殿下って、冗談が通じないの?
殿下の顔を見た瞬間、ついつい思ってしまったの。ああ、これで大久保さんエンドはないわ。
そんな不埒なことを考えている間に、殿下は安堵の笑みを見せて下さった。
再び外へ向かう殿下の背中に向けて、
「これから、どうなるのかしら」
ため息ともつかない不安をこぼす。
「もうしばらく、お待ちくださいませ妃殿下」
気丈な言葉を紡ぎながら、トレーシーが向かいの席に座り込む。
「大丈夫?」
「お気になさらず」
「そう」
うん。彼女の顔だけど、むごく青ざめている。疲れを隠し切れないのも、無理ないわよね。
そうそう、異世界でも『実況見分』ってあるのかしら。それ以前に、『警察機構』が存在するのか分からないけど。
肩で息を整えるトレーシーを見ているうちに、
「それよりも、お茶会はどうするの?」
私は重大な案件を問いただした。
「延期か中止しかないわよね」
念を押す私の言葉を聞いた途端、トレーシーが背筋を伸ばす。まあ、こんなありさまでは、覚えている方が無理ゲーだよね。
「どちらにしても、先方への詫び状を手配するべきだわ」
「その通りにございます」
「殿下にお伺いを立てないと」
招待を受ける側の都合を鑑みると、延期より中止が妥当よね。この状況下でも出来ることを優先させなくては。
そんなことを、考えていた時だった。
「私もこれに乗ることになったよ」
「はい?」
前触れのないまま、殿下が私の隣に陣取る。こんな展開、私は聞いていないわよ。借りて来た猫の如く、私は全く身動きが取れない。
座席の隅で縮こまっていれば、馬車が少しずつ向き直る。誘導役の声に応じて馬が嘶いた直後、車輪はゆっくりと動き始めた。
ようやく、野次馬の喧騒も遠ざかる。
私達も落ち着いた頃合いで、
「この馬車を襲ったのは、どうもオスカーの取り巻きらしい」
殿下が重い口を開いた。
「左様にございますか」
視線の先に映る長い足を見ながら、私はボソッとつぶやいた。
『グランドバシリカ』に幽閉された廃太子を、神輿に担ぎたい。その手の輩が、いるみたいな口ぶりだわ。
「兄上を慮って、他国へ逃がす算段だったが……」
余計な温情をかけていたら、ますます危険がつきまとうかもしれない。沈痛な面持ちの殿下は、それっきり口をつぐんでしまった。
他のテンプレでの『ざまぁ』って、鉱山送りとかアマゾネス女王様への貢ぎ物扱いが定番だけど、『星ラス』はそこまで踏み込んではいない。
何がいいかな♡
こんなこと、考えていい訳ないじゃない。自分の嫌な性癖を殿下に知られまいと、私は車窓に目を向ける。
そのタイミングで隣から、
「君はどうしたいのかな」
想定外の質問が飛び込んで来た。
そこって、私が選んでもいいの。
「あの」
「遠慮なく言ってごらん」
殿下の尊い笑顔がそら恐ろしいって、絶対に気のせいだよね。トレーシーに視線を向ければ、急に知らんぷりしちゃうなんて。どうしよう。
んーー?
追放系のテンプレって確か。
「どこかのダンジョンにでも、置き去りにされてみては……」
思いついたままを、私はうっかり口にしてしまう。
ランキング上位の定番、『俺をダンジョンに置き去りにした勇者パーティーに必ず復讐してやるぜ』系を、応用するなんていかがかしら。
「ダンジョンの奥底に追放か……兄上に提案してみよう」
ウソ。そんな風に簡単に決めてしまってもいいの? 殿下の含み笑いが凄絶に美しいわ……なんて、うっとりとしている場合ではないわ。
このお方に冗談ってモノ、通じないのかしら。殿下の即決ぶりに、私は何も答えられなかった。