第8話「太陽の道」
秋分の日の朝。空にはまだ月が残っていた。
真名井は、ひとりで山に入った。
太陽の昇る場所を、彼は知っていた。
壮元和尚に教わったのだ。
「春分と秋分、太陽は真東から昇り、真西へと沈む。
その光は“道”となり、山河を貫く。
箸墓古墳から堀坂山を越え、松阪を通り、神島へ。
その先は、ただ大海原――」
和尚の語る“太陽の道”は、
真名井の胸を強く捉えて離さなかった。
天川での戦いのあと、敵の攻撃は止んでいた。
だが、七曜が警戒を緩めることもない。
「恐らく本攻めは、稲刈りのあと……」
そう呟く和尚の声を、誰も楽観的には捉えなかった。
七曜は、廃寺へ入って以来、
谷全体をひとつの砦へと変えた。
寺を囲む六つの小屋は、陰道や潜り道でつながれ、
北に広がる深い森を背に、天川へ通じる一里四方が、
彼ら七曜の忍びの里となっていた。
暑い夏が去り、早瀬村にも秋が来た。
その夜、真名井はひとり、村を出た。
壮元に聞いた“太陽の道”を、
自分の目で確かめたくて……。
目指すは堀坂山――直線でおよそ二十里。
道なき山道を、真名井は駆けた。
岩を踏み、木の根を越え、
谷を渡り、峰を越える。
真名井の脚は風のように軽かった。
やがて、山頂で夜が明けた。
その日は晴天。空が朱に染まり、
まるで天女の衣が揺れるように、
淡い光が裾野を登ってくる。
突然、山の裂け目から陽が現れ、辺りを金に染める。
その神々しさに、真名井は思わず手を合わせた。
「南無阿弥陀仏……」
自然と口をついて出た念仏とともに、
真名井の目は虚空を見つめた。
ただ――光の眩しさに圧倒され、心静かに震えていた。
やがて空が明け、日常の気配が肌をなでた。
「いざ戻らねば、土陰が……」
志乃のことが、ふと心をよぎる。
真名井は山を南へ下りはじめた。
やがて、杜に包まれた小さな社が現れる。
その境内で、白装束の乙女が舞っていた。
手にした鏡を太陽にかざし、何かを唱えている。
真名井は木立の陰に身を潜めた。
鏡が陽を反射し、向かいの峰に光が走る。
そこにも白装束が現れ、同じように鏡を掲げる。
その背後には、村人たちが手を合わせ、祈っていた。
老若男女、赤ん坊を背負った母までもが一心に。
その光景に、壮元和尚の声が甦る。
「太陽とは、生きとし生けるもの、
すべてを分けへだてなく照らすもの。
お前も、そのひとり、照らされておる」
あの時は分からなかった。
だが今――真名井は、静かに手を合わせた。
と、その時。
杜の奥から荒声が響いた。
村人の叫び、乙女の悲鳴。
数人の武者が、
社の静けさを踏み破るように
駆け入って、白装束を追う。
乙女はあっという間に担がれ、
連れ去られていく。
真名井の目に、怒りが燃えた。
仕込刀の柄に手が伸びる。
頭から念仏は消え、
代わりに熱い血が全身を巡った。
「奴ら、決して……許すまじ」
その顔は、もはや夜叉のごとく――
怒りの影が、真名井の瞳を深く染めていた。
(つづく)




