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最終回です。

ここまでお付き合いくださった方々へ、感謝の意をこめて・・

ありがとうございます。


番外編、続編、いろいろ書きたいと思ってます。がんばります。


本音を言えば、彼からの返事は期待してなかった。

ただ、あたしがチョコレートを贈りたかっただけで、心を占める彼の存在の大きさはちゃんとわかってはいたけれど、その時(・・・)まではあたし自身、確信が持てなかったから・・・


これが『恋』、だなんて。



チロルチョコ入りカプセルを彼の元へ送り出した後、猛烈に後悔した。今更、今頃、何を考えてこんな物を入れてきたんだと彼は怒るんじゃないかと思って。

会えないと彼を拒絶して遠ざけておきながら、今になってチョコレート。ふざけるにしてもたちが悪すぎるし、これが逆の立場なら、フタも開けずにゴミ箱に叩き込むかもしれない。・・・多分できないだろうケド。


あたしバカ!なんてバカ!と、悔やむ気持ちをどうにもできなくて、ベッドから掛け布団と毛布を苛立ちに任せて引き摺り下ろし、ばふっばふっと殴って八つ当たりした。


「どうしよ・・」


丸めた布団を抱きしめ、顔をうずめて呟く。モヤモヤに押し潰されそうで苦しい。

目頭が熱くなってきて視界がゆれる。すんッと鼻を啜ると弾みで一粒、眦を伝うものがあった。

去年からあたし、泣いてばっかりだな。


カツン・・


自分の嗚咽しか聞こえない部屋に微かに響く、カプセルがクローゼットに当たる鈍い音。

空耳なんじゃないかと思った。後ろ向きな気持ちで勝手に想像した彼はとても怒っていて、返事なんか絶対に返してくれそうになかったから。


四つん這いのまま、こわごわ近寄る。ちょっぴり端っこが覗いているカプセルにゆっくりと手を伸ばすと、もう2,3センチで指先が届く辺りで、ココンと音をたて、カプセルのほうから手の中へと寄ってきた。

拾い上げればその向こうにもカプセル。見つめている間にもカツンコツンとぶつかり合い、カプセルは数を増やしてゆく。

呆然としていたけれどハッと我に返り、手の中の一つ目を開けた。


【メアドを教えて欲しい】


前にも見た覚えのある文面。あの時は考えさせて欲しいと、遠まわしに断ってしまった。

なのにまた・・・?


膝の上に紙片を置き、二つ目のカプセルに手を伸ばす。


【終わらせたくないんだ】


飛び込んできた文字の羅列に目を見開く。クゥとノドの奥が変な音をたて、鼻の付け根がジンと痛んできた。

小さな手紙を持つ手が震える。目に映る全ての物が歪んでしまい、よく見えない。


彼は今でもあたしとの事を考えてくれていたんだ。

どんどん満たされてゆく心のままに、次々とカプセルのフタを開けた。


【ケー番でもいい】


【あなたが好きだ】


え・・・好き?


初めて目にした直接的な言葉に、一瞬時が止まる。パチパチと瞬き、見間違いでないことを確かめた。

夢じゃないと確信すると、今度はギューッと胸が締め付けられる。ハッキリとした告白が嬉しすぎて、なんだか今にも死んじゃいそう・・っ。


【好きだ】


好き。・・・・・・うん。あたしもきっと、ずっと好きだったのかもしれない。


【好きだ】


【好きだ】


【好きだ】


【会いたい】


【好きだ】


シンプルな言葉の繰り返しなのに、彼がどれだけあたしを想ってくれてるのかがわかる。

届いた10個のカプセル全部を読んだあたしは、あたしもあなたが好きですと返事を送りたくて、メモを取ろうと立ち上がろうと床に手をついた時、もうひとつ、あたしがチョコを入れて転がす時に使ったカプセルが戻ってきた。


他のとは少し遅れて返ってきたカプセル。「冗談でした」なんて書かれていたらどうしようと不安になるのは、今がとても幸せな気持ちだからだ。


おそるおそる11個目を開けて、その面に目を通したあたしは、一気にこみ上げてきた溢れるほどの暖かい想いに我慢することを放棄し、子供みたいに大泣きしながらメモ用紙にメールアドレスを書いて送った。


【左手薬指のサイズは?】


ちゃんと隅に「9号」と書くことも忘れずに。







「久しぶり」


出勤途中の揺れる電車の車内で、聞き覚えのある男性の声に顔を上げ、あ、と目を見開く。

元・カレ。以前と同じ様にカジュアルな私服姿のカレがすぐ間近で見下ろしていた。

全然会わなかったから思いっきり忘れてたけど、そうよ、あたしがカレを好きになったのは、車内で本を読む横顔がカッコよかったからだった。


新年度に代わって早ひと月。今年のG・Wは長期連休じゃなかったのは残念だけど、でも代わりにスケジュールが充実していて、明後日からがとても楽しみ!・・・・・・って言う時に、なんで会っちゃったかな。


