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米と塩で天下を獲る ~滅亡寸前の戦国領地を立て直したら、なぜか天下人と呼ばれていました~  作者: 釣鐘銅鑼


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第三十九話 港原会戦

港原。


かつては何の変哲もない海沿いの平原だった。


潮風が吹き、草が揺れ、遠くに相良港を望むだけの土地。だが今、その平原には一万六千を超える軍勢が集結していた。


東雲軍七千。


朝倉軍五千。


黒峰軍三千五百。


相良軍四百。


そして港では黒牙海賊団五百が海を押さえている。


無数の旗が林立し、槍が陽光を受けて光り、鎧の列が大地を埋め尽くす。まるで平原そのものが巨大な武器へ変わったかのようだった。


その中央で、二人の武将が互いを見据えている。


黒峰宗景。


東雲景隆。


戦国最強と東方最強。


乱世が生んだ二人の怪物だった。


◇◇◇


「久しいな」


景隆が静かに言った。


宗景は馬上で笑う。


「十年ぶりか」


かつて若き日の二人は一度だけ戦ったことがある。勝負はつかなかった。互いに兵を退き、互いに相手を認め、そのまま十年が過ぎた。


「老いたな」


「お前もな」


二人は笑った。


だが目は笑っていない。


それは旧友の再会ではなく、猛獣同士が牙の長さを測る時間だった。


◇◇◇


後方。


相良軍本陣。


悠真は地図を見ていた。


目の前で宗景と景隆が対峙している。普通ならここで総力戦になる。正面からぶつかり、兵数と武勇で押し切る戦になる。


だが違う。


相手は東雲景隆だ。


普通の戦場など存在しない。


「宗春」


「はい」


「景隆はどう動くと思う」


宗春は地図を見ながら即答した。


「正面です」


悠真も頷いた。


景隆は逃げない。小細工だけに頼る男でもない。圧倒的な兵力と統率で真正面から押し潰す。それが東雲流であり、景隆の強さだった。


だが正面から来ると分かっていても、防げるとは限らない。


それが東方最強という男だった。


◇◇◇


東雲軍本陣。


景隆もまた地図を見ていた。


その傍らには信綱がいる。


「相良を狙え」


景隆が命じた。


信綱は驚かなかった。


「やはりですか」


「そうだ」


黒峰軍は強い。


宗景は危険だ。


朝倉義康も油断ならぬ相手であり、この戦そのものは大軍同士の会戦に見える。


だが景隆は理解していた。


この戦を変えたのは相良悠真だ。


港を作り、海賊を抱え、商人を呼び、補給を動かし、戦の形そのものを変えた若造。


相良悠真を潰せば、黒峰と相良の連携は乱れる。


港の意味も半減する。


「戦場の芯を折れ」


信綱は静かに頭を下げた。


「御意」


◇◇◇


朝。


角笛が鳴った。


低く、長く、平原全体を震わせる音。


それを合図に東雲軍が前進を始める。朝倉軍も側面から動いた。対する黒峰軍は真正面から迎え撃つ。


大地が揺れた。


馬が駆ける。


兵が叫ぶ。


槍が並ぶ。


そして両軍は激突した。


轟音が平原を貫く。


人と馬と鉄がぶつかり合い、悲鳴と怒号が一つの濁流となって押し寄せる。黒峰軍の騎馬隊が嵐のように東雲軍の前列へ突っ込んだ。先頭に立つ宗景の姿は、武将というより戦そのものだった。


