第三十六話「生きてるけど死んでる」
なんとか書き上げられた…。
最新話です。
今回は魔王っ娘より「出番が少ないわッ!」というお叱りの言葉お受け、フィリスと霧式のターンです。
雪奈は次回から出てきますよ
「―――ッッッはぁっっ!?!」
久しぶりに肺に送られた酸素に身体が驚愕するように飛び跳ね、痛みにも似た感覚が体を走り抜ける。
そして覚醒する意識。
「知らない天井ですな…」
何故かそう言わないといけないような強迫観念に襲われ、俺は呟く。
あたりを見回してみるが、カーテンの仕切りで周囲は見えない。直上の切れかけた蛍光灯の光が、淡く俺を照らしていた。
のそりと体を起こすと、胸部に激しい痛みが走る。
「っっ……。何だよ…」
胸元を見ると、大仰な事に包帯が巻かれている。
何で半裸なんだ。上半身。包帯が大部分を覆い隠してはいるが…。
「目覚めたか、霧式」
仕切りのカーテンがサッと開き、フィリスがやって来る。
「…魔王か…」
背中からベッドに倒れて言う。ボサリと体がマットレスへ沈み込み、胸部に痛みが走るが、なるべく平静を装う。
そんないつも通りの俺に、フィリスは苦笑しながらも「魔王といっても“元”じゃがな」と軽い冗談を飛ばす。
「…で、よくわかったな? 俺が頼みたかった事」
これが本題だ。とでも言いたげに俺は、言う。視線は何か気恥ずかしいので、天井に固定。動かさない。
「いや、惚れた相手の考えていることくらい常に考えとらんと“恋”じゃないじゃろ?」
「…お、おう…」
たぶんそれは恋の次元を越えていると思う。もう超能力の域だわ。
「…解呪は、上手くいったのか?」
胸に手を当てながら言う。
それにフィリスは微妙な――非常に歯切れの悪い表情をする。
そこから察するに、俺はあまり良くない状態なのだろう。
俺は、雪奈との戦闘中に負った二の腕の傷から彼女のイデア能力、不死殺しが異世界での【不死者殺しの呪詛】という最上級の呪いと非常に似通っている事に気づいていた。
本来、呪いとは“いかにしても解くことが出来ない”という事をコンセプトにして作られた呪法。
しかし、俺やフィリスといった、それこそ神に近しい力をもつ強力なバグキャラには【解呪】と呼ばれる芸当が可能になってくる。
そこで、俺は雪奈の呪詛により一度死んで、元魔王――フィリスに蘇生してもらう事を考えたのだ。
それが、俺の頼もうと思った事だ。
まあ、いかに元魔王といえど、不死殺し系統の呪詛を解けるかは五分五分の賭けだった訳だが……。
…どうやら成功した訳では無さそうだ。
「…ははっ、別に怒ったりなんかしないし、何がどうなったのか正直に話してくれよ」
無理に笑いかけながら話す。
本当は自分の肉体が今どうなっているのか分からない事が怖い。
剣を握れなくなるかもしれない事が途轍もなく恐ろしい。
「霧式、お主の体はちょっとだけ死んでおる」
「………。…は……?」
フィリスの声に呆けた声を上げてしまう俺。
…ちょっと待て、なんだその中途半端で訳の分からない状態は。
「実はまだ解呪は終わっておらんのじゃ。不死殺しの呪詛は強力過ぎた。お主は確かに生者じゃが、同時に死者でもある」
「……。………ってなんじゃそりゃあ?!」
一瞬思考停止していた俺だが、思わず叫び声を上げてしまう。
いや、訳が分からんよ?!
生きてるけど死んでるとかどういうことだよ?!
…本当になんじゃそりゃあ……。
フィリス曰く、俺の“不死”に、世界が納得するように『これはただの死体です』とステッカーを張り付けたのが、雪奈の不死殺しの呪詛。
そしてその強大な呪詛を何とか剥がしたものの、ちょっとだけステッカーの塗料がついたままの状態が今の俺なのだという。
いや、分かりやすくて助かるけども…。
「…で、激痛で動けないこの肉体はどうなるんだ?」
ちょっとだけ、疲れたように呟く。
フィリスによると、
「それは蘇生した魂が肉体に馴染もうとしているだけだから三日くらいでよくなる」
らしい。
「だったらいいけど……。…雪奈は、どうだ?」
ふう、と軽い溜め息をつきながら雪奈の調子を聞く。
「…あの阿呆なら寝込んでおるよ」
プイッとそっぽを向いて答える魔王。
待て。何故そんな拗ねている。
「…好きな男が他の女の心配をしているのじゃ、拗ねて当然であろう」
「お、おう。そうか…って、心読むな?!」
「む。それは出来ぬ。妾の霧式センサーは自分でも止められぬ」
「おおい?! お前は仮にも魔王だろ?! 自分の事くらい把握して見せろよ!?」
「魔王の私を落としたお主が悪い」
「なんでやッッッ?!」
ふう。熱くなりすぎて変な突っ込みをしちまったぜ。
もう少しクールにならねばな。
「…フィリス、お前、時空間魔法を使えるか?」
「…ん? そりゃあ、使えぬが…」
「使えんのか…」
なら仕方がない。自分で肉体時間を三日間分進めよう。
しかし、今の俺では魂が体に馴染んでないとかで自分の魔力を使うには危険な状態だろう。
そこで、
「フィリス、ちょっと手ぇ借りるぞ」
ナチュラルに、あくまで自然にフィリスの手を握る。
フィリスは一瞬何が起きたのか分からないといった様子で固まるが、急速に顔を赤面させる。
そんなフィリスを極力意識から外しながら魔力回路を乗っとりし、そのまま魔力を拝借する。
お前、どうせ腐るほど魔力あるんだからいいだろ?
