最終話:天樹の葉、そして彼方へ
これがこの物語の最終回です。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
その日。
世界は、静かに軋んだ。
最初に気づいたのは、誰だったのか。
王か、農民か、それとも子供か。
あるいは――
誰も気づかなかったのかもしれない。
◇
大地の奥底。
誰の目にも触れない場所。
この世界の中心。
そこに、“種”はあった。
古く。
忘れられたもの。
伝承の中にしか残っていない存在。
――天樹の種。
それは、ずっと眠っていた。
世界がまだ純粋だった頃から。
そして。
この世界が、ゆっくりと腐っていくのを見ていた。
欲望。
欺瞞。
支配。
裏切り。
積み重なる歪み。
人の醜さ。
それらは、目に見えない形で蓄積していく。
だが――
それは、別の意味を持っていた。
肥料。
そう。
この世界は、いつの間にか。
“肥やし”になっていた。
◇
「……なんだ、これ」
ケンは空を見上げた。
地面が震えている。
いや。
“脈打っている”。
まるで、生き物のように。
遠くで、地面が裂けた。
光が溢れる。
白でも、黒でもない。
形容しがたい色。
現実の色ではない。
理解を拒む光。
それが――
噴き上がった。
◇
天を突くものが、現れる。
それは“木”だった。
だが、木ではない。
幹は大地を貫き、
枝は空を裂き、
葉は空間そのものに触れている。
大きさという概念が、意味を持たない。
見上げれば、どこまでも続いている。
見下ろせば、すべてがその一部に見える。
世界そのものが、その木に飲み込まれていく。
人々は叫ぶ。
逃げる。
祈る。
だが、それは止まらない。
止めるという概念が、最初から存在しないかのように。
◇
ケンたちの足元が、ふわりと浮いた。
「……え?」
気づけば、彼らは“葉”の上に立っていた。
巨大な葉。
いや、“大地のような葉”。
柔らかく、しかし確かな質量を持つ。
カッテリーナが辺りを見回す。
「な、なにこれ……!?」
ペレレイアが息を呑む。
「まさか……これが……」
コメンテアが静かに言う。
「……天樹」
パソコナがケンの腕を掴む。
「ケン様……これ……どうなるんですか……?」
ケンは答えられない。
ただ、理解する。
これは――
もう、人の領域の話ではない。
◇
遠く。
無数の葉が見える。
だがその中で。
彼らが立っている葉は、さらに上へ。
さらに高く。
どこまでも昇っていく。
やがて。
“世界の外”が見えた。
空ではない。
宇宙。
星々。
暗黒。
そして、無限。
「……っ」
誰も言葉を発せない。
理解が追いつかない。
その時。
音もなく。
葉が――
“離れた”。
◇
切り離される。
幹から。
世界から。
重力から。
因果から。
葉は、ゆっくりと回転する。
まるで、帆のように。
まるで、舟のように。
いや。
それはもう――
“船”だった。
星の海を渡るための。
静かに、滑るように進み始める。
推進力はない。
だが、進む。
理由はない。
だが、進む。
◇
ケンは振り返る。
かつていた異世界。
そこにあったもの。
すべて。
だが。
それは、もう遠い。
そして。
どこかで理解する。
あの世界は。
あの“いせかい”は。
最後まで――
“そのまま”だった。
腐敗し。
歪み。
救われることなく。
ただ。
肥料としての役割を終えた。
それだけのこと。
◇
「……ケン様」
声。
振り向く。
四人が、そこにいる。
カッテリーナ。
ペレレイア。
パソコナ。
コメンテア。
全員が、不安そうで。
それでも、ここにいる。
ケンは、少しだけ笑った。
「……行くか」
どこへ、とは言わない。
分からないからだ。
だが。
それでもいい。
彼はもう知っている。
価値は、どこかにあるものじゃない。
証明するものでもない。
ここにある。
この瞬間にある。
自分と。
隣にいる誰かの中に。
◇
葉は進む。
星の間を。
光の外を。
言葉の届かない場所へ。
やがて。
それは一つの点になる。
そして――
見えなくなった。
◇
世界は残る。
腐ったまま。
救われることなく。
意味もなく。
ただ、そこにある。
だが。
それでも。
どこかで。
何かが、また芽吹く。
それが、救いなのか。
それとも、ただの繰り返しなのか。
誰にも分からない。
◇
ただ一つ、確かなこと。
あの葉の上で。
五人は、まだ生きている。
それだけで――
十分だった。
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