異世界の知恵:石ころは、中にダイヤモンドが入っていなくても愛されるものだ。
これがこの物語の最新エピソードです。楽しんでいただけたら嬉しいです。
メロニラの屋敷を出たあと。
ケンは、ただ歩いていた。
どこへ向かっているのか、自分でも分からない。
足は前に出る。
だが意識は、どこか遠くへ沈んでいた。
視界はぼやけ、音も遠い。
風の感触すら、現実味を持たない。
ただ――
「無力」
その言葉だけが、はっきりと頭の中で響いていた。
◇
「ケン様!!」
背後から声が飛ぶ。
足音が近づく。
やがて、肩を掴まれた。
ケンの身体がわずかに揺れる。
「……っ」
振り向くと、そこには四人の少女たちがいた。
カッテリーナ。
ペレレイア。
パソコナ。
コメンテア。
全員、息を切らしている。
「どうしたんですか!? さっきから様子がおかしいです!」
「何があったのですか、ケン様……」
「怪我とか……されてませんか……?」
矢継ぎ早の言葉。
だがケンは、すぐには答えられなかった。
少しの沈黙。
やがて――
「……俺のスキルが」
掠れた声。
「無効化された」
四人の表情が、同時に固まる。
「え……?」
「どういう……ことですか……?」
ケンは視線を落としたまま、続ける。
「特殊な金属で作られたヘルメットがあるらしい」
「それを装備してる相手には……俺の力は効かない」
一拍。
「もう……俺は、何もできない」
静かな声。
だが、その奥には深い絶望が滲んでいた。
「俺の価値は……あのスキルにあった」
「それがなきゃ、ただの……」
言葉が詰まる。
飲み込む。
それでも、絞り出すように。
「……ただの、無能だ」
風が吹く。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
ケンは続ける。
「だから……多分」
「もう……みんな、俺のこと……」
ほんの一瞬、視線を上げる。
だが、すぐに逸らした。
「……嫌いになると思う」
その中には、確かな恐怖があった。
拒絶されることへの恐れ。
価値を失うことへの恐れ。
「……君たちも」
その言葉が落ちた瞬間。
◇
ぎゅっと。
温もりが、ケンを包んだ。
「え……?」
気づけば、四人に抱きしめられていた。
カッテリーナが強く腕を回し、
ペレレイアがそっと背に手を添え、
パソコナが震えながらも寄り添い、
コメンテアが静かに全体を包み込む。
「何言ってるんですか……」
カッテリーナの声は、少し怒っていた。
「そんなの、関係ないに決まってるじゃないですか!」
「ええ……」
ペレレイアが穏やかに続ける。
「私たちは、ケン様の力に惹かれたわけではありません」
「最初は……そうだったかもしれません」
パソコナが小さく言う。
「でも……今は違います……」
一拍。
コメンテアが、静かに口を開く。
「私たちは、あなたを知っています」
ケンの肩が、わずかに震える。
「あなたがどんな人か」
「どう考えて、どう悩んで、どう優しいのか」
「全部、見てきました」
優しい声。
逃げ場のない真っ直ぐな言葉。
「ケン様は……唯一無二です」
ペレレイアが続ける。
「スキルがあるから特別なのではありません」
「あなた自身が、特別なのです」
「そうそう!」
カッテリーナが力強く頷く。
「ケン様って、変なとこあるし!」
「……え?」
一瞬、間が抜ける。
「でもそこがいいんですよ!」
「他の誰とも違うし、見てて飽きないし!」
「その……や、優しいし……」
パソコナが顔を赤くしながら言う。
「私……そういうところが……好きで……」
言葉が途切れる。
だが、その想いははっきりと伝わった。
コメンテアが、最後に言う。
「たとえ世界中があなたを否定しても」
「私たちは、あなたを否定しません」
「なぜなら――」
ほんの少し、微笑む。
「あなたは、“ケン”だから」
◇
沈黙。
風の音だけが、静かに流れる。
ケンの視界が揺れる。
ぼやける。
何かが、頬を伝う。
「……っ」
気づいたときには、涙が零れていた。
止めようとしても、止まらない。
次から次へと溢れてくる。
「……なんで……」
声が震える。
「なんで……そんなこと、言えるんだよ……」
自嘲のようで、救いを求めるような声。
カッテリーナが笑う。
「だって、本当のことですから」
ペレレイアが頷く。
「私たちは嘘をつきません」
パソコナがそっと言う。
「……ケン様が、好きです」
コメンテアが静かに締めくくる。
「それだけで、十分です」
◇
ケンは、その場に膝をついた。
涙は止まらない。
声も出ない。
ただ、泣いた。
ずっと押し込めていたものが、一気に溢れ出る。
無力。
無価値。
不要。
そう思い込もうとしていた自分。
だが――
違った。
少なくとも。
ここにいる四人にとっては。
彼は、必要だった。
理由などいらない。
条件もいらない。
ただ、彼が彼であるというだけで。
◇
しばらくして。
ケンはゆっくりと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
それでも。
ほんの少しだけ、笑っていた。
「……ありがとう」
短い言葉。
だが、それがすべてだった。
四人も、微笑む。
冬の空気は冷たい。
だがその中心だけは、不思議と温かかった。
失ったものは大きい。
だが――
それでも。
彼は一人ではなかった。
そして。
それだけで、もう一度立ち上がる理由には、十分だった。
このエピソードを楽しんでいただけたなら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。




