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米と塩で天下を獲る ~滅亡寸前の戦国領地を立て直したら、なぜか天下人と呼ばれていました~  作者: 釣鐘銅鑼


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第一話 滅亡まで、あと一年

雨の音で目が覚めた。


ぽつぽつと屋根を叩く音が耳に届く。重たい瞼を開くと、そこには見慣れない木造の天井が広がっていた。


薄暗い部屋。


畳の匂い。


障子越しの淡い光。


どれも自分の知る現代日本とは違う。


「……どこだ、ここ」


喉から漏れた声は、自分のものではなかった。


若い。


高校生くらいの少年の声だ。


身体を起こした瞬間、頭に激痛が走った。


大量の記憶が流れ込んでくる。


知らない家族。


知らない城。


知らない家臣たち。


そして――知らない人生。


「若様!」


勢いよく障子が開いた。


飛び込んできたのは白髪の老人だった。


年の頃は六十を超えているだろうか。


深い皺が刻まれた顔には安堵が浮かんでいる。


「ご無事でしたか……!」


老人は涙ぐみながら膝をついた。


その姿を見た瞬間、また新たな記憶が蘇る。


藤堂源左衛門。


相良家家老。


幼い頃から自分を支えてきた忠臣。


いや――違う。


自分ではない。


この身体の持ち主だ。


「……相良、悠真」


思わず呟いた。


それがこの身体の名前だった。


そしてようやく理解する。


自分は死んだのだ。


ブラック企業で働いていた会社員、高瀬悠斗は残業帰りにトラックにはねられた。


最後に見たのは眩しいヘッドライト。


その記憶だけが鮮明に残っている。


「転生……か」


前世で何度も読んだ小説の展開が現実になったらしい。


だが喜ぶ気にはなれなかった。


流れ込んできた記憶を整理した瞬間、絶望的な事実を知ってしまったからだ。


相良家。


石高二万石の小勢力。


周囲を大国に囲まれた弱小領主。


兵は三百。


金はない。


食糧もない。


家臣団は不満だらけ。


領民は疲弊している。


そして何より――。


「この家、一年後に滅ぶじゃねえか……」


思わず頭を抱えた。


源左衛門が心配そうな顔をする。


「若様、お加減が……」


「いや、大丈夫だ」


全然大丈夫ではない。


むしろ最悪だった。


普通の転生ならチート能力でも与えられるのだろう。


しかし自分には何もない。


あるのは前世の知識だけ。


そしてその知識によれば、相良家はどう転んでも滅亡する運命だった。


飢饉による凶作。


重税への不満。


家臣の離反。


隣国の侵攻。


まるで滅亡するために存在しているような状況だ。


「……詰んでるな」


思わず苦笑が漏れた。


だが、その直後だった。


不思議と胸の奥が熱くなる。


諦めたくなかった。


前世の人生は酷いものだった。


毎日終電。


休日出勤。


気づけば人生そのものが仕事になっていた。


そして最後は事故死。


そんな終わり方だった。


だからこそ思う。


せっかくもう一度人生をもらったのだ。


何もしないまま終わりたくない。


「まだ一年ある」


静かに呟いた。


一年。


短いようで長い。


少なくとも何もしないで滅ぶには十分すぎる時間だ。


農業改革。


兵站整備。


商業振興。


現代知識を活用すればできることは多い。


戦で勝てなくても、生き残る道はあるはずだ。


「源左衛門」


「はっ」


「蔵にはどれくらい米がある?」


老人は目を丸くした。


「米……ですか?」


「そうだ」


「三か月ほどかと……」


予想以上に少ない。


「借金は?」


「ございます」


「どれくらいだ」


「かなり……」


終わっていた。


本当に終わっていた。


だが逆に言えば問題点ははっきりしている。


なら解決できる。


少なくとも手の打ちようがないわけではない。


悠斗――いや悠真は立ち上がった。


まだ身体は少しふらつく。


それでも目には強い光が宿っていた。


「領地を見に行く」


源左衛門が固まる。


「若様が……ですか?」


「ああ」


「今まで一度も……」


「今までがどうだったかは知らん」


悠真は苦笑した。


記憶によれば、この身体の元の持ち主はどうしようもない放蕩息子だった。


酒。


女。


博打。


政治には一切興味なし。


領民からの評判も最悪である。


だが今は違う。


中身は別人だ。


「自分の国がどうなってるか、この目で見たい」


源左衛門はしばらく呆然としていた。


やがて震える手で深く頭を下げる。


「……かしこまりました」


その声はどこか嬉しそうだった。


悠真は窓の外を見る。


雨はいつの間にか止んでいた。


厚い雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。


滅亡まで一年。


絶望的な状況であることに変わりはない。


だが、まだ終わっていない。


終わると決まったわけでもない。


前世で培った知識。


社会人としての経験。


そして何より、二度目の人生。


使えるものは全部使う。


弱小領地だろうが関係ない。


歴史に名を残す英雄になるつもりもない。


ただ生き残る。


領民を守る。


この国を滅ぼさない。


悠真は静かに拳を握った。


「まずは腹を満たすところからだな」


後に戦国最大の改革者と呼ばれる男の物語は、この日、この小さな決意から始まった。

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