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俺TUEEE系小説が好物でして、本作品にもその要素は多分に含まれています。これが初投稿となりますので至らないところもあるとおもいますが、俺TUEEEの爽快感、おもしろさを、作品を通して表現していきたいと思います。
木下ビバレージといえば、マイナー層向けのドリンク開発で有名だが、その本社が突然にダンジョン化した事でも知られている。同社はダンジョンのもたらす利益からメキメキと業績を上げていくが、ここではふれない。
木下ビバレージ本社ビル・ダンジョン。松尾キクマルはその最深層に居た。このダンジョンは攻略難易度としては中級、徘徊するモンスターのなかにはやっかいな能力を持つものも多く、踏破のためには初級ダンジョンをソロで攻略できる冒険者が5人で組んで確率は半分であるといった具合だ。
しかし、キクマルの周囲には冒険者らしき影は見当たらない。つまりソロだ。キクマルが冒険者養成学校に通う冒険者候補生だと考えると、無謀極まりない試みだ。まさか自殺志願ではないか。
だがキクマルの足取りに迷いはなく、通路をはばむゴーレムを水魔法で押し流し、壁に叩きつけ粉砕した。キクマルの一見すると無謀なこの行いも、確実な実力に裏打ちされたものだったのだ。
その後も危なげなくモンスターを駆逐し、ついにキクマルはダンジョンの最深部に辿りついた。しっかりとした重さのある木のドアを押し開くと、そこは整然と並ぶコンピュータ群があり、オフィスのようだ。このダンジョンの元になったのがビルであることも、この造りには関係しているだろう。
キクマルが部屋に足を踏み入れると、突然にドアが閉まり、次々とコンピュータの電源が入った。そして、部屋中の備品がふわふわと浮かび上がる。
嫌な予感を感じて、キクマルは思い切り横っ飛び。次の瞬間には歯の出たカッターやデスクが殺到する。
実体が見えないところから、ゴースト系のモンスターだろう。そうアタリをつけたキクマルは飛び交う事務用品に注意を払いつつも、土魔法を構成し始める。ゴースト系のモンスターは、依り代となる物体を破壊することで倒すことができる。この場合は、けたたましいファンの音をならして稼働しているコンピュータ群がそれだろう。
ついにキクマルの土魔法が発動する。タイヤ程の岩塊がとびだし、ある程度の位置で停止すると破裂し、さながらクラスター爆弾のように部屋中のものを抉っていく。当然、その矛先はキクマルにも向かうが、いつの間にやら展開していた風魔法で障壁をつくりだし、受け流す。
岩の弾丸からうみだされる破砕音が聞こえなくなると、すでに部屋は穴だらけでコンピュータはスクラップと化していた。唯一無事なのはキクマルのまわりのごくわずかな部分だけである。
ごろんと、キクマルの足元に箱がどこからか転がってきた。これこそが、冒険者たちが自分の命を賭け金にしても手に入れたいものであり、ダンジョン最深部のモンスターを倒したものだけにダンジョンから与えられる宝である。
宝箱を抱えると、部屋の中央に青白い光の束が発生する。ダンジョン踏破者だけが通れるワープゲートで、出口はダンジョンの入口である。
キクマルはさっさとワープゲートに入ると、ダンジョンからおさらばする。ダンジョンの受付にいた木下ビバレージの社員などはキクマルに抱えられた宝箱を見て口が開きっぱなしである。次第に騒ぎが受付口にいた社員や冒険者たち大きくなりはじめる。
基本的に冒険者の総人口にたいして、ダンジョンを攻略しうる人材は少ない。現在、日本冒険者教会に所属しているのが500万人だが、冒険者として生計をたてるために必要な最低限の能力をもっている―初級ダンジョンをソロで攻略できる―人材は一万人に満たない。
そんななかで、中級ダンジョンを冒険者候補生であるキクマルが、ソロで攻略したとなればその衝撃は大きい。受付嬢はどこかにしきりに電話をかけているし、まわりの冒険者たちはうわさの候補生はどこかと目の色を変えている。
おおむね自分の期待通りだと、キクマルはほくそ笑んだ。明日には、冒険者関係の情報誌に松尾キクマルの名前がでかでかと載り、この業界に大きなインパクトをともなって轟くはずだ。
そろそろ騒ぎの大きさはピークに達し、受付のあたりはダンジョン関係者でごったがえしている。中には『あれが、そうではないか』とキクマルの存在に気付き始めたものも出てきた。
キクマルは人混みに体をもぐりこませると、その波に流されるように外に出た。ダンジョンに入ったときはおよそ昼ごろだったが、今は完全に日が沈んでいて、少し肌寒く感じた。
タクシーを呼んで、自宅の前まで。
玄関のドアを開けると、父、母、妹と家族そろい踏みだ。キクマルの抱える古めかしい箱を見うけると一様にクラッカーをかきならし、どこかから運んできた料理がテーブルの上にならび、パーティーの始まりだ。
パーティはそろそろ日をまたぐといったころに、キクマルのあくびで収束を見せたが、どうやら母はむこう一週間にわたってこの催しを企画しているようだ。