「……【時間送り】」
俺が呟くと、異世界で作ったオリジナルの魔法が発動する。
意識はそのままに、対象の時を加速させる魔法だ。
シンプルな術式だし、【詠唱破棄】の出来る俺なら今の状態での発動も可能だろう。
奇妙な浮遊感と共に肉体の時間が進む。ちょうど三日分で止めたいのだが…。
「…む、フィリスの魔力と相性が悪いのか? …術の燃費が悪い…」
…という訳で、もう少し魔力を貸して頂こう。
「あふっ、ひぁっ、やめひぇ…っ」
何かフィリスがビクビクしているが、お構いなしに魔力を吸い取る。
「……よし、三日分俺は年をとった。これで痛みも何とかなるな」
もう用済みなので、パッと手を離す。
「あひゅっ…」
口の端から涎を垂らし、崩れ落ちるフィリス。
……なんかピクピクしてるぞ…。
「お、おい、大丈夫か…?」
大丈夫じゃなさそうだけど聞いてみる。
「ひゃい……」
「こりゃ大丈夫じゃねぇな…」
ガリガリと後頭部を掻きながら言う。
典型的な魔力酔いだなこりゃ。…まあ、重度の奴だけど…。
相性の悪い属性の魔法や使用したことのない魔法を無理矢理行使した際に起こる現象だ。魔力を一気にごっそり使うとなったりもする。
…相性が悪くてしかも始めて使う魔法にかなり魔力を使わせてしまったからな。
まあ、うん。俺のせいだ。すまん。
……まあ、とにかくベッドに寝かせて万能治療薬でも飲ませれば何とかなるだろ。
取り敢えずフィリスを抱えて、俺がいたベッドに寝かせる。
それから【収納庫】を使い、万能治療薬を出し、飲ませる。
しかし。
「かふっ、ふひゅっ」
おい、超高級な回復アイテムを吐き出すな。
…まあ、重度の魔力酔いなら仕方ないか。
あまりに重度な魔力酔いのせいか、万能治療薬を自分で飲めないらしい。
それにしても……どうするか。
(元)魔王が魔力酔いという時点でなんかおかしいが、魔力酔いも下手すりゃあ命に関わるからな…。
うむ。救命処置だ。仕方がない。
俺は、万能治療薬を少し口に含むと、フィリスへ口移しで飲ませる。
それを数回繰り返し確実に万能治療薬を飲ませるのだ。
…おかしいな。そろそろ目覚めていいと思うんだが…。
「…こいつ寝てやがる」
いつの間にか、フィリスはすうすうと寝息を立てていた。
まったく、心配かけやがって。
カーテンを再び開けて、仕切りの外に出る。
部屋の隅には一台の机が。
そこには延々と解呪式を綴ったノートと、自分で調合したのか、体力回復用のポーションが僅かに残った丸瓶が幾つも転がっていた。
ノートを手に取ってみる。
字は必死さが滲み出る走り書きで、少し汚いが、読めないほどではない。
ノートを数ページめくって目が回ってきた。
余りに複雑な解呪式で、理解するのも一苦労だが、フィリスはこれを全部一人でやったのだ。
それだけじゃない。肉体の鮮度の維持や魂がの保護まで平行してやっていた筈だ。
さぞ大変じゃだったろうに…。
「…これも、惚れた男のため、か?」
フィリスなら言いそうな事が口から零れ出た。
俺は、フィリスの事を「面倒くさい奴」なんて思っていたけど、認識を改めざるを得ないな。
シャッとカーテンを開けて、ベッドの側に立つ。
「ありがとうな」
その言葉がかけたくて。
魔王城でフィリスを殺した時、どうしようもない喪失感と、心の疼痛を感じた。
あの時は互角に戦えるライバルが死んだ的な意味でそう言う風に思ったのだと考えていたが、違った。
魔族も人間だった。
人と同じように、泣いて、笑って。
そんな風に感情を持った“人”だったのだ。
そんな彼ら彼女らを俺は斬り捨て続けた。
全ては、自分が生き残るために、故郷に、帰るためだと信じて。
いつしかその目的から外れていた。戦いを楽しむようになっていた。
楽しんで、殺した。
彼らのプライドを踏みにじり、殺した。
俺は許されざる罪人だ。
本当はフィリスに、償わなくてはいけない立場だ。
死んで償うなんてそんな安いものではない仕打ちを受けても文句は言えない。
だが。フィリスは俺に笑いかけてくれた。
こんな俺でも、少し救われた。
『…なあ、勇者…いや、霧式よ…。………妾達、立場さえ違ったら…仲良く…なれた…かな……??』
フィリスが最後に、うわごとのように口にした言葉。
きっと彼女は戦いなんて望んでいなかった。
人間とも、仲良くしたかったのだ。
でもその望みを切り捨てたのは俺だ。
それでも、言いたかった。
勝手に贖罪した気になって自己満足に浸りたいだけなのかもしれない。
でも報告しておきたかった。
今、異世界ではみんな仲良く暮らしてる筈だ。
俺がいなくなって、魔族も、人間も和解できたはずなんだ。
だから。
「お前の夢は、叶ってるよ…」
そう呟かずにはいられなかった。
俺は暫くの間、フィリスの幸せそうな寝顔を眺め続けていた。




