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日常  作者: 伊馬臥 光輝
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変わること、変わらないこと

「知らなければよかった・・・」

知らぬが仏という言葉をボクは知っている。

学校の授業では習わないがこの言葉が出てきた小説を読んだことがある。

意味が分からず辞書を引いた記憶がある。意味は知っていれば困ることでも知らなければ別にいいよねっていう身もふたも無い言葉。誰もが知らない単語に出会った時は調べて覚えている。今ボクが想うのは、この言葉を確りと身につけて、実践できていられたらどんなによかっただろう。


 2階建ての一軒屋の2階の南向き角部屋。白い壁紙の部屋、机とタンス、隅にはベッドが置いてある。シンプルながらに無駄がなく、それでいて必要なものは揃っている、実にいい部屋だとボクは思う。スタンドライトを点けて今日の宿題をカバンから取り出し机の上に敷く。いつもと同じ日常、変わらない毎日、決められた行動をすればいいだけ・・・だけれどその日はおかしかった、当たり前のことをすればいいのに・・・ボクは震えていた。


 やけに心臓の鼓動が早い、手足は冷たくなって感覚が鈍い。全身に冷や汗を掻いて、もうこのまま永遠の眠りに就くんじゃないかと思ってしまう。いや、そうなればどんなにいいか。もうずっと落ち着かない、誰かに首を絞められている感覚がある。着ている服がどんどん重くなっていく。ボクは・・・どうしてしまったのか・・・いや分かりきっている。自分の置かれた状況がおかしい事に気づいてしまっただけだ・・・

切欠は本当に些細なことで、そのときのボクはまさか、未来の自分をこんなにも苦しめるとは思ってもいなかったし、想像だにしていなかった。


「起立・礼・着席!」

掛け声とともに、その言葉に従う。いつもどうりだ。今日は日直でもないし、何の当番もない。ホームルームが終われば、友達と話をして、幼馴染と帰る。何の変哲もない分かりきったことだった。毎日を退屈に思いつつ、何か変わったことはないかなと考えながらも、友人達とくだらない話をして、でもこんな日常がいつまでも続けばいいなとも思う。贅沢者だった・・・

「ごめんね!待った?」

幼馴染は黒髪の長髪がよく似合う、かわいい女の子だと思う。同じ教室に成れなかった事は少々不満だったけれど、そんなことは些細なことだった。小さいことは男友達と変わらない感覚で接していて親友ってこんな感じかなって思っていた。しかし思春期の今はまったく違う感情を抱いていた。淡い恋心とでも言えばいいのか、他の男子と話しているところを見ると一丁前に嫉妬し、一緒にいると嬉しい、ちょっと体が触れ合うと赤面してしまう。これを恋と言わずしてなんと呼べばよかったのか。

「そんなことないよ。帰ろうか」

友人達に帰ると伝えつつ、一緒に教室を出て行った。会話の内容も代わり映えしない。今日どんなことをして、どう思ったのか。そんな繰り返しの放課後をボクは心から楽しんでいた。

「じゃあ、またね!」

「ああ、またね」

あの頃は勤めて冷静を装っていたつもりだったけれど、ボクは顔に出やすい。一緒に居れて嬉しいなんて、隠しきれてなんか居なかっただろう。


 別れて一人で帰る時間はあっという間だ。文字通り10分くらいしか歩かずに家に到着する。そんな短い距離で何かが起こるはずはないだろう。現にそれまでは何もなかった。今日も学校の授業つまんなかったな。宿題やんないとな。そんなことを考えながら自宅へ向かう。いつも通りだった・・・ふと目線を落とすと、道端に何かが落ちていた。道は綺麗に清掃されていて、ゴミどころか雑草も生えていないからこそ、余計に目を引いた。

