ちょっと不可解な夕食会。
――リンゴンリーン……。
柱時計の針が上下を指すと同時に、重い金属音が鳴り響く。
私の前に立つハンスが、
「お話は、もう、よろしいのでしょうか」
静かな声でねぎらう。
「ええ」
私のあいまいな返事にうなずくと、そそくさと前に進んだ。
先ほどとは逆の順路で、私は長い廊下を歩き出す。
私の母は、世間で言うような『悪女』ではなかった。これだけでも、充分満足するべきよね。
かくしゃくたる立ち振る舞いのハンスに誘われて、私は階下に続く方へ足を伸ばした。
淑女たる常もあり、どうしても歩みは進まない。ハンスの肩越しに映る、義母とルイスの後ろ姿に、私は少しだけ安堵した。
食堂に鎮座するテーブルの中央には、小花がひっそりと飾られている。橙色の光がきらめく中、テーブルを回り込む形で歩いた。
「お嬢さま。こちらへ」
私は義母の隣に座り、無作法だけど上目遣いでルイスの様子を伺う。やんちゃ坊主が、大人しく椅子に落ちつくのか。行儀よくしてくれたらいいのだけど。
給仕役に促されるがまま、私達の身支度が整った頃合いに、
「ご主人さまがお出でになりました」
ハンスの声が木霊した。
謹厳な態度で食卓に臨む父を認めて、私達は祈りの時間を迎える。
トリスタニアの貴族の家々では、神への贖罪の文言に違いがあっても、祈りを欠かすような真似はしない。
「神のお恵みに祈りを捧げます」
黙して瞳をとじたまま、みなが父の声に耳を傾けた後、
「……捧げます」
神への謝辞を述べた。
家族そろっての食事でも、あちらの『一家団欒』とはほど遠いわね。口をはさむことすら叶わない。
はい。ひたすら、食すのみよ。
「旦那さま。よろしいでしょうか」
家族から当主への言伝なら、些細なことでも執事を通す。古くからの習い通り、ハンスは父の耳元に口を寄せた。
「うむ。セシル、用件を述べてもよいぞ」
あら、珍しいこともあるのね。『元祖塩対応』な父が、家族からの申し出を許すなんて。
「王立芸術院でのセレモニーが、半年後にございますの」
義母の玲瓏な声色に、父が驚いた風体で目を見開いた。
「ああ、そうか」
あら。そんなに驚くことでないわ。毎年の恒例行事だもの。
「これを機にアナベルのドレスを、新調しなければなりませんわ」
はい? そんな話を、今ここでするの。ルイスも驚いているわよ。
「そうか。その手があったか」
ええっ。何なの今のって。
動揺仕切りの父に反して、粛々とスープを口に運ぶ義母を交互に見比べるうちに、不埒な思いが脳裏を過ぎる。
お二人とも私の知らないところで、何かを企んでいたりするの? 殿下との婚礼はまだ先だけど、その前にドレスを新調するなんて。
「こちらに、仕立屋を呼びますので、ご了承下さいませ」
「ああ。あの仕立屋だな」
「はい。あの、でございますわ」
『あの』を強調する義母の声が、とても怖いわよ。
大人の話について行けず、キョトンとするルイスを父が急き立てる。
ドンマイ。私の弟くん。
あら、いけないわ。ぼやぼやしていられない。腑に落ちないながらも、私は無言で料理を頬張り続けた。