第21話 王都の敏腕商人さんが来ましたが、スカウトを笑顔でお断りしました
穏やかな昼下がりの陽だまりの中、裏山の大樹から「お庭、異常なしだにゃー!」と元気な声が降ってきた。
見上げると、猫耳格闘家のニアちゃんが、木の枝から枝へと軽快に飛び移りながら手を振っている。
あの日以来、ニアちゃんは裏山の大樹の上に器用にツリーハウスを建て、我が家の敷地外パトロール担当――名付けて「番猫ちゃん」として定着していた。
『……ふん、落ち着きのない野良猫め。鳥が逃げてしまうではないか』
縁側で丸くなっていた手のひらサイズの白モフ――古代神獣フェンリシアことポチが、片目を細めて鼻を鳴らす。
すると、木の上のニアちゃんが素早く反応し、「なんだと白毛玉! あたいのほうが優秀な見張り番にゃ!」と八重歯を剥き出して威嚇した。
すっかり我が家の番犬(神獣)と番猫の微笑ましいライバル関係である。
そんな賑やかな庭の真ん中で、私とミーシャちゃんは満開のお花畑の中に座り込んでいた。
ミーシャちゃんが大切に育てた日だまり草と、薄紫色の野草。その花茎を一本ずつ丁寧に編み合わせながら、ミーシャちゃんが私の頭の上にそっと花冠を乗せてくれた。
「お姉ちゃん、できました! 黄金色のお花が、お姉ちゃんの綺麗な金髪にすごく似合っています」
ミーシャちゃんが紫色の瞳をキラキラと輝かせ、嬉しそうにはにかむ。
……胸が苦しい。あまりの尊さに心臓が止まりそうだ。
「まあ! ミーシャちゃん、編み目が均等ですっごく丁寧! お花への愛情がたっぷり詰まっていて世界一素敵な花冠だわ! 息をしてお花を編んでいるだけで百兆点満点の大天才よ!」
「えへへ……お姉ちゃんに喜んでもらえて、すっごく幸せです」
ミーシャちゃんが私の膝の上にコテンと頭を預けてくる。
天使だ。我が妹ながら、どこを切り取っても奇跡の結晶である。
そこへ、白いエプロン姿のキリカちゃんが銀のトレイを掲げて優雅に歩み寄ってきた。
「我が主、お姉様。摘みたてのフレッシュカモミールティーをお持ちいたしました」
「キリカちゃん、ありがとう! 注ぎ方もエレガントで百点満点よ!」
「はっ、光栄にございます!」
まさに絵に描いたような楽園。世界で一番温かで幸せなスローライフ――そう心から満ち足りた吐息をついた、その時だった。
ガラガラガラ……と、森の小道を重厚な馬車が近づいてくる音が響いた。
「あら? お客様かしら?」
庭の入口で止まったのは、金色の装飾が施された豪奢な屋根付き馬車だった。
御者が恭しく扉を開けると、中から優雅に降り立ってきたのは――一人の目も眩むような美女だった。
深紅のシルクドレスに身を包み、つばの広い帽子には優美な白鳥の羽飾りが揺れている。
豊かな波打つ栗色の髪に、意志の強そうな琥珀色の瞳。胸元には大粒のエメラルドのペンダント。
全身から「できる女」のオーラと、洗練された富の香りを漂わせた女性だ。
その美女は、我が家の庭に咲き誇るお花畑と――そこで花冠をかぶり、互いに微笑み合っている私とミーシャちゃんを見た瞬間。
――ビシィィィッッ!!
