第11話「決戦の火前」
月陰が寺の座敷に地図を広げた。
手描きの山脈と川筋、そして赤の小石が五つ、並べられた。
「敵勢、およそ三百。津城・松阪城より出陣。
二手に分かれ、三日後には、獣道と川上の峠へ到達と見られる」
沈黙が降りた。
壮元が、地図の上にそっと指を置いた。
「……あの村を守る。これが我らの戦。
あの村は、“太陽の道”を護る日輪の里――。
村人に兵を出させることはしない。
だが最悪、避難は必要だ。水影、頼む」
水影が頷いた。
「女・子を北谷へ移し、そこから川へ……」
その顔に、ニヒルな笑みが浮かぶ。
なにか秘策があるのだろう。水影は拳を握った。
「火影、獣道に罠を仕込め。
今回は“迎え撃つ”のではなく、“崩す”ぞ」
「心得た。火薬はまだある。木影と連携する」
金影が、地図を見つめながら言った。
「竹を再利用し、斜面に“突き落とし槍”を設けよう。
獣道を登った敵に下からの刺突――逃げ場を失わせる」
「土陰は、負傷者の処置に回る。
だが、いざとなれば表へ出て――」
土陰は無言で頷いた。手の中には、鍬があった。
そして――。
「俺も、やる」
和子の声が、座敷を凍らせた。
その声音には、少年のあどけなさはなかった。
皆の目が、ひとりの童子に集まる。
「俺のせいで戦が始まった。
乙女一人を助けて、三百を呼び込んだ。
なら、今度は三百を一人で返すぐらい、やる――」
壮元は、和子の目をじっと見据えていた。
「では、命を懸けるか?」
和子は、黙って頷いた。
そのとき、月陰が初めて、微かに目を細めた。
「では、“陽動”を任す」
月陰が言う。
「敵の本隊が獣道へ差しかかる前に、“目”を向けさせよ」
和子は、地図の端を指でなぞった。
「……ここだな。大杉の崖道。
そこから光を使って、奴らを引き寄せる」
作戦が決まった。
獣道に火影と金影が潜み、
斜面に木影と月陰。
水影が川筋を押さえ、
土陰が村の奥に待機。
そして和子が、戦の“最初の一手”を打つ。
誰も言わなかったが――
これは、“日の名を背負う”者の、最初の戦であった。
村は“太陽の道”を護る日輪の里。
火前――
炎の幕が開く、その直前の静けさが、
座敷を包んでいた。
(つづく)




