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アイン  作者: さき
7/10

第七話 通過点

「……っ!」


焔花の瞳が揺れる。


文蔵は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに静けさを取り戻した。


「……そうか」


低く、落ち着いた声。


「君は、アインの生き残りなんだね」


「……えぇ」


焔花はわずかに視線を逸らす。


「……驚かないんですね」


「言ったろう?」


文蔵は小さく息を吐く。


「確信だと」


焔花は、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。


「……あんただけですよ」


自嘲気味に呟く。


「アインは正体を隠して生きてる。その正体を暴いた人間なんて……歴史に載りますよ」


「そうか」


文蔵は肩をすくめる。


「こんな老いぼれでも、本に載る夢が叶いそうだな」


「……ふふ」


小さく笑う焔花。


だが、その表情はすぐに消えた。


「……全部、話します」


ゆっくりと顔を上げる。


「私のことを」


その瞳に、覚悟が宿る。



焔花は語った。


白炎によって家族を失ったこと。

日記を探していること。

そして——


「……だから私は、犯人を殺す」


拳を強く握る。


「復讐するんです」


沈黙。


焔花は、わずかに笑った。


「……驚きました?」


目を細める。


「人を守ってきた“アイン”が、復讐なんて考えてる」


視線が、どこか遠くへ向く。


「私は父や母みたいな優しい人じゃない」


ゆっくりと、言い切る。


「むしろね……この国を、恨んでる」


空気が重く沈む。


「言ったでしょう?」


唇を歪める。


「私は、そんなもんじゃないって」


目を伏せる。


「ただの、人を殺す逆炎者になろうとしてる」


小さく、吐き出すように。


「……私は、アインの汚点です」


文蔵は、何も言わずに聞いていた。


ただ静かに、受け止めるように。



焔花はポケットから目薬を取り出す。


目薬を持ちながら、ぽつりと呟く。


「この目薬だってね……本当は必要ないんです」


視線を落とす。


「私は“最強の炎”を持った“最弱”」


わずかに、自嘲するように笑う。


「一族で唯一、この力をうまく扱えなかった」


目元に触れる。


「この目にするのも、苦労したんです」


まばたきを一つ。


「ようやく慣れたと思ったら……今度は乾いて、痛くなる」


ぎゅっと握る。


「……手放せないんですよ、これ」


少しだけ、声が弱くなる。


「十年」


ぽつりと落ちる。


「そのうち七年は……ただ強くなるために過ごしてきた」


顔を上げる。


「三年前、やっと他のアインくらい肩を並べられる程になって……ここに来たんです」


静かに言い切る。


「あんただって、復讐に至るまでの通過点に過ぎなかった」


一歩、引く。


「……これで全部です」


文蔵を見る。


「どうします?」


わずかに挑発するように。


「警察?炎衛軍?政府?それとも——SNSでばらしますか?」



「一つ、聞いてないことがある」


静かな声だった。


「……なんです?」


「僕を助けた理由だ」


まっすぐに見つめる。


「ただの通過点の人間を、何故助けた?」


沈黙。


長い、沈黙。


焔花は視線を逸らす。


そして——


「……もう答えましたよ」


小さく呟く。


「さっきね」


目を伏せたまま。


「あんたを見てたら……離れられなくなってた」


苦く笑う。


「長年、人に触れてなかったせいかな」


息を吐く。


「通過点のはずが……それ以上になってた」



文蔵は、わずかに目を細めた。


「僕は、君を優しいと言った」


穏やかな声。


「それは本当だ」


焔花の肩が、ぴくりと揺れる。


「本を嫌ってるはずの君が、本を丁寧に扱う姿」


「子どもにだけ見せる、その顔」


「この店を、いつも綺麗にしていること」


一つ一つ、言葉を重ねる。


「焔花」


静かに呼ぶ。


「君は“なれない”んじゃない」


少しだけ、優しく。


「もうなっているんだ」


焔花の目が見開かれる。


「アインの血ではなく」


ゆっくりと。


「家族の血を、ちゃんと受け継いでいる」


「……っ」


息を呑む音。


そんな風に、考えたことはなかった。



「言っておくが」


文蔵は軽く肩をすくめる。


「君のことを誰かに話すつもりはない」


「……」


「復讐も、止める気はない」


少しだけ笑う。


「これからもここで情報を集めるといい。僕も協力する」


「……なんで」


思わず、声が漏れる。


「失望したでしょ?」


震える声。


「あんたを騙してたのに……なんで」


「失望?」


文蔵は、くすりと笑った。


「逆だよ」


優しく言う。


「人を救う存在だと思っていた。僕たちとは違う、遠い存在だとね。そんなアインが復讐を望む」


少しだけ目を細める。


「それが分かって、安心した」


「……え?」


「人を憎んだり、恨んだり……そういう汚い部分も、ちゃんと持っている」


柔らかく、言い切る。


「僕らと変わらないじゃないか」




「……文蔵さん」


焔花は小さく笑う。


「変わってるね、あんた」


少しだけ、肩の力が抜ける。


「そんなこと言う人、初めて」


「焔花」


文蔵も微笑む。


「僕を通過点にしたのは、正しかったよ」


(あぁ……本当に、この人は)


