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馬鹿勇者の邂逅と要塞都市アベイドへ

「王城‥‥ですか?」


キョトンとした顔で確認するサクヤにカイトは頷く。


「あぁ、礼を言いたい奴がいる」





ため息を吐きながら王城の廊下を歩く影が一つ。


「はぁ~」


ルミネだ。今、彼女が悩んでいるのは勇者についてだ。彼らは勇者という身分を利用して王城のメイドに関係を迫る事が幾度となく発生した。


「本当の勇者なんているはずないのね」


ルミネは幼い頃から勇者のおとぎ話が大好きだった。物語の勇者は強く真っ直ぐで正義感が強い。いつの日か勇者に会いたいと願っていた。なので、勇者が召喚されると聞いて大喜びした。だが、ルミネの期待は裏切られた。召喚された勇者は流石といえる戦闘能力を持っていたが、それを笠に着てやりたい放題。


「そう考えるとカイト様は紳士でしたね」


自分に媚びたり色目を使わなかった一人の勇者を思い出す。能力こそ低かったが召喚されても動じない冷静さと優れた洞察力を持っていた少年。


ルミネはあの夜離れたことを後悔していた。カイトが災厄の孤島に転移させられた次の日、朝食に来なかった彼を不思議に思い、部屋に行くと蛻の空だった。嫌な予感がした彼女は即座に父に聞きにいった。返ってきた答えはカイトは足手まといになるだけだから旅に出るというものだった。問いただそうとしたが、彼の目が言外にこれ以上聞くなと告げていたので引き下がるしかなかった。


(おとぎ話の勇者なんて幻想なのね)


ルミネは自嘲気味に笑った。すると前から足音が聞こえた。


「王女様。こんな人気のないところ歩いてたら危ないですよ」


下卑た笑みを浮かべながら歩いてきたのは、勇者の中でも特に素行が悪い杉本とその取り巻きが五人だった。


「ご忠告ありがとうございます。スギモト様。それでは引き返すとしましょうか」


ルミネはそう言って踵を返そうとするが、杉本が回り込んでいた。勇者の力が腹立たしく感じたのが何回目かも覚えていない。


「忠告した礼を貰おうかな、王女様」


杉本がルミネに向ける視線は体中舐られるような不快感があったが努めて顔に出さないようにした。


「でしたら父に言っておきますね」


「そんなことしなくていいよ。今から体で払って貰うから」


盗賊のような言葉を言うとポケットからナイフを取り出し、脅すように突きつけた。


(やはり勇者なんて幻想なんですね)


