まさかの襲撃の後で。
里帰りの猶予も終わり、サウスミンスター邸に戻ることに。見送りの列を労いつつも、私はウィンクス侯爵家の正門へと歩き出す。
小径の両脇を彩る季節の花々を見て、トレーシーが珍しく微笑んだ。
「お体には重々、気をつけて」
義母のさりげない気遣いに、
「お義母さまも」
私はありきたりな言葉で答えた。
義母のすぐ隣では、ルイスがしんみりとしている。
「やんちゃばかりしてダメよ」
「はい。お姉さま」
涙混じりの声にほだされて、私はルイスを優しく抱きしめた。
「よろしいでしょうか」
トレーシーに促されるがまま、私はゆっくりとルイスから離れる。後ろ髪を引かれる思いで、私は正門へと足を向けた。
荷物を括りつけた馬車が、正門の外で待機している。振り向くことすら叶わないうちに、私は定位置に腰を落ちつけた。
別れを惜しむ私を慮るのか、馬車はゆっくりとすべり出した。
大通りに出た当初、遅々として進まなかった馬車だけど、どうにか流れに乗ったみたい。
あまりにも退屈過ぎて、ついつい、私はまどろみそうになった。
そこをすかさずトレーシーが、
「お屋敷に戻られたら、明後日のお茶会の……聞いていますか」
たしなめるように語尾を強めた。
「えっ。お茶……会の采配ね」
あわてて取り繕う私に対して、
「しっかりして下さいませ」
呆れた様子で花序のは天を仰ぎ見る。
トレーシーったらもう、そんなに怒らなくてもいいのに。
大体のスケジュールなら、頭に入っているわよ。融通の利かない相手のお小言に、私はため息をもらした。
晴れの日だけあるのか、馬車は立ち止まりそうな気配はない。トレーシーの目を盗みながら、私は車窓から外の景色を眺めたりする。
あれれ? この揺れ方、何だかおかしいわ。眼前のトレーシーですら、唖然とした形相で目を見開いている。
「何だか……」
「妃殿下。姿勢を低くして……」
トレーシーの指示通り、私は衝撃に備える。馬が甲高くいなないたかと思えば、私達を乗せた車はほんの一瞬だけ浮遊した。
「ウソ。倒れるの」
「落ちついて下さいませ」
叱責と同時にトレーシーが、私の体を抱きとめる。彼女がこうしてくれなかったら、横すべりする車の中で、私はのたうち回っていたかもしれない。
「くれぐれも、外を見たりしてはなりませんわよ」
はいはい。分かっているわよ。外の状況把握はトレーシーに任せるとして、私は身をひそめるしかなくてよ。
ふと、私の脳裏に『紀尾井坂のアレ』が過ぎる。人気少年漫画みたいな感じで、私も大久保さんエンドを迎えるのかしら?
外がにわかに、喧騒を増していく。野次馬の発した声に、私は首をもたげてしまう。
「妃殿下」
トレーシーの声に思わず、私は肩をすぼめる。でも、外で人が倒れているって言うじゃない。
大通りを占拠する車の中で、私達はどれくらい待たされただろうか。
待つだけの身の上って、つらいだけだわ。
「どけっ。殿下のお成りだ」
男性が大声で、『殿下』って言ったわよね。空耳じゃない。私は反射的に扉の方へ顔を向ける。
「アナベル。無事なのか」
扉が開いた途端、あわてふためく殿下の問いに、
「はい」
私は冷静に答えた。
「怪我はないか」
「どこもぶつけてはおりませんわ」
肩で息をつく殿下に、私は身構えてしまう。
「無事でよかった」
そのようにおっしゃる殿下を、私は他人事のように眺めた。