焔花は目を細める。


「……自意識過剰ですよ」


ふっと笑う。


その瞬間——


二人は、初めて同時に笑った。



「焔花」


少し真面目な声。


「人を頼りなさい」


一歩、近づく。


「今は僕だけでいい」


静かに、しかし力強く。


「白炎のことも調べる。だから——」


まっすぐに見る。


「僕の前では、素直でいなさい」


「……」


焔花は視線を落とす。


「……人を避けてきたのは」


ぽつりと。


「大切な人を作りたくなかったからです」


拳を握る。


「失うのが、怖いから」


一呼吸。


「だからこれからも、誰とも関わるつもりはない」


顔を上げる。


「一匹狼でいます」


少しだけ、間を置いて——


「……でも」


小さく息を吐く。


「あんた……文蔵さんだけは」


視線が柔らぐ。


「不覚にも、“大切な人”の枠に入ってしまった」


目を逸らす。


「とっくにそんな枠は捨てたと思ってたのに」


「だから」


強く言う。


「私が復讐を果たして、死ぬまで」


一歩、踏み出す。


「あなたは、絶対に死なせない」


まっすぐに見つめる。


「あなたの前だけは——守炎者でいるって、約束します」



文蔵は、静かに頷いた。


「そうか」


穏やかな笑み。


「言っとくが、僕もその枠に焔花は入っているよ」


「約束しよう」


目を細める。


「君の目的が果たされるまで、僕はいなくならない」


そして——


「死なないことをね」


「……ほんっと変わった人ですね」


焔花は困り顔で笑った。



「さぁ、より仲が深まったところで、今日はもう帰りなさい」


「焔花、本当に今日はありがとう」


「いえ、気にしないで下さい」


少しだけ口元を緩める。


「まだ通過点の役目、果たしてもらってませんから」


冗談めかして言う。


「そうだな」


文蔵は、穏やかに笑った。



家に帰ると——


焔花は、静かに息を吐いた。


靴を脱ぎ、そのまま部屋へ入る。


今日の出来事が、頭の中で何度も繰り返されていた。


(……どうして)


ベッドに腰を下ろす。


自分が、なぜ正体を明かしたのか。


言い逃れることだって、できたはずだ。


なのに——


(……本当は)


目を伏せる。


(誰かに、話したかったのかもしれない)


家族が死んでから、初めてだった。


こんなにも——


感情が動いたのは。


胸に手を当てる。


静かに、息を吐く。


(でも……)


ゆっくりと、目を開ける。


後悔は——なかった。


それどころか。


(……よかった)


そう思っている自分がいる。


焔花は、首元のネックレスを握りしめた。


きゅっと、力を込める。


「……これで、よかったんだよね」


小さく呟く。


そして——


「みんな」



次の日。


焔花は、考え事をしながら歩いていた。


けれど——


その足取りは、どこか軽い。


昨日よりも、少しだけ。



カランッ


「おはようございます」


「おはよう」


文蔵は、いつも通りだった。


何も変わらない。


本当に、何も。


まるで昨日のことが嘘みたいに——


いつも通り、仕事をする。


客の対応をして、本を並べて、掃除をする。


静かな時間が流れる。


(……変わらない)


それが、少しだけ不思議で——


そして、どこか安心した。



昼頃になって、ようやく。


“昨日とは違うこと”が起きた。


「焔花」


文蔵が、本を閉じる。


「白炎のことだが——」


少しだけ、表情が引き締まる。


「僕は聞いたことも、見たこともない」


「……そうですか」


焔花も、自然と声を落とす。


「何十年と本を読んできたが、あの炎について書かれているものはなかった」


静かな店内に、その声だけが響く。


「だが——」


文蔵は続ける。


「アインについて記された本は、確かに存在している」


焔花の視線が上がる。


「僕も一度見たことがあるからね」


「だから、白炎についての記録があってもおかしくない」


「……」


「いつ生まれた炎なのかは分からない。だが——」


一瞬、言葉を切る。


「誰にも知られていない、というのは不自然だ」


空気が、わずかに張り詰める。


「誰かは、見ているはずだ」


「アインが突然青い炎を出したように」


低く、言う。


「だがそれが残っていないとすれば——」


焔花の喉が、わずかに鳴る。


「……見た者が、伝える前に死んだか」


一拍。


「あるいは——」


ほんのわずかに、視線を落とす。


「白炎を使う者に、消されたか」



(……っ)


焔花の胸が、ざわつく。


(確かに……)


文蔵の言う通りだった。


「あのアインを殺した存在だ」


文蔵はコーヒーを一口飲み

静かに続ける。


「ただの相手じゃない」


文蔵が焔花を見つめる



店内に、沈黙が落ちる。


本の匂いと、静寂。


その中に——


いつもの時雨堂に、不穏な気配が混じっていた。

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