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第18話:道渡る暴風。暗闇の底から、光の差す場所へ

 

「はっ? ええっ!?」

 

 突然、床の感触がなくなり、二人は宙に放り出された。

 目の前には幾重にも重なり渦巻く靄。

 

「お、落ちる……!?」

 

 焦って体を抱き込んだが、その場に浮かんだ状態で落ちることはなかった。

 周囲を強い風が取り囲むように吹いていて、靄は近付けないようだ。

 

「どうなってんだ……?」

 

 空中を泳ぐように少しずつ近付いてきた拓海が、俺の腕を掴んだ。

 

――――俺を呼べ。

 

 風の中心から運転手の声が聞こえる。

 

「……道渡る、風!」

 

 言われるがまま、付けたばかりの呼び名を叫んだ。

 

――――ふたりで呼べ。

 

「え、なんで?」

「呼び名だから?」

「そういうもんか……?」

「いいか、っせーのーで」

 

 呼吸を合わせ、ふたりで叫んだ。

 

「道、渡る、風っ!!!」


――――オウ、

 

 

 ゴオッ!!

 

 

 次の瞬間。

 俺たちは、もみくちゃになった。

 

 何が起きたのか、理解する前に。

 

 

「うわあっ!?」

「旅人ぉっ!」 

 

 天地がひっくり返り、嵐の中に放り出された。

 激しい風が吹き付け、踏ん張る足場がない二人は、ぐるぐると回転しながら空中で翻弄される。

 かろうじて掴んでいた腕を離さずに済んでいるのは、拓海も腕にしがみついているからだ。

 

 ゴオオオオオオーーーッ!!!

 

「しっかり掴まってろよっ!」

 

 拓海を引き寄せ、腰に腕を回してしっかりと抱き込む。

 

「う、うん!」

 

 拓海も首に手を回してがっしりと密着してくる。

 

「ずっと飯食ってなくて良かった。旅人の頭に吐くところだったぜ……」

「俺も。こんなところで吐いたら、飛び散って大惨事だったな」

 

 状況を考えたら、暢気な会話だ。

 腕の中の体温を感じるだけで、こんなに心強い。

 

 ビュウビュウと吹き付ける風の中、翻弄される視界はぐるぐると移動し続けている。

 それでも、しばらく耐えていると少しずつ勝手がわかってきた。

 

 オオオオオオーーーーーーッ!!

 

 風の動きを重心移動で緩和していると、靄の声が再び聞こえ始めた。

 怒り狂っている。

 そこにいる人間を寄越せと叫んでいる。

 

 ビュオッ!

 

 突風が靄を切り裂く。

 一拍遅れて、靄がガバッと裂け目のように大きく割れていく。

 その裂けた靄の奥の奥に、一瞬だけ山の木々が見えたが、すぐに靄が覆い隠した。

 

「すげえ、一気に……! あの靄、あんなに分厚かったんだな」

「バスを潰すぐらいだから、かなり力もあるだろ」

 

 右へ左へと揺さぶられながらも、何とかバランスが取れるようになってきた。

 不安定ではあるが、どうやら『道渡る風』なりの配慮らしい。二人は同じ場所に留められていた。

 

 ビュオッ! ビュオッ!

 

 連続で2回、突風が走った。

 Xの字に靄が断絶されていく。今度はさっきより長く外の世界が見えた。

 

「こ、これ、いけるんじゃ…!」

 

 拓海が上ずった声を上げるのに、恒一も頷く。

 

「ここを切り抜けたら、靄は風に追い付かないだろうし……頑張ってくれよ」

 

――――オウ。

 

 頭の中に『道渡る風』の声が響く。

 

――――準備運動は終わった。やるぜぇ。

 

「え……準備?」

 

――――吹き飛べ。

 

 ゴオオオオッ!!!

 

 突風が一点に向かって、一気に波状攻撃を仕掛けた。

 

「うわああああっ!??!?」

「わあああああっ!!!」

 

 バランスを取る余裕なんかなく、再びもみくちゃに振り回される。

 周囲が一気に明るくなるが、回る視界で確認が出来ない。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッッッ!!!

 

 怪異の声が大音量で響き渡る。

 怒りと苦しみ、両方だろう。

 

 オオオオオオオォォォォーーー!!!! 

 

 切れ切れになった靄が断面を崩し、バツン!という勢いで、再び周囲を覆った。

 闇が濃度を増しているのがわかる。

 

 間髪入れずに、突風が再び靄を襲う。

 

 しかし、今度はそこまで深く切り裂けなかった。

 ガバッと切り口は開くものの、途中で止まってしまい、さらに濃度を増した靄が補強するように堅固な壁になっていく。

 

――――しぶといな。靄は靄らしく、吹き飛べ。

 

 間断なく突風の槍が靄へと向かっていく。

 しかし、それは靄の壁を厚くする効果しかないように見える。

 

「かはっ、……息が……」

 

 ゴオゴオと風の音がひっきりなしに鳴り、激しい風で呼吸もままならない。段々と気が遠くなってきた。

 

「やば……」

 

 せめて離れないようにと、拓海の腰を強く抱き直した。

 

「……こんのっ、何が、風だあっ!!! 暴風じゃねーかっ!!!」 

 

 拓海の苦し紛れの声が鼓膜を揺らす。

 靄はますます密度を高め、俺たちのいる狭い空間を圧し潰すべく迫ってきている。

 

――――いい、『暴風』、もらうぜ。

 

 声が聞こえたと思った途端、ドォンッ!と短く大きな音がして、

 

 バゴォッ!!!

