覗き込んでくる非日常_2
どうしてアナタまでここに。ここでなにをしてるの? ザックはどうしたの? ……別に、会いたいわけじゃないけど。
そして、どうして私に対してそんなに馴れ馴れしいの?
私、アナタの彼氏の浮気相手候補じゃなかったの?
こちらに対して好意的な態度を取ってくる意味がわからない。パニックのあまりに言葉をなくしてパクパクと口を開け閉めした私に「なぁに、その顔」と彼女は笑いだす。
「な、んの御用ですか?」
なんとか言葉を振り絞る。
「特にないわ。見かけたから声かけただけよ」
金髪を振ったマリーは腰に手をあてた。自分で美人だと言うだけあって、なにをしてもさまになっている。多少軽薄な雰囲気の漂うチャラいザックだけど、黙って彼女と並んでいたら文句なしの美男美女カップルだ。
――きっと平凡な私をからかって面白かったんだろうなあ。
他人のおもちゃになるのは正直不愉快でしかない。昨日の夜、二度と関わりたくないと思ったのにどうしてこうも連日会ってしまうんだろう。げんなりした態度を隠しもしなかった私を気にする様子もなく、マリーは人差し指を立てて唇の横に置いて「ね~ぇ?」と小首を傾げた。
「マリーお腹すいちゃったのねぇ。カナは? ごはんもう食べた?」
「あの、どうして呼び捨てなんですか」
そんな風に呼ばれるような仲ではないはずだ。
「どうして?」
パチパチと長くて綺麗にカールした睫毛をしばたたかせたマリーは不思議そうに言った。
「だって、カナはザックのお手付きでしょ?」
お手付き? なにを言っているんだろうこのヒトは。私はまたしてもポカンと口を開ける。
「ザックのものならマリーのものだわ」
当然、という顔で言い放った彼女から数歩距離をとる。この人も、ザックと同じくらいおかしいのかしら。
「ちょっとおっしゃってる意味が解らないんですけど」
「だから……ああ、ここで話してると目立つわね」
ちらりと周囲に視線を投げたマリーは苦笑いする。今日は昨日のようなコスプレ姿でないといっても、シンプルなブラウスにペンシルスカートの彼女をちらちらと横目で見て通り過ぎていく男性は多い。しなやかな肢体が隠し切れていないどころか、服装が飾り気がないだけに素材の良さが引きたっている。
「カナ、ご飯まだでしょ? 付き合ってちょうだい。良いでしょ? 良いわよね」
そう言うと強引に私の腕を取って歩き出す。
「ここら辺に美味しいイタリアンがあるって聞いたのだけど、カナは知ってるぅ?」
などとお店を探すように視線をさまよわせながら引っ張っていく。断る暇など与えてくれない。あまりに自分勝手だ。
「どうしてご飯まだだって思うんですか。もう食べたかもしれないでしょう」
振り払おうとするが、しっかりと掴まれていて逃げることもできない。
「だってカナってば今仕事帰りでしょ? この時間に駅にいるってことは、むこうで食べてきてもないでしょうし。お昼も早かったんだからお腹すいちゃってるわよねぇ。ならいいじゃない。一緒に食べましょうよぉ」
彼女の話す内容は確かに私の状態と合致してはいるんだけど、それにしてもどうしてそんなにも確定事項という口調で話せるのだろうか。マリーは口にした情報に間違いがあるとは思っていないらしい。こちらとしても下手に事実だと知らせたくはないから、反論できなくなる。
なんなの、ストーカーなの?
そう問い詰めたくなる。下手に個人情報は出すまい、と口を結んだまま、ズルズルと引きずられていく。その細腕のどこにそんな力が、というくらいに力強い。レストランなどありそうにもない住宅街近くまでやってきたところで、マリーはやっと足を止めた。
「ないわね」
「なんてお店を探してたんですか」
彼女に抵抗する気も削げて、もういっそ時間を潰せるのならば彼女でいいように思えてきた。スマホの地図アプリで調べられないのかと画面を開けば隣から覗き込んでくる。
「調べてくれるの? ええと、お店の名前、なんて言ったかしら? イタリアンなの。アンティパストが美味しいってお店。お酒も良いのが揃ってるんだって。カナお酒大丈夫よね。ちょっとだけ飲みましょうよ」
「……それじゃ探せません」
一息に伝えられるデータはあまりに曖昧で、打ち込んでみたところで正しい情報が出てくるとは思えない。
「ほかに思い出せることは? ないんだったら諦めて――」
「えー、マリーそのお店が良いのぉ。ねえ探して?」
「どうして私がその情報だけで探せると思うんですか」
それだけの情報で探すのは――無理ではないが面倒くさい。自分が行きたいならまだしも、私は全く興味がないお店なのだし、そこまでの労力を割く理由がない。私が検索する気を失くしたのを察したのか、マリーは「ねえねえ」と甘えるように腕に絡みついてくる。こういう態度に可愛らしい声、この手のキャラに弱い人は一発で勘違いするだろう。魔性の女とはこういうのを言うんだろうな。腕に押し付けられている胸の感触が生々しい。
他の人に聞いてください、とスマホをしまいかけた私の身体が浮いた。ついでに「なにするのよぉ!」と不機嫌そうなマリーの声。物凄い勢いで周囲の風景が流れる。
――な……なに!?
状況を把握する間も抵抗する間もなく、とんでもないスピードでどこかに運ばれていく。私には、スマホと鞄を落とさないように必死で抱えこむくらいしか出来ない。
怖い、怖いっ!
しかし恐怖の時間は一瞬で、すぐにふわりと地面に降ろされた。
そして聞こえてきたのは
「ちょっと、マリー? 君、なにやってんの……?」
ザックの怯えたような声だった。