「なんだこれ」

近づいて視て見ると冊子だった。お店で売っているようなブックカバーも付いていなければ、コピー用紙をホッチキスで留めているだけの簡単作りだった。そういえばこういうの、小学生の頃作ったな。そうそう遠足の冊子だ。そして、何も考えずに拾う。多少の好奇心はあっただろう、中身をちょっと見て、持ち主が分かれば渡せばいいし、分からなかったら、見なかったことにして元の場所に戻そう。そう思って冊子を開いた。・・・小説だな、それも日常系。他愛のないやり取りが綴られている・・・自室に戻って冊子を持ってきてしまったことに気が付いた。続きがつい気になって読みながら帰っていた。

 

 主人公は大会を目指して部活をがんばったけど、だめだった。そんな内容で、何時も読むような、頑張ったら報われる!なんだかんだで最後は勝つ!みたいな気持ちのいい話ではなかったけれど、だからこそ心が揺さぶられた。すごく身近に感じたからだ。主人公は自分に才能が無いのを自覚しつつ、ひたむきに努力を続ける。結局は他の選手が大会に行って自分の部活動は終わった。だけれど、そんな主人公を応援する周りの人たちには愛が溢れていた。厳しい事を言う顧問は、叱りつけながらに主人公の成長を影ながら喜ぶ。親は子供の体の心配をしつつ、静かに見守った。最も心打たれたのが、恋人である女の子で、大会にいけないと分かって泣き崩れる彼を優しく抱きしめて大会に行ける人だから好きになったんじゃないと、努力できる人だから好きになったんだ!って言っていて、いい彼女だなとちょっと羨ましい気持ちになった。


 それからも帰り道の残り十分、幼馴染と一緒に帰る放課後も今までワクワクして待っていたけれど、同じくらい例の冊子がまた落ちていないかと期待していた。そして、数日たって・・・あった。相変わらず簡素だ。タイトルもないし、誰が書いたかも分からない。多分、近所に小説家がいるんだと、それでうっかり落としたのかな?それとも誰かが読んでくれると期待して置いてあるのかな?前者だったら勝手に読まれて、すごく恥ずかしいだろう。後者だった時は、勇気を持って貴方の作品はとても面白かったです!と、伝えると心に思い描く。・・・愚かだった。


 冊子は数日置きに落ちていて、恋愛・友情・努力の何でもござれ。中には数学を究める話もあって、少しは絞った方がいいんじゃないかと、素人ながらに心配していた。なんてことのない、いつもの日常、冊子が落ちていることも当たり前になって、幼馴染とたわいない会話を終えて帰り道を歩く。違和感は感じていた。小説の話がなぜ、特にリアルに感じるのか・・・その日も冊子が端にあって、もう十分読んだから、やめておけばいいのに、何気なしにいつものように拾う。部屋に入って宿題をする準備をする。もちろんフリだけだ。これで親が来ても大丈夫。その上にさっき拾った冊子を開く。


・・・それはよく知っている話だった。書いた本人より詳しいだろう。

「ボクの話・・・?」

細部は少し違う気がするところもあるが、紛れも無い・・・自分の事が書いてある。変だ。数週間前に遡って自分や友人達の会話が書かれている。なんたって、主人公は小説が好きで、いつも新刊が出るのを楽しみにしている。そして、主人公が読んだ小説の数と引き出しの中に仕舞ってある冊子の数が一致している・・・誰にも言っていない感想も含めて・・・

「な”んなんだよっこれ!」

咄嗟に投げ捨てるが、視界からは消えてくれない・・・途中までしか読んでないが続きを見る勇気が湧かない・・・誰がこんな気持ち悪い事をするのか。


 あの後、すぐに布団に包まって横になっていた。監視されているのか?じゃあ今も?しかし、無常にも朝は来る。吐いたらどんなに楽だろう。冷や汗が止まらない。足に力が入らなくてふらふらする。登校の途中、幼馴染との待ち合わせ、怖い・・・これから話す内容もどこかで聞いているんじゃないか・・・握り締めた手を解いて何気なく挨拶する。