まるで雷に打たれたように、その場で完全に硬直した。
「な……な、何という……何という光景ですの……!?」
美女は扇子を口元に当て、信じられないものを見る目で私たちを凝視した。
「聖母のような慈愛と美貌をたたえた金髪碧眼のお姉様と……息を呑むほど可憐で、守ってあげたくなる銀髪紫眼の天使のような妹君……! さらに、咲き誇る黄金の花々と、寄り添う漆黒の美少女メイドに愛らしい白獣……! 溢れ出る圧倒的な癒やしのオーラ……! 美の神が地上に降臨されたとしか思えませんわ……!」
美女の瞳が、獲物を見つけた狩人のようにギラリと熱く輝いた。
そして扇子をバチンと閉じ、ドレスの裾を翻して猛烈な勢いで庭へと突撃してきたのだ。
「見つけましたわ! あたくしの直感に狂いはありませんでした! 初めまして、可憐な姉妹のお二人! あたくしはルミナリア王都にて商業ギルドを取り仕切る商人、マルティナと申します!」
「マルティナさん……? 王都の商人さんが、こんな最果ての村に何の用かしら?」
私が首を傾げると、マルティナさんは瞳を輝かせ、情熱的に身を乗り出してきた。
「決まっておりますわ! スカウトです! あたくし、最果ての地に素晴らしいハーブの噂を聞きつけて買い付けに来たのですが……ハーブどころの話ではありません! お二人ですわ! お二人をルミナリア王都で、空前絶後の『奇跡の姉妹ユニット』として大々的にデビューさせたいのです!」
「……姉妹ユニット?」
ミーシャちゃんが目を丸くする。
「ええ! 王都の大劇場での華やかなステージ! 王宮御用達の最高級ブティックの看板モデル! お二人の歌声と笑顔は王都中の民を熱狂させ、天文学的な巨万の富と名声が手に入りますわ! 貧相な田舎暮らしなど捨て去り、王都の頂点で輝かしいスポットライトを浴びるべきです!」
立て板に水のごとく、身振り手振りを交えて熱弁を振るうマルティナさん。
なるほど、王都で芸能人やアイドルとしてプロデュースしたいのね。
前世のテレビでよく見た敏腕敏腕プロデューサーそのものだわ。
だが――。
私の隣で、ミーシャちゃんが小首を傾げ、なんの迷いもない澄み渡る声で静かに口を開いた。
「あの……マルティナさん。私、お姉ちゃんとここで一緒にいられれば、お金も有名もいりません」
「……はえ?」
マルティナさんがぽかんと口を開けた。
ミーシャちゃんは私の服の裾をギュッと握りしめ、ふわりと温かく微笑んだ。
「私にとって一番幸せなのは、お姉ちゃんの手料理を食べて、お庭でお花を育てて、縁側でお話しすることなんです。王都の大舞台なんて、全然興味ありません」
純度百パーセントの、迷いなき妹愛。
その言葉に、私の胸は尊さのあまり粉々に打ち砕かれそうになった。
天使! うちの妹ちゃんはどこまで無垢で尊いのかしら……!
私は立ち上がり、マルティナさんの手を取って満面の笑みを浮かべた。
「マルティナさん、うちのミーシャちゃんの可愛さに気づくなんて、本当にお目が高いわ! その審美眼だけで百億点満点よ!」
「あ、ありがとうございます……! では、契約を――」
「でもね、絶対にダメです!」
「へ……?」
私は笑顔のまま、首を横に振った。
「だって、うちの可愛い可愛いミーシャちゃんの笑顔は、私だけのものですもの! 王都の見ず知らずの人たちにうちの天使を見せびらかすなんて、絶対に嫌ですわ!」
「お、お姉様ぁぁぁーーーっ!?」
マルティナさんは扇子を取り落とし、ガクンと地面に膝をついた。
「巨万の富も……王都の喝采も……一切通用しないなんて……! あたくしの商人人生で、こんなこと初めてですわ……!」
がっくりと肩を落とし、魂が口から抜け出しかけているマルティナさん。
私はケラケラと笑いながら、優しく手を差し伸べた。
「ふふ、遠く王都から馬車で揺られて疲れたでしょう? ちょうどお茶とお菓子の時間なの。縁側で一息ついていかない?」
「え……? お、お菓子……?」
敏腕商人マルティナさんは呆然としたまま、私の差し伸べた手を見つめたのだった。
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