そして気付いた私のこと_1
「ただいま」
家に戻るとリビングだけに電気がついていた。洗面所で手を洗ってから、重い気分でドアを開ける。案の定、達也はまだ部屋にいて、しかもソファに寝転がってゲームをしている。いまだ自分の家だと思ってるみたいだ。もう何週間も前に、自分から出て行ったっていうのに。
で、今はただの友人である私の家に無許可で滞在している割に、家主が帰ってきてもおかえりの一言もない。こういうところ、付き合ってた頃からなんにも変わってない。加えて腹立たしいことに、テーブルの上にはデリバリーのピザの空き箱が転がっている。私が作ったお昼は、ご丁寧に冷蔵庫にしまわれていた。これ、最悪腐らせなかっただけ良しとしなければいけないのだろうか。
「今日は仕事ないんだ」
何をしてるんだ・早く出て行って、と言うのが正しいところとわかっている。なのに口から出るのは彼の様子伺いの言葉ばかりだ。身についてしまったやり取りの数々が恨めしい。
ああ、と返事にならない返事をして、達也はこちらを見ることもなく言った。
「お腹空いたんだけど」
……でしょうね。
本当ならば、この状況を見ただけで疲れてしまって返事をする気にもなれないのだけど
「何食べたい?」
と笑顔を浮かべて明るい声で聞く。
わかってる。今達也にそこまでする必要がみじんもないことくらいわかってる。でも悲しいかな、刷り込まれた習慣は消えない。彼の機嫌を害することが怖い。何事もなく時間が過ぎるのなら、多少の不快感は我慢できる。
「なんなら出来んの?」
「すぐ出来るのって言ったら、パスタか冷し中華かなあ」
冷蔵庫を覗きながら言えば「麺類ばっかりじゃん」と苦情が出た。すぐに出来るものなんだから麺類が増えるのは仕方ない。って言っても、普段カップ麺か袋麺か冷凍食品しか作らない人にはわからないのかもね。
――すぐって言っても、冷食出したら許さないくせに。
ムカムカを抑えて冷蔵庫の中を細かくチェックする。チルド室に今日までの消費期限の豚肉があった。野菜室にキャベツも発見。
「回鍋肉できそうだよ」
「それ」
「解った。じゃあ一時間くらい待ってくれる?」
「はぁ? 回鍋肉くらいすぐ作れよ」
正確には必要な調理時間は四十五分くらいだ。これは主にご飯を炊く時間である。それも待てないというのなら、別の手段を考えるしかない。コンビニにご飯だけ買いに行く? でもそれも時間を取られてしまう。
あ、もしかしたら。
思い出して棚を漁れば一個だけレンジでチンするご飯を見つけた。これなら、すぐに食べさせられる。
「じゃあ三十分!」
「仕方ねえな。早く作れよ」
「ごめん、ちょっと待ってて」
文句ばかりの彼とは、帰って来てから一度も視線が合ってない。友達扱いだったとしても、あまりにこちらに対する興味のなさが明らかだ。胸の辺りがギュウっと苦しくなったのを振り払うように、ささっと部屋着に着替えた私はキャベツに包丁を入れた。
なんとか二十分以内に、回鍋肉を作って、ご飯をチンして、わかめスープを作って、作り置きの浅漬けを盛って、達也にだけ市販の卵豆腐を添える。予定より早めに完成した。これ、少しでも遅くなったら苦情が出るから、ちょっとだけ余裕をもって時間を告げるのが彼を怒らせないコツなのだ。これだけあれば上出来、と思ったのだけど、彼は不満そうだった。
「お前最初に料理得意だって言うから手料理どんだけ上手いだろうって期待してたのに、なんかフツーだよな。豆腐だけとかそういうのも多いし」
美味しくなさそうに夕食を口に運びながら達也は言う。
「……ごめんなさい、最近ちょっと忙しくて、手の込んだのは作るの難しいかな」
「仕込んでから仕事行けばいいじゃん。どうせ午前中暇なんだし」
「……そう、だね」
だからなんで、彼氏でもない達也にここまで言われなければいけないの? 私には、家事以外をやる時間はないっていうの? 自分はゲームばかりしてるっていうのに?
なんだろうこれ、と空しくなってくる。恋人だった時期もこうだったけど、どうして別れてまでこんな気分にならなければいけないのか。ただの友達に、普通そこまで要求する?
食欲もなくなって、私の目の前には回鍋肉とスープだけだったのに食べきるのが苦痛になる。味もわからない状態でなんとか麦茶で流し込む。
ごちそうさま、と空になったお皿をそのままで達也は寝転がった。片付けるね、と彼のお皿も重ねて持って行こうと屈む。その時、シャラ、と音を立てて胸元からペンダントがこぼれ出た。
「……なんだ、それ」
「え?」
音に気付いて達也がこっちを見る。
「それ、俺知らないんだけど」
起き上がった彼の目はつり上がっている。失敗した。着替えた時に外してくれば良かった。アンディから借りたお守りが達也に見つかってしまった。顔が青くなる。
彼は乱暴に私の胸元に手を伸ばしてくる。思わず逃げると、襟元をつかまれた。