勘弁してくれと笑いながら、自室に戻る。さっと部屋着に着替えるとベットにもぐりこむ。
正直なところ、このまま布団をかぶって明日の昼まで寝ていたいが、残念ながら一般の学生は休みである土曜日も、キクマルたち冒険者候補生は出校日だ。
若干の憂鬱を感じながらも目を閉じる。少しでも夢を見る時間は多くとらなくてはいけない。今の自分があるのは、その夢のおかげだから。
○●
キクマルの通う冒険者養成学校―通称、ボーガク―は自宅から歩いて30分弱のところにある。今朝も体力づくりをかねてのランニングで登校したキクマルであったが、正面玄関で30人ばかりの生徒につかまっていた。
「なあ、木下ビバレージのダンジョンソロで攻略したってマジか、キクマル」
「おう、この通り宝箱だってある」
学校への報告のために持ってきた宝箱を見せてやると、生徒のかたまりのなかでどよめきが上がった。
「うわあ、本当だよ。いや、昨日ボクも8人でパーティ組んでそこのダンジョン潜ってさ、まあ2階層ぐらいまで軽く流してからあがったんだけど、戻ったらうちの生徒がソロで攻略したって話になってて、もしかしたらキクマルかなって。実際、キクマルっぽい人を見たってやつもいるんだもん」
クラスメイトのマコトがまくしたてた。
「でもさあ、これでキクマル君、木下ビバレージにスカウトされちゃうんじゃない。あそこけっこう大きな会社でしょ。ダンジョン資本にもってるトコなんて日本でもほとんどないし、いいなあ、キクマル君」
目元のパッチリした女生徒が本当にうらやましそうな眼差しを向けてくる。
冒険者はダンジョンを攻略するなどして名前を売ると、企業から声がかかる。その契約内容は企業によって異なるが、基本的に冒険者にとって有利な内容で、ダンジョンで得た素材を一般市場の価格より安く卸すかわりに、ダンジョンまでの交通費や回復薬などの消耗品を企業側で負担してくれたり、冒険者を引退したあとの面倒をみてくれたり、収入の安定性に欠ける冒険者にとって企業からのスカウトは誰もがうらやむものなのだ。
「それは気が早いぞ。そうなったら願ってもない話だけどな」
笑いながら、キクマルはもし木下ビバレージからスカウトの声がかかっても断るつもりでいた。たしかに悪くはない、悪くはないが、それは日本国内に限った話だ。キクマルは自分の実力と成長性は、中級ダンジョンまでしかない日本国内では不相応だと確信していた。
その後も生徒たちからダンジョン攻略の話をせびられたが、学長に昨日の報告をしなければならないといってなかば逃げるように離脱した。それでも、昼休みには時間をつくれと約束づけられたが。
ダンジョン攻略の報告後から、学校全体は慌ただしかった。事務はひっきりなしにかかる、ソロ攻略を果たした候補生についての問い合わせの電話に追われ、職員は校内に押し掛けたダンジョン関係者や地元マスメディアの対応に泡を吹いていた。生徒たちは生徒たちで、未来のプロダンジョン探索者とお近づきになろうとキクマルの教室に押し寄せるしまつで、結局、学長の判断で授業は午前中で中止となり、キクマルは目の色を変える生徒たちから身を隠しながら、自宅に転がりこんだ。
「……あ、キックン、おかえり」
携帯片手にどこか白くなっている妹が、リビングのソファに横になりながらキクマルを出迎えた。
「ただいま。どうした妹よ、随分とやつれているが」
「……ちょっと友達からキックンのこと聞かれちゃって、通話が終わっても次の着信がかかってきて……」
「あー、そりゃ、スマンな」
「別にキックンの所為じゃないけどさー、今は落ち着いてるけど家の電話もすごかったんだよ。お母さんはその対応してるし、お父さんも休みなのに会社に呼び出されちゃって」
覚悟はしていたが、ここまで影響があるとはと、ゲンナリするキクマル。これからのダンジョン攻略の予定を見直した方がいいかもしれない。
「あら、キックン帰ってたの。ゴメンナサイね、お昼まだできてないの。出前でもとろうかと思うんだけど」
「あー、オレはいいや、朝からいろいろありすぎてさ。昨日の疲れもとれてないし、ちょっと部屋で寝てくる」
母に手を振って、自室に帰り、ベットに倒れ込む。ズボンのポケットが震えていたのでとりだすと、クラスメイトからだ。おそらく逃げ出したことでお冠だろう。電源を切って放り出す。
松尾キクマルは冒険者候補生、つまり学生だ。どうしても在学中の行動の幅は狭くなってしまうから、まずは、日本にある73のダンジョンをソロで攻略するつもりだ。学生時代に十分に名を売り、卒業と同時に世界に出る。そのうちに自分の名前は世界的なダンジョン冒険者として認められるだろう。そう、キクマルは思っている。
そのためにはさらなる研鑽が必要だ。そのためにも眠り、夢を見よう。明日は日曜日だから、いつもより長く夢を見られるだろう。
次第に規則的な寝息が聞こえてきた。1階では、電話の呼び出し音と玄関の呼び鈴が再び鳴りはじめたが、すでにキクマルの耳には届かなかった。