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パートナーっていうのにはいろんな意味がありまして。_2

 マリーの指先は淡い桃色に彩られていて、キラキラと街灯を受けた小さなストーンが光っている。


「ザックから話は聞いてるわ。私はマリー。よろしくね」

「あ、え……え?」


 差し出された手をすぐには握り返せない。ためらっているとマリーは手をひっこめて腕を組み、右の人差し指を立てて自分の頬をつついた。


「楽しくお話してたところごめんなさい? これから私たちイイコトする約束になってるの。ザックは返してちょうだいねぇ」


 ――イイコト、って何? 

 頭が真っ白になる。

 回答を求めてゆっくりとザックを見れば、視線の合った彼は軽い調子でウィンクを返してきた。けど、そんなのされても嬉しくない。せめて彼女になにか言わなきゃと思うのに上手く言葉が出て来ない。どうやらザックと並々ならぬ関係らしい美女の出現で、頭の中は混乱の極みにあった。

 ザックはともかくマリーにも詳細を説明する気はなさそうだし、どうやら七央は彼女について知っているようではあるけど、こういう時に解説をしてくれるキャラではない。

 ――一度落ち着こう。

 大きく深呼吸を三回。胸に手を当てて落ち着きを取り戻す。

 たった今起こった出来事から私が理解したことを整理しよう。


 ・ザックとマリーは付き合っているような雰囲気で非常に距離が近いように見える。

 ・近いなんてもんじゃなく目に見えてイチャイチャしている。

 ・と言っても、どうにも日本人ではなさそうな二人なのでドのつく日本人である私の基準で判断してはいけないのかもしれないけれど……いや、間違いなくイチャついてる。これは、イチャイチャ認定していい。


 それにしても、例え感覚が違うことによる対応だったとしてもだ。普通キスなんてするだろうか。こんなにイチャつくものだろうか。今の今まで口説いてた女の前で。 

 ――どういうこと? ザックは私に一目惚れしたとか言って、付き合ってとかも言ってなかった?

 こんな綺麗な彼女がいるのに?

 彼の発言の意味が、言われた時とはまた別の意味で理解しがたいものになる。

 あれって浮気相手になれって意味だったの? しかもこの調子だと彼女公認の浮気相手ってこと? マンネリ化した関係に刺激を与える、みたいな、そういうのとか?

 ――なによそれ、最低……

 思わず、汚いドブ川でも見るような目になってしまう。そんな当然の反応をした私に、ザックは驚いたように目を丸くした。


「どしたの、姫」

「その呼び方、やめてください」


 我ながら声が冷たい。でも一度最低だと思ってしまったものに取り繕わなければいけない態度などない。


「ちょっと待ってよ、カナ? どうしたのさ急に。なんか怒ってる?」

「怒ってません」


 行こう、といささか乱暴に七央の腕を取る。


「お熱いお二人さんの邪魔しちゃうといけないから。ね」


 さよなら、と背中を向けた私に、後ろから声が追いかけてくる。


「ねえカナ待って」

「ザックぅ? どうしてその子の方に行くの? マリーはフラれちゃうのかしらぁ?」

「そんなわけないだろう! 俺とマリーの仲は絶対だ。あー……ッ、ああいや、マリー今はそうじゃないんだ。それ事態をややこしくするからやめてくれ。ちょっとだけでいい、少しだけでいいからカナと話す時間をおくれよ。ねえ姫、ちょっと行かないで。俺の話を聞いて――」

「あぁんもう。こっち向いてぇ? 先に私と約束してたでしょ」


 二股されるなんてのはご遠慮願う。イチャついてる声なんて聞きたくない。早足になる私を、引っ張られている七央は黙って見ていた。


「カナ姉、怒ってる?」


 七央がそう聞いてきたのは、彼らからだいぶ離れてからだった。


「別にぃ」

「そう?」

「ええ、そうよ。別に、私あの人となんの関係もないしねっ。ただ、あんなにキレイな彼女がいるのにふざけて口説いてくるなんて、最ッ低! って、思っただけ!!」


 最後は語気が荒くなる。自分でも驚くほどにムカムカしている。なんなのよ、あの男。

 いつもよりもだいぶ速足で歩く。少しでもあの二人から遠ざかりたい。あんなに口説いてきてたのに、だとか、あんなに調子のいいこと言っていたのに、だとか。いろんな言葉が頭の中をぐるぐるしてしまう。

 ――彼女、いるんじゃない。しかも、あんなに美人でスタイルも良い子が。

 別に、付き合っても良いとか思ってたわけじゃないし、正直迷惑だと思っていたんだけど。でもなんだか腹が立って仕方がない。


『なに言ってんの、自分だって別れきれてないオトコがいるくせに』


 なんて冷静な自分が苦言を呈してくる。それはそうなんだけど、それを棚に上げて言ってしまえば、すっきりしない。ううん、私は別れてるのよ。今はフリーなの。

 達也とは、多分友達になっただけで。だから縁が続いてるだけで。

 重い息がこぼれる。

 マリーっていう女の人と比べて、私が勝っている部分なんて何一つなさそうだ。少なくとも、顔もスタイルもどう考えても彼女の方が格段に上位。性格その他はわからないけれど、あんなセクシーな美女と比べられたら月とすっぽんだ。

 ザックってば、なにが楽しくてこんな私にちょっかい出してきたんだろう。

 少しでも、その気になるのを見て楽しんでたの? 

 ――本当、最悪。悪趣味だ。


「……ムカつく」

「やっぱ怒ってるんじゃん」

「怒ってませんーっ!」

「いいけどさ」


 マンションが見えてきたところで、七央が彼の腕から私の手を外した。怒りのあまり、ずっと七央を掴んだまま歩いていたらしい。かなり強く握ってしまっていた気がするけど、痛くなってはいないかしら。ゲーマーの大事な手だっていうのに……なんて、今更ながら申し訳なくなる。


「ここからなら一人で帰れるよね」


 七央が立ち止まる。


「うん、でもどうして?」

「オレ、用事が出来ちゃったから。行かなきゃ」


 目の前で彼が振ったスマホの画面が光っていた。どうやら着信がきているらしい。こんな時間から呼び出しだなんて、まあ七央にもいろんな付き合いの相手がいるものだ。もしかしたらゲーム仲間だろうか。だったら、深夜活動組でもおかしくはないか。

「気をつけてね」と言えば、小さく笑った彼は、画面をスワイプしながらもう身体を半分来た方向へと向けている。


「おやすみ、カナ姉」

「おやすみ」


 私の返事も待たずに、七央はスマホを耳にあてながら走っていってしまった。

 ――そう言えば、今夜は元々用事があるって言ってなかった? さっきまでフラフラ出歩いてたのよね?  

 今だって用事が出来ちゃったって言ったってことは、昼間のあれは達也の誘いを断るための方便だったのかもしれない。達也しつこいからね。そうとでも言わないと断り切れないのだろう。

 達也にとって七央が知人だっていうのはよほど自慢のことらしく、擦り寄り方が露骨だった。一部で有名な人と友達だからって自分が偉くなるわけじゃないと思うんだけど、どうも私にはどれだけあるかわからない七央の知名度ってものの恩恵を、自分もどこかで受けられると勘違いしている節がある。

 ――だから避けられてるの、解らないのかなあ。

 軽くため息をついて、私は自分の家へと戻った。

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