキ。
踏み込みは甘く、姿勢はブレブレ。お世辞にも良い動きとは言えない――が、“カスガ ダイキ”には、それを簡単に補える、余りある肉体スペックがあった。
魔物と融合し、更に複合イデアによって能力を底上げした結果だ。
「くっ! 【詠唱破棄】――【フェンリル!!!】」
咄嗟にスキル、【詠唱破棄】で魔力を多量に使い、フェンリルを召喚。透かさず歪な心象を受け止める。
(くそっ、【詠唱破棄】での魔剣の召喚……それも【王】の階級の召喚には結構魔力を使うんだよな…。…最初に出しとくべきだった…)
基礎もクソもない“カスガ ダイキ”の動きだが、力だけは無駄にあるので、なるべく受けずに避け、また、往なしてゆく。
ちなみに【詠唱破棄】とは、魔法を使う際に、詠唱に込めるイメージを省略するスキルだ。
それにより、詠唱を唱える必要はないが、代償として、それに見合うだけの魔力を過剰気味に要求される。
魔法を使うならいざ知らず、魔導の極致である魔剣を召喚するのだから、要求される魔力は桁違いとなるのだ。
「…ッ…なんだ…!? ダイキの動きが…」
段々とダイキの動きが俺に順応してきている。
これも、イデアの能力か?
「くそっ、俺の動きを…ッ…!! タイミングずらして模倣してるってのか!? くッ!! 調子狂う…!」
「ああ! そうだぜ霧式ぃいぃいいいッッ?!! 俺はな! お前を殺すためだけに! ここまで来たんだ!! 他人の心理を捩じ伏せ! 自らの心象と騙り、奪った!!」
『ふふ。他者を騙る君と同じだね』
ダイキの言葉に同調し、鍛路ユウキが含み笑いを漏らしながら呟く。
(クソッ!! うるさいうるさい!! 黙れ!!!)
内心で叫ぶ。
『ねぇ、僕の体を…返してよ…』
鍛路ユウキはこの体を求めている。
そして引っ張られるように体の動きが鈍くなり、剣戟の精彩が欠いてくる。
「……止めだ」
ダイキが「興が削げた」…とでも言いたげな声色でそう言った。
「……は…?」
それに俺が間抜けな声を上げた瞬間。
――――――俺の右腕が…飛んだ。