 

 大きな穴が一気に開いた。

 

――――死にたくなきゃ、そのままじっとしてろ。

 

 再び、ゴオオッ!と音がして、体が前方に引っ張られた。

 

 

 

 暗くて長いトンネルのようだった。

 目で知覚していたより、はるかに長い。

 そして、その壁が俺たちを潰そうと迫ってくる。

 その中を『道渡る暴風』が、まさに暴風を巻き起こし、切り開くようにして進んでいく。

 

 ビュウウウウゥゥゥーーッ!! ゴオオオオーーッ!!

 

「助かった……?」

「いや、まだ靄の中だろう。どんだけデカいんだ……」

 

 もう、自分たちの常識で測れるものは何一つない。

 何に驚けばいいのかもわからなかった。

 ただ、風は強いが、一方向にだけ流れているので、さっきよりは揺さぶられることはなくなっている。

 これまで正面向いて抱き合っていたが、拓海の背中に回ってしっかりと抱き直した。

 二人で進行方向を見れる体勢を取る。

 

「これって、『道渡る風』が勝ったってこと?」

 

――――『暴風』な。

 

 『道渡る風』改め、『道渡る暴風』が話し掛けてきた。

 

――――お荷物がいちゃあ、本気も出せねぇ。あいつとは、仕切り直しだ。

 

 風となってからは姿が見えないが、機嫌は良さそうだ。

 口調も運転手の時とは違うが、同じ存在だと恒一は感じている。

  

「じゃあ、このまま送ってくれるのか」

 

――――そのつもりだが、お前たちはもう乗客じゃないからな。荒っぽくなっても文句は言うなよ。

 

「帰れるなら、それでいいよ」

「あ、いや、ケガとかはしないように……」

 

 ホッとした拓海の言葉に、慌てて訂正を入れる。

 怪異の言う“荒っぽい”が信用できない。

 

――――まあ、逃がすつもりはなさそうだが。

 

 トンネルの先が奥から潰れていくのが目に入った。

 それがどんどんと眼前へと迫ってくる。

 

「うわっ、ぶつかるっ!?」

 

 ぐんっ、と体にGが掛かる。

 進行方向に向かって。

 

――――面白れぇ、

 

「うわっ、わわわっ!?」

 

 空間が進行方向に向かって流線形に伸びる。同時に上下左右に縮まって、恒一と拓海は前傾姿勢で密着するように押さえ込まれた。

 周囲が青白い炎に包まれた。

 そのまま猛スピードで、行き止まりに突っ込んでいく。

 

――――靄ごときの壁、吹き飛ばしてやる。

 

 ドドッ!! ドガガガガッ!!!!

 

「うぐうっ!」

「がはっ!」

 

 青と紫の炎が火花を散らして燃え上がる。

 同時に、激しい衝撃が全身を襲った。

 魂が直接削り取られるかのように痛い。

 

「先客、大丈夫かっ!」

 

 密着したまま声を掛けると、拓海は険しい表情で前を睨み据えていた。

 

「ぜってー、生きて帰ってやる……っ!」

「ああ、そうだ……!」

 

――――くく、ははっ

 

『道渡る暴風』は、全力の激突を楽しんでいるらしい。

 

 吹き荒れる暴風を身の内に取り込むために覆いつくそうとしてくる靄と、それを片っ端から吹き飛ばしていく暴風の対決。

 

 ぎりぎりと締め上げられて、二人は息をするのもやっとの状態だ。

 

(頑張れ、突っ切れっ!)

 

 防御が薄くなったのか、服や皮膚が薄く切れた。

 まさに薄皮一枚の眼前で、二色の炎が摩擦に燃える。

 

 二体の怪異、どちらが上の存在なのか、見極めることはできない。

 

 オオオオオオオォォォォーーー!!!!  

 

 だが、性質の相性が勝敗を決めた。

 

「……はっ、……はっ!」

 

 必死で呼吸を確保していたが、肺が膨らむ隙間すらないほど圧迫された。

 

――――キュイイイイッ!

 

 狭い場所を高速で風が吹き抜ける高音が聞こえた。

 

 ガガガッ! ガリッ、ガリガリガリッ!!

 オオオオオオオォォォォ、オオオオォォーーー!!!!


――――キュリ、ィィィィィ…………ッ!!

 

 怪異の叫びが、暴風に飲み込まれ、千切れていく。

 

 

 バキンッ!

 

 

「――はぁっ!」

「ふあっ!」

 

 一気に圧が吹き飛んだ。

 急激に肺に酸素が送り込まれて、咳き込んでしまう。

 

「はぁっ、……ゴホッ、ゴホッ」

「けほっ、けほっ、……あ! 旅人……」

 

 涙目で見た光景は、真っ白に塗りつぶされて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴ、プシュ、ゴゴゴ、プシュ、ゴゴゴゴ……

 

 乗り心地の悪い振動が伝わってくる。

 古い車独特の匂いが鼻孔をくすぐる。

 

(ああ、俺、バスに乗ってるんだ……)

 

 ぼんやりした意識が覚醒する。しかし、瞼が重くて目が開けられない。

 

――旅人……おれ、帰れるのかな……

 

 拓海の声が聞こえてきた。

 

「ああ、暴風が勝ったみたいだ……帰れるよ」

 

――俺、元の世界でやっていけるかな。

 

「あんな場所で長い間、耐えきったんだ。怖いものなんてないだろ」

 

 思えば、無茶苦茶だった。

 

「さすがに、もうあれ以上のことはないだろうな……さすがに疲れた……」

 

 バスの振動に眠気を誘われる。

 うつらうつらしかけたところに、拓海が小さく囁いた。

 

――旅人……

 

「ん?」

 

――ずっと、俺と一緒にいてくれる……?

 

「ああ、もちろん」

 

――約束だぞ。

 

「うん」

 

――……俺、旅人のこと、……好きだよ。

 

「俺も」

 

 握った手の温もりだけはずっと感じていた。

 俺はそのまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 





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