第2話「七曜、静かに蠢く」
七人の忍びたち――その名は「七曜」。
童子を守るため、山深い廃寺に潜む影たちが、静かに息づき始める。
彼らは語らず、ただ己の技と役割を果たすのみ。
幼い童子は、何も知らぬまま、その姿を見つめ、ただ感じ、吸い込んでいく。
そして和尚が言う。
「お前は、まだ理を知らぬ。だが、理は待つこともある」
忍びとは、ただ戦う者ではなく、
時を読み、風を聞き、命をつなぐ者たちでもある――
そんな「気配」の章・・・・・・。
早瀬村の廃寺。
寺を中心に、山の斜面に六つの小屋が点在していた。
北に「木影」。
南に「水影」。
西に「月陰」と「火影」。
東に「金影」と「土陰」。
それは、星の配置にも似た、静かな結界であった。
ただ一人、「日影」は定まった居を持たず、
日々、雲のように姿を変えていた。
七曜の忍びたちは、言葉少なく、影のように暮らしていた。
童子は、彼らの気配を感じていたが、
あえて話しかけることはなかった。
壮元が教える言葉も、動きも、音も、
童子はただ、静かに吸い込んでいった。
火影は猫を飼い、その糞や煤を混ぜ、
床下で火薬をひそかに舎密した。
金影は鋳型を整え、撒菱や焙烙を作った。
水影は沢を堰き止め、堰堤を築いた。
木影は鳥獣の鳴き声を聞き分け、獣道を静かにたどった。
土陰は鍬を背に、地を掘り、罠と抜け穴を仕掛けた。
月陰は夜ごと星を仰ぎ、空合を読む。
誰も語らず、だが皆、童子を見守っていた。
彼らの営みは、ひとつとして無駄がなく、
童子の目は、やがてそれを学んでいた。
ある夜、壮元が言った。
「お前は、まだ〈理〉を知らぬ。
だが、理というものは、待つこともあるのだ」
童子は、その意味を問わなかった。
だがその言葉が、胸の奥に静かに沈んだのを感じていた。
そして、廃寺の石段を駆け上がり、夏草を踏んで遠くへと走り去った。
――これは、「知識や悟りは強制されるものではない。
だが、時が来れば、向こうからそっと近づいてくる」
そんな和尚の教えである。
ある夜、月陰がぽつりと呟いた。
「……あの子、風に似ている」
誰も返事はしなかった。
けれど、皆がそう思っていた。
童子は、風のように現れ、
風のように消え、
そしてまた、山のどこかに立っていた。
七曜の者たちは、静かに、少しずつ、
自らの技を童子に伝え始めていた。
夏が過ぎ、虫の音が草陰に響く頃――
童子は、風の中に、かすかな郷愁を感じていた。
池の岸辺で見たアメンボの群れ。
丘の草原に寝転び、蝉の声を数えた日々。
あの草の匂い、遠く響く雷鳴の音。
そのすべてが、もう戻らない。
だが、心の奥底で、童子は胸を躍らせてもいた。
旅の途中で見た、見知らぬ山々、
果てしなき大海原、そして見果てぬ空。
そのすべてが、童子を引き寄せてやまなかった。
壮元は、そんな童子の姿を見つめていた。
──尊き血が、荒ぶっておる……
そう思うと、
和尚の胸は、ひそかに痛んだ。
(つづく)




