覗き込んでくる非日常_4
「マリーにも選ぶ権利があるわ。な~んでイイ男を選び放題なのに、よりにもよってザックを恋人にしなきゃいけないのぉ?」
「それを言ったら俺もだよ。マリーが良い女なのは認めるけど、ちょっとね。恋人なんてのは真っ平だよ」
「あら、イイ女だなんて嬉しいわ。ありがとう」
そう言うと、マリーは軽くザックの頬にキスをする。「どういたしまして」と微笑み返すザックは、されて当然みたいな顔をしている。
いや、どう見ても恋人同士のイチャつきじゃないのよ、それ。言ってることとやってることが違いすぎる。そんなのを目の前で見せつけられて、それでも恋人じゃありません、だなんて。ただのオトナの関係って意味? 今の言葉からすると、それも若干違うような気がしなくもなくて――
やっぱり二人の距離感が理解できず混乱する私に、しなを作ったマリーは笑いかけてくる。
「勘違いしているかもしれないから教えてあげる。マリーと彼はただのビジネスパートナーよ。大切なことに変わりはないし、お仕事の時はマリーを優先してもらわないと困るけど。そういう、勘ぐられるような男女の関係なんていうのはないわ」
「そうそう。どうせマリーは俺じゃ満足しないしね」
……満足……? それがどういう意味であれ、知ってるってことは一旦はなにかしらの深い関係があったということではないのだろうか。彼らの様子は、改めて見たところでビジネスパートナーという言葉を信じるにはあまりに気安いように思える。知らず知らず眉間に力が入ってしまった。
「あら。そんな『貪欲な女』みたいな言い方、レディに対して失礼じゃない?」
「気分を害したかい?」
「うふふ。いいえ、事実ですもの。あなたじゃマリーを満足させることは出来ないわ」
やっぱりその距離感は絶対におかしい。
あくまでも仕事上の関係と言いながら、完全にマリーはザックにもたれかかっているし、ザックの手も彼女の腰に回っている。恋人同士じゃないと言われても、そうですかと納得は出来なかった。
甘えるように指先でザックの胸元を押しながら金髪を片側に流したマリーは「それでぇ」と甘ったるい声を出した。
「マリーはお腹がすいてるの。そろそろ限界だわぁ。もう、しょうがないからザックも混ぜてあげる。みんなでご飯にしましょ。なに食べたい?」
「俺もいいのかい?」
「あ、いえ。そこはお二人でどうぞ。私帰りますから」
雰囲気に流されてしまっていたけど、なにも真面目に付き合う必要はなかった。きっぱりと言い切って二人に背中を向ける。
背後から呼び掛けてきている声が聞こえたような気がしたが、そんなものは無視して足を進める。
よく見てみればここは知っている道だったから、もう外食はあきらめてそのまま帰宅することにした。怪しげなものを見てしまった自宅になど帰りたくないけど、私の居場所はあそこにしかない。ご飯だってそんなに食べたいわけではないけれど、嫌な思い出ばかり思い出してしまう冷凍してあるおかずなんかを温めて消費することにした。
あの部屋にまだ達也がいないことだけを祈る。気を遣ってビクビクしていなければいけない彼と一緒にいるのは、今は負担が大きかった。
五分もせずに自宅マンションが見えてくる。
いつも通りの、私が気に入ったとおりの見た目。そのはずなのに妙に暗く見えるのは「オバケがいるかもしれない」なんていう考えのせいだろうか。部屋の電気は消えている。達也はいないようだ。ホッとして、肩の力だ抜ける。だが、あと数メートルでエントランスなのに、そこから足が動かなくなった。
――やっぱり、駅前で軽く飲んで酔った勢いで帰るべき? 七央の予定はどうなってたんだっけ。ああ、ペンダントのことも聞かなきゃいけないから連絡してみようかな。
「ここがカナのお家ぃ?」
「?!」
突然の声と共に、ひょい、と肩越しに顔が出てくる。
そこにはまたしてもニコニコ顔のマリーがいた。
それから、申し訳なさそうな顔のザックが少し後ろに立っている。まさか後をつけられた? しまった。自宅バレした。真っ直ぐ帰って来るんじゃなかった。正に後悔先に立たずってヤツだ。
「な……マリー……?」
「ハァイ、マリーちゃんよ。あら。カナってばどうして驚いてるのぉ? お家に行って良い? ってちゃんと聞いたじゃない。返事がないから良いんだと思って付いてきちゃった」
うふ、と語尾にハートマークの見える口調のマリーだったが、これ確信犯だ。断ってないから良いだなんて、あまりに都合のいい解釈だ。
彼女はなにかを気にするようにマンションを見上げ、すぐに形の良い眉をひそめた。マリーがなにも言わずに振り返った視線の先に立っていたザックは、真面目な顔で小さくあごを引いた。
ふぅ、と息を吐いたマリーは、その細い指で建物の一角を示して嫌そうな声を出した。
「ねえ、まさかと思うんだけどぉ、カナのお家って……あそこ?」
その指が迷わず指していたのは、間違いなく私の部屋だ。ゾワっと全身の鳥肌が立つような感覚に言葉も出ない。彼らの目は、真っ直ぐに三階の角部屋を見ている。しかも、難しい顔をして。
「カナ、最近お家で変なこと起きてるでしょ」
「……っ!」
どうしてわかるの。目を見開いた私に、妖艶に微笑んだマリーは囁いたのだ。
「夜ご飯食べさせてくれたら、解決してあげても良いわよぉ」と。