「元気だった?」


「うん。まあ・・」


言い淀んだあたしにカレは苦笑した。

何の(わだかま)りもないみたいな態度で話しかけられても困る。手の中にある携帯に目を落としたり親指の腹で擦ってみてりして、どうにか気を紛らせようと試みたりした。


「えと、どうしたの?これから出社でしょ?」


私服姿のカレを疑問に思うけれど、この時間に電車なら通勤だろうと考え、とりあえず無難なことを訊いてみる。すると今度はカレのほうが言葉を濁した。


「あー・・俺、院に進んだから。まだ学生なんだ」


大学院?え、でも、だって・・・


困惑と言いたい事が全部表情に出ていたらしく、あたしが訊く前にカレは話し出した。


「結婚はしてない。あのときの彼女、妊娠してなかったんだ。だから結婚もしてなきゃ、彼女の父親の会社への就職もなし」


まともに就活もしてなかったからマジ参ったよ。と、カレは当時を思い出したのか、ハァ~と深いため息をこぼした。


電車が駅に着き、反対側のドアが開く。一旦会話が途切れ、ちょっとホッとしたところで乗り込んできた乗客に押され、ふらついたあたしを、カレが素早く支えてくれた。


「ま、俺のことはいいんだ。・・・逸美はあれからどうしてた?あの頃の俺、今思うとスッゲーやなヤツだったから」


気になってたというカレの言葉に嘘はなさそう。付き合い始めた頃も確かこんな風にあたしを気遣ってくれたりとかしてた。・・・僅かな期間だったけどね。


あたしは最近常に彼と繋がっている携帯に視線を移し、恋人に勇気を分けてもらったつもりでしっかりと顔を上げ、カレとまっすぐに向き合った。


「あたしは・・うん。毎日かわらないよ。ずっと元気。確かにあの時はすごく傷ついたけど・・・」


でも()がいてくれたから。彼との不思議な出会い(?)のおかげで、失恋の痛みが半減したんだと思う。

奇跡みたいな巡り会わせ。彼を想う度にとても幸せ。


バレンタイン後すぐの土曜日、彼、洋祐さんはあたしの住む町まで駆けつけて来てくれて、お互いにまだ顔を知らないからと、あたしの指定した喫茶店の指定した角の席で待ち合わせをした。

ドキドキした。待ってる間ずっと、どこもおかしくないかと自分の格好ばかりが気なったっけ。

初めて見る彼は想像を超えるカッコよさで、すっごくステキな人。あたしじゃ不釣合いなのでは・・と心配になったけど、向かいに座った彼は自己紹介がすんだ途端、あたしの手を取り「結婚して欲しい」とプロポーズしてくれた。

驚きと感動で声も出ないあたしをつれ、彼はそのままジュエリーショップへ。


現在(いま)、あたしの左手薬指にはお父さんとお母さんがビックリするくらいの大きなダイヤモンドの指輪が輝いている。


あたしは知らず左手の薬指に触れていたらしい。ソレの存在に気がついたカレは一瞬目を見張ったが、すぐに笑顔に戻り「おめでとう」と言った。


「結婚するんだ?」


「うん。まだ少し先だけどね」


彼が転勤から戻ってきてからだろうから、ハッキリいつとはわからない。でも、


「明後日、ウチに挨拶に来てくれるの」


仕事が忙しいらしく休日も返上になりがちだと言っていた彼が、意地と根性でもぎ取ったと、電話口で冗談めかして話してたのを思い出す。重要書類をシュレッダーの上で振って、上司を説得したと笑ってた。


車内アナウンスが駅に到着したことを告げている。カレの降車駅だ。


「よかったな。幸せそうでホッとしたよ」


そう言い残すと、降車するほかの乗客たちと一緒にカレは降りて行った。

車窓越しに手を振り合って別れ、姿が見えなくなるとあたしは大きく息を吐き出した。


緊張した。はじめこそちょっと嫌な気分だったけど、カレがあたしに対して悪かったと反省してる事がわかってよかったと思う。きっとカレもそれなりに悩んだり苦しんだりしたんだろう。・・・そもそも浮気したのが悪いんだけどね。


最後まで引っ掛かっていた小さな澱がスッキリ解消されたみたいで気分がいい。あたしは窓の外を流れる景色を眺めながらも、もうすぐ会える彼を想い、ほのかに笑みを浮かべていた。


明後日、お父さんたちへの挨拶が済んだら、彼をあたしの部屋へ招待しよう。

どうしても彼に見てもらいたい。「ほら、ここ」って教えたいの。




あたしの恋はこんな隙間の奥、クローゼットの後ろからやって来たんだ、って。




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