第1話「童子と七人の忍び」
宇治の東、黄檗山のふもとに、
ひとつの寺がある。
小さな堂宇。僧はひとり。
壮元と名乗る。
その夜、寺の裏手に、黒ずくめの一団が現れた。
忍びである。
そのうちのひとりは、風呂敷包みを抱えていた。
中には、眠る童子。
「やんごとなきお方の一粒種――お預かり頂けませぬか」
そう言って童子を差し出した忍びの声は、女のものだった。
壮元は、しばし無言で童子を見つめた。
「この子の名は、真名井と申します」
くノ一がそう言い置くと、ほかの忍びたちは一斉に傅いた。
「我ら共々、匿って下されば
――この子は、必ず守ってみせます」
女は静かに被り物を取った。
闇の中、その瞳だけがかすかに光っていた。
壮元は黙って頷き、童子を抱き上げ、
薪の煙が漂う本堂の奥へと運び入れた。
それから、幾年。
童子は育った。
名を口にすることは少なく、笑うこともなかった。
だが、よく見え、
よく聞き、よく走った。
壮元は、ときに思った。
「……この子は、外の理を持たぬ」
世が移ろうとも、童子はそのまま、
静かに、時を刻んでいた。
だが、慶安四年(1651)。
油井小雪の乱が起こる。
明再興への援軍を断った、亡き家光への恨み。
あるいは、幕政への異議。
紀伊、十津川から熊野に至るまで、
幕府は山野の寺を検分し始めた。
黄檗山にも、その手は及んだ。
壮元は、童子とともに山を離れる。
付き従うは、七人の忍び。
火影、水影、木影、金影、
土陰、月陰――この二人はくノ一。
そして、統率者・日影。
彼らは、七曜の影と陰を名乗る者たちである。
熊野から、大台ケ原を越え、
やがて、天川の奥地・早瀬村へと辿り着いた。
そこに、人里離れた廃寺があった。
壮元は、そこで再び炉に火を入れた。
童子は、何も問わず、ただ山を見ていた。
やがて、月日が流れる。
童子は走り、木に登り、鳥の声に耳を傾ける。
あるとき、壮元が言った。
「……お前は、風の音に返事をしておるな」
童子は、はじめて、微かに笑った。
(つづく)




