エピローグ
あなたは異世界に何を想う?
みんなは、異世界転生をしたことがあるだろうか。
もちろん、俺はない。
……そう言いたかった。
残念ながら、今の俺には異世界経験がある。
では、質問を変えよう。
異世界転生した先に、自分より前の転生者がいたことはあるだろうか。
しかも、その前任転生者が、現代知識チートも、発明も、英雄譚も、全部やり尽くした後の世界だったとしたら。
さすがに、これは俺くらいだろう。
嘘だと思うか?
なら、聞かせてやるよ。
ルークスの、いや、俺の人生を。
◇
俺は、生粋の「小説家になってやるぜ」の大ファンだった。
このサイトは、俺の人生を支えてくれた。
母さんにゲームを取り上げられたときも、受験勉強がうまくいかなかったときも。
好きな女の子に振られたときでさえ、俺の心を救ってくれたのは異世界転生小説だった。
現実の俺は、物語のような主人公ではなかった。
どこにでもいる、名前のない脇役みたいな人間だった。
夢も宛もなく、なんとなく大学に通い、なんとなく講義を受け、なんとなく毎日を過ごしていた。
誰かの一番でも、何かの中心でもない。
俺がいてもいなくても、世界は何ひとつ変わらない。
だからこそ、異世界転生小説の主人公たちに憧れた。
彼らは、いつだって世界に求められていた。
誰かに必要とされ、誰かに期待され、時には世界そのものに選ばれる。
俺も、そんなふうになってみたかった。
ただの脇役じゃなく、誰かにとっての主人公に。
だから、大学の講義中に読んでしまうのも仕方がない。
いや、もちろん講義は大事だ。大事なのは分かっている。
だが、講義中にこっそり読む小説には、普通に読む小説にはない背徳感という名のスパイスがある。
そのために俺は、毎朝の通学電車で「今日の講義中に読むべき最高の一本」を探すのが日課になっていた。
「最近は悪役貴族多いな〜」
思わず声が漏れた。
悪役貴族も嫌いではないむしろ好きだ。
だが、やはり俺は王道を行く異世界転生ものが好きだった。
異世界に転生し、現代知識で周囲を驚かせる。
子供の頃から特訓して、気づけば同世代最強。
魔力を鍛え、剣を振り、いつか世界を救う。
そういうベタで熱い展開こそが、俺の大好物なのだ。
皆さんもそう思うだろう。王道こそ至高なのだ。
反対意見は締め切っているので諦めてくれ。
「うん?、何だよこれ」
『異世界転生 〜昭和知識でも異世界で無双できますか?〜』
思わず笑ってしまった。
昭和知識で無双する。確かに気になる。
現代知識なら分かる。電気、農業、医学、火薬、製鉄、紙、印刷。
異世界転生ものではおなじみの無双セットだ。
だが、昭和知識か。いや、待て。
むしろ昭和なら昭和で強いのか?
俺は電車を降りたあとも、画面から目を離せなかった。
いつもなら駅を出た時点でスマホをしまう。
だが、その日は違った。
あまりにも魅力的なタイトルを見つけてしまったのだ。
俺は夢中になって、その作品を開こうとした。
その瞬間だった。
「危ない!」
誰かの悲鳴が、街の喧騒を裂いた。
顔を上げる。視界の先で、トラックが大きく蛇行していた。
歩道に乗り上げそうなほど暴れながら、横断歩道へ向かって突っ込んでいる。
横断歩道の真ん中には、小さな女の子がいた。
「あ、茜! いやああああ!」
母親らしき女性が叫ぶ。だが、間に合わない。
普段の俺なら、きっと足は動かなかった。
怖いし、死にたくない。誰かが助けるだろう。
そう思って、動けなかったはずだ。
でも、その時の俺は、異世界転生小説を開こうとしていた。
よくある、ベタすぎる展開。何度も何度も見てきた景色。
トラック。
横断歩道。
逃げ遅れた子供。
画面の中なら、俺はきっと笑っていた。
ああ、テンプレだな、と。
けれど今、それは画面越しの物語じゃなかった。
現実だった。
俺が憧れてきた主人公たちなら、きっと走る。
怖くても、間に合わなくても、誰かに求められたその瞬間に、きっと足を踏み出す。
俺も、一度くらいはそうなりたかった。
だからかもしれない。
身体が、勝手に動いた。
俺は走った。少女の元へ駆け寄り、その小さな身体を抱え上げる。
重い。怖い。間に合わないかもしれない。
それでも、俺は少女を思い切り前へ投げた。
少女は横断歩道の外へ転がり、地面に尻もちをつく。
間に合った。
「よかっ――」