「進めぇぇぇ!」


義隆も声を張り上げる。


黒峰軍は強い。


兵の一人一人が宗景を信じ、前へ出ることを恐れない。東雲兵が弾き飛ばされ、槍列が歪む。


だが東雲軍もまた強かった。


崩れない。


押し返す。


乱れた列をすぐに埋め、後続が前へ出る。


まるで巨大な壁だった。


宗景はその壁を見て笑った。


「さすがだな、景隆」


本当に楽しそうだった。


強敵と真正面からぶつかることを、心から楽しんでいる顔だった。


◇◇◇


その頃、戦場の端で信綱が動いていた。


騎馬五百。


選び抜かれた精鋭。


戦場の混乱を避けるように弧を描きながら進み、やがて一気に加速する。


狙いは相良本陣。


「来ます!」


楓が叫んだ。


悠真も気付いていた。


速い。


そして迷いがない。


信綱は乱戦に付き合う気がない。最短距離でこちらの頭を取りに来ている。


「若様!」


岩倉が刀を抜く。


相良兵たちも盾と槍を構え、即座に迎撃態勢を取った。


だが信綱の騎馬隊は鋭かった。


槍先を揃え、横に広がらず、一本の矢のようにこちらへ突っ込んでくる。


「相良悠真!」


信綱が叫ぶ。


「今日で終わりだ!」


その声に迷いはない。


悠真を討てば戦場の流れが変わる。


その判断は正しい。


だからこそ、悠真は笑った。


「悪いな」


信綱が眉をひそめた。


嫌な予感。


それは父・景隆から聞いていた感覚と似ていた。


相良悠真が笑う時、大抵ろくなことが起きない。


その時だった。


港の方角から角笛が鳴った。


ブオォォォォォ――!!


低く、太く、海風に乗って戦場まで届く音。


黒牙の角笛だった。


悠真は小さく息を吐いた。


「間に合ったか」


信綱が海を見る。


そこには船団がいた。


黒牙ではない。


見慣れぬ帆。


整った隊列。


二十隻を超える異国船。


東雲兵も朝倉兵も息を呑んだ。


「何だ、あれは!」


誰かが叫ぶ。


先頭の船には一人の少女が立っていた。


リシアだった。


◇◇◇


「アルフェイド王国海上警備艦隊」


宗春が小さく笑った。


「間に合いましたね」


悠真は頷いた。


数日前、リシアは密かに祖国へ使者を送っていた。


相良港が交易拠点として正式に機能し始めた以上、アルフェイド王国にとってもここは無視できない場所になっている。港が焼かれれば交易路が失われる。海賊が暴れれば商船が止まる。


だから彼らは来た。


相良家のためだけではない。


自分たちの利益を守るために。


それで十分だった。


そして黒牙の角笛が鳴ったということは、港はまだ生きているということでもあった。


ガロンが守り切った。


その事実だけで、相良軍の士気が跳ね上がる。


◇◇◇


海上から轟音が響いた。


ドォォォォン!!


平原全体が一瞬止まった。


煙。


火花。


空気を裂く音。


戦国の兵たちが聞いたことのない音だった。


砲撃。


アルフェイド王国の艦砲射撃だった。


数は多くない。


威力も戦場全体を破壊するほどではない。


だが十分だった。


未知は恐怖になる。


馬が暴れ、兵が足を止め、朝倉軍の一部が海側へ視線を奪われる。信綱の騎馬隊にも動揺が走った。


「何だ、今のは……!」


信綱ですら一瞬、目を見開いた。


その一瞬で十分だった。


岩倉が叫ぶ。


「矢を放て!」


相良兵の矢が降り注ぐ。


速度を失った騎馬隊へ、矢と槍が突き刺さる。


信綱の突撃は止まった。


◇◇◇


東雲軍本陣。


景隆は海を見ていた。


砲声。


異国の船。


整然と並ぶ艦隊。


老将は目を細める。


「海の向こうか」


面白そうに笑った。


だが内心では理解していた。


相良悠真は、もはやこの国だけを見ていない。


港を作るとは、海を開くこと。


海を開くとは、外の世界を戦場へ招き入れること。


戦国の常識の外側から、まったく別の力を持ち込むことだった。


「厄介だな」


景隆は静かに呟いた。


それは初めての本音に近かった。


◇◇◇


港。


海。


陸。


全てが繋がった。


戦国の常識では測れない戦場。


それこそが悠真の作った盤面だった。


信綱の突撃は鈍り、相良軍はその隙に布陣を立て直す。黒牙海賊団は港側を固め、アルフェイド艦隊は海上から牽制を続けた。


一方で中央では宗景と景隆の軍勢が激しくぶつかり続けている。


朝倉義康も側面から圧力をかけ、黒峰軍の陣を削ろうとしていた。


誰も決定打を得ていない。


だが誰も退かない。


宗景。


景隆。


信綱。


義康。


そして悠真。


全ての駒が戦場に揃っていた。


港原会戦はさらに激化していく。


誰が勝つのか。


まだ誰にも分からない。

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