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一章『赤の島』-4

 赤の島。


 島内面積のほとんどが砂漠で占められており、島内の住民たちは魚を捕って暮らしているようだ。


 ランタン諸島最初の島ということもあり、沿岸部を訪れる人は多い。


 しかし、砂漠地帯に関してはそうもいかない。照り付ける日差しを遮るものはなく、危険な獣や、『魔物』と呼ばれる化け物も跋扈する。


 始終、太陽によって照らされた砂は熱を持ち、遠くから覗くとほんのりと赤みを帯びて見える。


 そうしてつけられた名前が、誰が呼んだか『赤の島』。秘宝の眠る、始まりの島である。


「って、聞いてたんだがなぁ」


 先を歩くアキレアが、不満気に頭を掻いた。


 船を停めた僕たちは、『赤の島』沿岸部の港を歩いていた。遠くから見ていてもわかったが、島の中は酷く日差しが強い。


 けれど、港を出てすぐの広場には店が並び、島を訪れた船乗りたちによって、活気に満ちている――はず、だったのだが。


「……全然、人、いませんね」


 最後尾に立つモネが、ぽつりと呟いた。


 煉瓦のようなものを積み重ねて作られた、風通しの良さそうな建物は皆、扉を閉め切り、港を歩くのは僅かばかりの漁師たちくらいだ。


「……これじゃあ、"遺物"の情報を探すのもひと苦労だろ」


 僕は周囲を見渡しながら、そう呟いた。

 途端、前を歩いていたアキレアが振り返り、僕の頬をつねり上げた。


「ああ、そうだな。お前は今から保安官行きだから、関係ないけどな!」

「いててててて! ふぉうりょふ(暴力)はやへろ、わはっははら!」

「アキレア、そこまでにしてやれ。後から訴えられてもかなわん」


 エーデルが呆れたように仲裁に入ったところで、僕の頬はようやく解放された。じんじんと、日焼けとは違う痛みが、顔に熱を感じさせた。 


 僕は、頰を擦りながら考える。

 人の消えた港町――祖父の絵本でも、それは描かれていた。


 だから、僕はその原因を知っている。さて、後はそれを彼女らに、どう伝えたものだろうか。


 絵本の内容を知っている、つまりそれは、この世界の未来を知っているようなもの。それは大きなアドバンテージであるはずなのだが、中々、活かす方法が思いつかなかった。


「ほら、そろそろ着くぞ。たぶん、あそこの建物が保安官の詰め所だろう」


 エーデルが前方を指差す。そこには、なるほど、現代日本の交番に近いような形の、小さな小屋が建っていた。


「おっ、いよいよか。おい、カナタ。短い付き合いになったもんだな……」


 先頭を行くアキレアが、そんなことを呟きながら中を覗き込み、そして、首を傾げた。


「……? アキレア、どうしたのだ?」

「いや、姫様。それが、保安官も留守にしてるみてえだ」


 詰め所の中には、人っ子ひとりいなかった。


 しかし、ひどく荒らされている。棚はひっくり返され、机の天板は割られている。


 中の様子を確認したエーデルが、眉をひそめる。


「……おかしいな」彼女は割れた机に手を伸ばしつつ。「保安官の詰め所に強盗でも入ったかのようだ」

「へえ、まあ、確かに。この島で、何か起こったってことなのかね――」


 アキレアがそんな風に、呑気な言葉を漏らした、その瞬間だった。


「……あ、危ない!」


 不意に、モネの悲鳴が響き渡る。


 その一瞬後に、鈍い音。物陰から飛び出してきた何者かの一撃を、アキレアが受け止めたのだ。


「う、おっと! なんだよ、こいつら」


 それを合図と言わんばかりに、外からも足音が聞こえる。人数にして二十人弱ほどの男たちが、ぞろぞろと街のあちこちから姿を現したのだ。


 彼らは皆、一様に武器を手にしていた。手入れがされていない、刃こぼれした剣。棍棒。木を削り出して作った、槍のような長物。


「――野盗か!」


 エーデルは冷たく口にすると、腰に帯びていた剣を抜き放った。柄に紫色の宝石が嵌った、両刃の剣だ。


「そうみたい、だな!」アキレアは、奇襲してきた野盗の顔面に拳を叩き込む。「よっと、こいつら一体、どこから出てきやがったんだ」

「わからん、が、話が通じそうな相手には見えんな」


 と、そこでエーデルが、僕の方を振り向いた。そして、鋭さの消えない口調のまま続ける。


「カナタ、一応聞くが、腕に覚えは?」

「……ない、戦ったことなんて、喧嘩すらも」

「そうか、なら、しばらく隠れていろ。巻き込まれてしまったら、お前ごと斬らなければいけなくなる」


 言われるまでもない、と僕は倒れた店の陰に飛び込んだ。


 それと同時に、乱戦が始まる。交わされる刃、振り回す豪腕、そして、弾ける火の玉。


 その全てが、僕が絵本の中で見たものと相違なかった。


「甘いな、素人同然か」

 流麗な、エーデルの剣。


「そりゃあ、俺たちが相手じゃな」

 一振りで人間が宙を舞う、アキレアの豪腕。


「お二人共、喋ってる余裕は……」

 そして何よりも、現実離れした、モネの魔法。杖の先に集められた赤い光は、ほんのひと時留まったかと思うと、紅蓮の火球と化して、最後の一人を吹き飛ばした。


 三人が野党を片付けるのにかかった時間は、体感で二分ほどだっただろうか。アキレアは最後の一人の首元を掴み上げると、そのまま肩より高く持ち上げる。


「おう、お前で最後みてえだな。どうする、俺たちを狙った理由、素直に話すんなら離してやるぜ」

「かっ……はあ、っ……」


 野盗の男は切羽詰まったように頷くと、すぐにアキレアは手を離した。ドサッと地面に落ちた彼は、しばらく、荒くなった息を整える。


 そして、僕たちの方を弱々しく睨みつけると、どこか恨みがましげに、ぽつりと呟くのだった。


「……仕方、なかったんだ。こうしなきゃ、俺たちも飢えて死ぬところだったんだから」

「飢えて死ぬ? どういうことだ」


 エーデルが剣を突きつける、そうすると、男は飛び退くように両手を上げた。


「ひっ、や、やめてくれ、話す、話すから! 今、この島は大変なことになっているんだよ!」


 そんなやり取りを眺めながら、僕はぼんやりと思い出す。


 絵本の中では、確か、この島は――。


「――砂漠の、悪魔。そいつのせいで、俺たちは」


 男は絞り出すように、そう口にしたのだった。

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