邪悪な魔女は呪文を完成させたのかもしれない
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
昼下がり。
乾いた風が街道を撫でていた。
勇者ライトノベル率いる一行は、次の目的地へ向かう途中だった。
だが、その途中――
「少し水を取ってくる」
ケンはそう言って、隊列から外れた。
近くに小さな湧き水があるのを、先ほど見つけていたのだ。
木々の間を抜ける。
やがて、小さな泉に辿り着いた。
透明な水面。
静寂。
「……綺麗だな」
膝をつき、水に手を差し入れる。
冷たい。
その瞬間――
気配。
背後。左右。前方。
囲まれている。
「……やっぱり来たか」
ケンは立ち上がる。
次の瞬間、茂みから黒い影が現れた。
十人。いや、二十。
どれもただの盗賊ではない。
気配が違う。殺意が研ぎ澄まされている。
そして、その奥。
ゆっくりと姿を現した男。
「……やっと会えたな、ケン」
アクセル。
整えられた髪。冷たい目。
だがその奥には、明確な苛立ちがあった。
「ずいぶん派手にやってくれたじゃないか。私の金を、何度も無駄にしてくれて」
ケンは静かに見つめる。
「賞金首にされた覚えはあるけどな」
「覚えがない? はは……それは結構」
アクセルは軽く手を上げた。
「今回は、遊びじゃない。残っている中で“最高”の人材を揃えた」
周囲の男たちが一斉に構える。
剣。短剣。弓。
そして――無言。
詠唱をしない。
(……魔法に頼らないタイプか)
ケンは理解する。
自分の能力への対策。
完全ではないが、合理的だ。
「お前のその“忘却”……確かに厄介だ」
アクセルが一歩踏み出す。
「だがな。魔法を使わなければいいだけの話だ」
笑う。
「首を落とすのに、詠唱は必要ない」
沈黙。
風が止まる。
ケンは小さく息を吐いた。
(……無理だな)
数。質。位置。
一人では、対応しきれない。
忘却で魔法は封じられる。
だが、物理的な刃までは止められない。
首を一太刀で落とされれば、それで終わりだ。
だが――
「それでも、やるしかないか」
ケンは静かに右手を上げる。
その瞬間。
――斬撃。
横から風を裂く音。
「なっ――」
一人の暗殺者が、何もできずに崩れ落ちた。
血飛沫。
「間に合ったな」
低い声。
振り返るまでもない。
「……ライトノベル」
勇者がそこにいた。
剣を構え、前へ出る。
その背後には、パーティの仲間たちも。
「一人で行動するなと言ったはずだ」
「すまない。ちょっと水を飲みに」
「言い訳は後で聞く」
短いやり取り。
だが、それで十分だった。
空気が変わる。
「ちっ……」
アクセルが舌打ちする。
「やはり来たか、勇者」
ライトノベルは答えない。
ただ剣を向ける。
「排除する」
一言。
次の瞬間――戦闘が始まった。
剣が交錯する。
土が舞う。
矢が飛ぶ。
だが。
「――忘れろ」
ケンの声。
同時に、数人の動きが鈍る。
「くそっ……体の動きが……!」
完全な停止ではない。
だが、致命的な遅れ。
そこへ――
ライトノベルの剣が滑り込む。
一閃。
また一人。
連携。
役割分担。
ケンが“隙”を作り、勇者が“仕留める”。
それは、完成された戦術だった。
数分後。
静寂。
地面には、動かない身体が転がっている。
最後に残ったのは――アクセル。
膝をついていた。
血が流れる。
呼吸が荒い。
「……馬鹿な……」
震える声。
「私が……こんなところで……」
ライトノベルが剣を構える。
「終わりだ」
アクセルは顔を上げる。
その目に、初めて恐怖が宿る。
だが同時に――
わずかな、理解。
「……そうか……私は……」
言葉は続かなかった。
剣が振り下ろされる。
静かに。
終わった。
風が戻る。
ケンはしばらく、その場に立っていた。
「……終わったな」
「ああ」
短い返答。
だが、それで十分だった。
仲間たちが周囲の確認を始める。
ケンはアクセルの遺体のそばにしゃがみ込んだ。
ポケットを探る。
いくつかの書類。
封蝋付きの手紙。
資金の流れを示す記録。
「……これは」
紙を開く。
名前。
見慣れないが、はっきりと書かれている。
メロニラ・フォン・ギオルジャネリヒ。
遠方の領地を治める貴族。
そして――
不自然なほどの資金移動。
アクセルと繋がっている。
「上がいるな」
ケンが呟く。
ライトノベルも書類を見る。
「……ああ」
短く頷く。
「次の目的地は決まりだ」
遠い地。
その名も知らぬ領地。
だが、確かに繋がっている。
腐敗の根。
その一端が、今、姿を現した。
――
その頃。
遥か遠く。
古い城。
窓辺に立つ、あの女性。
細い指でカーテンをわずかに開く。
遠くを見つめる。
そして――
微かに、笑った。
「……やっと」
かすれた声。
「これで、全て揃った」
目を閉じる。
「私の研究は……完成した」
風が吹く。
カーテンが揺れる。
その瞳の奥には――
静かな狂気が宿っていた。
――次なる舞台が、動き出す。
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