「おはよー」

「おはよう・・・」

「なんか、今日元気ないねー?」

「そんなことないよ、元気元気!・・・」


 授業中は生きた心地がしなかった。落ち着かない・・・誰だ?ボクを見ているのは。背後から見てるのか、天井?それとも正面?放課後までじっと、静かにしていた。そうして今日の学校が終わった・・・

「よかった・・・何もないじゃん・・・」

カバンの中に隠してあった冊子を読んでみる。何かの間違いだったんだ。ちょっと主人公と自分の行動に共通点があったからといって、それを自分のことだと思うなんて、自意識過剰にも程がある。

「おつかれーい!」

”元気いい挨拶だ。しかし、明るい笑顔とは裏腹に今日一日、元気がなかった友人の心配をしている”

ハッとなって前を見る。いつも放課後につるんでいるヤツだ。

「おつかれー・・・?」

「今日一日元気がないぞー!どうしたんだよー」

”「もしかして、幼馴染と喧嘩しちゃった?」”

「いやっしてない!」

「・・・?あれあれっもしかして、俺の考え読めちゃってるっー!ちょっ!やめて!!!いつも女子のことしか考えてないことがばれるッ!!!」

”友人を元気付けようと少し大げさに反応する。ちょっとやりすぎたかなと恥ずかしくなっている彼をクラスメイトは生暖かい眼で見ていた”

寒気がしてくる・・・書いてある、落ち込んでいる主人公を励ます場面は他人から見れば、ほのぼのとしているだろう。

嫌になって反射的に冊子を握りつぶして口走る。

「誰だよ!今も見ているんだろっ!」

全身から血の気が引く、眼の焦点が合わずにどさりっ、と自分の席に沈み込んだ。


 あれからどうやって自室に戻ったのか覚えていない。気がつけば頭から布団を被っていた。随分時間が経った気もするが、布団から出たくない。どこから視ているんだ・・・布団から出て正面に人が立っていたら・・・そう思うと枕も手繰り寄せて小さくなった。

電話が鳴る。誰だろうか。布団を被ったまま、恐々、電話に付いている液晶画面で確認する。幼馴染だ。

「はい・・・」

それから少し経って、話し声が聞こえてきた。

「大丈夫?学校に来ないし、電話にも出ないし、先生は体調不良だっていってるけど、何かあったの?」

心配してくれたのだろうか。周りに迷惑を掛けている自分が情けなくなる。

「・・・聞いて欲しいことがあるんだ」



「そうだったの。もう安心していいわよ!今は私が付いてる!」

頬が温かい、涙が流れている。一番欲しかった言葉だ。もうこれから孤独に生きていくんだと思っていた。誰かに狙われていたら知り合いにも危険が及ぶ。心を殺して一人で生きていくんだと、そうするしかないんだと決め付けていた。・・・だからこそ言わないといけない。

「ありがとう。でもボクはどこか違う町に行こうと思う。ここに居たら危ないと思うし、そっちに行くかも知れない。相手は変質者だ。何してくるか」意を決して言葉にした。生まれてからずっと住んできた、ここを離れるのは辛い。だけれど、自分の大切な人に何かあったら、本当にボクは壊れてしまう。二人に無言の時間が流れる。




「あなたがいないとダメなの・・・」

沈黙をやぶったのは幼馴染だった。そして、突然のその言葉に驚く。何度も頭の中で繰り返して反芻する。ボクのこと、想ってくれているのかなと期待してしまう・・・さっきまでこの世の終わりの中に身を潜めていた体に、暖かい血が巡り始めるのが分かった。

「一緒にいてほしいの・・・」

ずっと一緒にいよう!

なんて、町を出て行くと言ったのを忘れて、咄嗟に言いかける。嬉しいやら恥ずかしいやら何て言っていいか出てこない。

「ボクは・・・」





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