そう思った次の瞬間、右側が白く光った。
顔を向けるよりも早く、全身に衝撃が走る。
身体が宙を舞った。音が消える。景色が回る。
手に持っていたスマホが、俺の手から離れていく。
地面に叩きつけられたとき、肺の中の空気が全部抜けた。
痛い。痛いはずなのに、もうどこが痛いのか分からない。
遠くで誰かが叫んでいる。少女の泣き声が聞こえる。
母親らしき女性が、何度も何度も「ありがとう」と叫んでいる。
俺のスマホは、すぐ近くに落ちていた。
液晶には大きなヒビが入っている。
それでも、画面の文字だけは見えた。
異世界転生
〜昭和知識でも異世界で無双できますか?〜
まったく、ふざけたタイトルだ。
でも、最後に見たのが俺の人生そのものとも言える異世界転生小説だったのは、なんというか、運命なのかもしれない。
視界がぼやけていく。
ああ。来世は、異世界で無双できますように。
死ぬ瞬間まで、俺はどうしても異世界への憧れをやめられそうになかった。
けれど、最後に浮かんだのは、チートでも魔法でもなかった。
母さん。父さん。親孝行できなくて、ごめんなさい。
来世があるなら、俺、もっと頑張るよ。
◇
身体が、ふわふわしていた。
まるで宇宙に浮かんでいるみたいだ。
痛みはない。苦しさもない。このまま眠ってしまいたいほど気持ちがいい。
だけど、誰かが声をかけている。
何だよ。俺は眠いのに。
声は次第に大きくなる。
どんどん近づいてくる。
分かったよ。
起きる。
起きるから。
そして俺は、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、綺麗な女性がいた。
その女性は、俺を抱きかかえていた。
は?
いや、おかしいだろ。
俺は確か、少女をかばってトラックに轢かれたはずだ。
病院なら分かる。医者や看護師に囲まれているなら分かる。
だが、目の前にあるのは見知らぬ天井。
古びた木の梁。石造りの壁。そして、天井から吊るされた小さな灯り。
……いや、待て。
あれは本当に灯りなのか?
豆電球に似ている。
けれど、ガラス玉の中で光っているのは、電熱線ではなかった。
淡く光る、小さな石のようなものだった。
そして、俺を覗き込む不安そうな女性。
第一、俺の身体は誰かに抱えられるほど小さくない。
身長は165cmぐらいだったのに。
そう思った瞬間、俺は自分の手を見た。
小さい。
いや、小さすぎる。
赤くて丸い。
指が短い。
そうだ、これはどう見ても赤子の手だった。
「――――」
女性が、俺に何かを言っている。
何を言っているのかは、まったく分からない。
だけど、不安そうな表情だけは分かった。
俺は死んだはずだ。トラックに轢かれて、死んだはずだ。
なのに、目を覚ましたら見知らぬ家。見知らぬ女性。
そして、赤子の身体。
まさか。嘘だろ、神様、仏様にいろんな神々の誰かよ。
俺の願いを叶えてくれたのか。
つまり...ここは...。
「オンギャーー!」
歓喜の声を上げた瞬間、女性の強張っていた表情が一気にほどけた。
彼女は安心したように笑い、俺を胸に抱き寄せる。
温かい。
信じられない。だが、どうやら俺は本当に生まれ変わったらしい。
俺の第二の人生は、産声とともに今、幕を開けたのだ。
母さん、父さん。俺、異世界でも頑張って生きてやる。
今世の両親は親孝行してやるからな。
そう決意したところで、急激な眠気が襲ってきた。
赤子の身体は不便だ。感動の余韻に浸ることすら許してくれないらしい。
俺はまた、そっと目を閉じた。
この時の俺は、まだ信じ切っていた。
憧れ続けた異世界生活が、ここから始まるのだと。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
本作では、これまで「小説家になろう」で数多く読み親しんできた異世界作品を、少し違った視点から描いていきます。
現在の異世界作品ももちろん大好きですが、昔ながらの異世界ファンタジーにも強い思い入れがあります。そのため、本作は少し前の異世界作品の雰囲気を意識しながら執筆しています。
まだ未熟な主人公が、さまざまな出会いや経験を通して成長していく姿を、温かく見守っていただけると嬉しいです。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。




