第15話「天川、白煙に沈みて」
月は高く、天川の流れは静かに続いていた。
火竜は、その船体のほとんどを水に沈め、
ただ一本だけ、切り残された枝を水面に浮かべていた。
その枝が、渓流のうねりに揺れながら、
火竜の存在を微かに知らせている。
岩の間をすり抜け、幾度か転覆しかけながらも、
火竜は前進を続けた。
と、不意に崖の上、燃える松明の陰に敵兵が姿を見せた。
「あれを見ろ、大木が流れてくるぞ!」
「いかにも怪しい。打て――!」
数本の火縄銃が火を噴いた。
「ダッダッダ」と鉛弾が火竜の外皮を叩く。
だが、そこは木影の造作。真名井の身を覆う蓋板は、
厚さ十数ミリの板を、
組子細工の要領で重ねた滑り戸構造である。
表面が穿たれようとも、弾は深く届かない。
さらに火竜は速度を上げ、天川の激流に乗っていく。
だが、敵も増援を呼び寄せ、
さらに多くの火縄銃が一斉に火を吹いた。
次の瞬間――ドーンッ!
火竜の舳先が破裂した。
白煙が渦巻き、まるで竜巻が立ち上がるかのようだった。
「やった! やったぞーッ!」
敵兵たちの歓声が、谷に木霊する。
火竜は水面に沈み、そのまま白煙の中へと姿を消した。
夜が明けた。太陽は真東からわずかに逸れ、
伊勢の海へと昇っていく。朝靄のかかった天川下流――
そこに、火竜の残骸が流れ着いた。半ば水没した艇の舳先。
その上蓋は破れ、火薬で吹き飛ばされた痕跡が残っていた。
「見えたぞ! あれだ、火竜だ!」
川岸へ寄せる人影が、ひとつ、ふたつ、みっつ……。
七曜の忍びたちだった。
岸に押し上げられた火竜に、木影が飛びつく。
「和子ーー!」
蓋を開くと、そこには身を丸めて横たわる真名井の姿。
「う……ん」
かすかに身じろぎする。
「おお、大丈夫だ!」木影が叫ぶ。
「当たり前だ、俺の造作で火縄銃など通るものか!」
「だが、貴様の言った通りだったな。
敵に見つかれば、船首の火薬が破裂して……」
「煙に巻いて、姿を消す。それが忍びの理よ!」
ふと、背後で音がした。
振り返ると、壮元和尚が岩の上に立っていた。
その目は、遠く伊勢の海を見つめている。
「和子……いや、真名井。おぬしの行く先は、まだ先にある」
真名井は立ち上がり、顔をあげた。
「さらば、太陽の道……」
その言葉を風がさらったとき、朝日が天川を照らした。
いかなる隔たりもなく、広く地上を照らす陽光――
その東に向かって手を合わせる面々……
真名井、和尚、そして七曜が、静かに祈りを捧げた。
「我ら、永遠なる泰平の地を目指して――」
―― 第一部、完。