ルミネはなにもかも諦め、目を瞑って理不尽を受け入れようとした。


「勇者がなに暴漢みたいなことしてんだよ」


突き出された手は横から出ている手に止められていた。


「カイト様!?」


そこにいたのはカイトだった。後ろには当然ながらサクヤも控えていた。


「チッ、なんでテメェがここにいる?」


手を振りほどき後ろに下がる。一瞬、取り巻き達に目を合わせるとカイトとサクヤを囲むように移動する。


「何、ルミネにお礼を言いに来ただけだ。にしても随分歓迎されてんな」


「そうかい。幸いテメェは旅に出て行ったことになってるテメェを殺した後にそこの女も俺が貰ってやるよ」


取り巻き達もサクヤに視線を向ける。


「神威」


カイトの呟いた一言が杉本達に抵抗すら許さない重圧を与える。杉本達は立つことが出来ずに、這いつくばった。全身から汗が吹き出て、手足が震え、呼吸が止まる。


ルミネは何が起こったのか分からずにカイトを見る。そこにはただただ杉本達に冷徹な視線を向けるカイトがいた。


「神威解除」


体中を押さえ付けられるような重圧が消え、必死に呼吸をする。杉本達はカイトを忌々し気に見つめる。だが、当の本人は気にする様子もなくルミネに近づく。


「久しぶり、でもないか。二週間ぶりぐらいか。ただいま、ルミネ」


つい先程の冷徹な目ではなく、温かみのある目だった。ルミネはそれを見て安心したようで微笑みながら言った。


「おかえりなさい、カイト様」




廊下を歩きながらサクヤ、カイト、ルミネが歩く。話は当然、カイトの話だ。


「そっ、それは大変でしたね。この国を代表して謝罪いたします」


カイトから災厄の孤島やサクヤのことを話すとルミネが頭を下げる。


「頭を上げてくれ。ルミネのくれた指輪で生きていけたんだ。ありがとな」


和気あいあいと話しながら向かうのは謁見の間だ。王が居るとルミネから聞いて行くことにした。


荘厳な扉の前。装飾が施された扉に手を当てると軽く押す。ギギィーと音を立てながら開く。


「っ!?篠原!」

「えっ!」

「ホントだ!」


口々に聞こえるのはクラスメートの声。なぜか勇者が揃っていた。


「ソナタ!何故生きている!」


玉座から偉そうな声が聞こえる。見ると、驚きで顔が醜くなっているダッグがいた。カイトはダッグに神威でもぶつけてやろうかと考えていたが、勇者達を見て悪い笑顔をした。


「王様に感謝申し上げるため参上致しました。貴方様に災厄の孤島に送られた為に地球に帰られる手掛かりが見つかりましたので、報告にと思いまして」


カイトの言葉に謁見の間が静寂に包まれ、次いで溢れんばかりの大歓声が響いた。予想通りとばかりにニヤリと黒い笑みを浮かべる。


「帰れるようになり次第、サクヤと二人、この世界から出て行こうと思います。本当にお世話になりました」


最後の一言はダッグに向けて威圧を放つ。ダッグは威圧で黙りこくり、クラスメート達は呆然と立ち尽くす。


「今のはどういうことだい?篠原君」


皆が呆然としているなかいち早くカイトの言葉を受け止め、意味を理解したのは勇者の能力が一番高かった宮村啓汰だった。笑っているが目が笑っていない。


「どういうことって、言葉通りだが?」


カイトは啓汰の怒気を孕んだ声を受け流す。その適当な様子に笑顔が軽くだが崩れる。


宮村の言葉か、カイトの言葉が原因か分からないが辺りからも怒号が飛び交う。


「黙れ」


喧騒の中、自分以外の声が聞こえない程の大声を出していたはずなのにカイトのその小さな声が明瞭に耳に届く。


「虫が良すぎると思わないのか?学校のいじめを見過ごし、ステータスを見ては嘲る。逆になんで連れて行って貰えるなんて思ったんだ?」


カイトの言葉に口ごもるクラスメート。だが、納得がいかないのかさっきより勢いが弱いながらも反発の声を上げる。


「それは悪かったと思っている。だが、それとこれとは釣り合わないと思わないか?」


尚も食い下がる啓汰にカイトは鬱陶しげに返す。


「全くもって思わない。考えを曲げるつもりはない」


「そうか。なら、力尽くで言うことを聞いて貰うよ」


そう言って剣を抜く。煌びやかな装飾。一見飾りのように見えるそれは確かな切れ味を持っている。


啓汰の行動に従うように一同武器を抜く。カイトは何もせず突っ立てるままだ。


「「「はぁぁあ!!」」」


カイト目掛けて己の武器を振るう。


「神威」


カイトは自身の半径五メートル内に限定して神威を発動させる。


「「「ぐっ」」」


当然、神威の効果内に入った者は動けるはずもなくその場に平伏す。


「近距離で戦うな!後衛、魔法の詠唱を!」


啓汰が指示を出すと杖を持った男女が詠唱を開始する。前衛組は時間稼ぎに衝撃波や短剣、初級魔法を放つが意味をなさない。


「はぁ。これで勇者とかふざけてんのか」


威圧も何も使わないカイトだが、そこから出る確かな殺意は勇者の行動を鈍らせる。


「魔法放て!」


カイトの殺気に耐えて詠唱を完成させたのは賞賛に値するが放たれる魔法は大したことはない。


色とりどりの魔法が飛来する。それをカイトは気だるげに腕の一振りで吹き飛ばす。


唖然とする勇者達。だが、カイトの追い打ちは止まらない。


「これが本当の魔法だ」


手を上に掲げると何もない空間に火、水、土、風、闇、光、雷、重力の球が浮かび上がる。どれもが超級魔法以上の魔力を持っている。それを無詠唱で同時に八つも出すなど人間業じゃない。力の差を思い知り、後衛組が膝からくずおれる。


カイトは魔力を散らすように掲げていた腕を振る。


「俺が地球に戻る邪魔をするなら殺してやるからな。サクヤ、行くぞ」


「分かりました」


サクヤはカイトに掴まると同時、その場から姿を消す。


辺りを静寂が支配する。かつて皆から嘲笑われていた一人のクラスメートに勇者としてのプライドを粉々にされた。誰もがしばらく茫然自失としていた。




「なぁサクヤ。あれはなんだ?」


「あれはリグルという果物です」


ついさっきまで修羅場のど真ん中にいたとは考えられないほど弛緩しきり、王都を観光していた。今、カイト達がいるのは商業区だ。


露店や屋台などブラブラと回る。日本のフリーマーケットのようだが、規模が違う。行き交う人も多く、人ごみをかき分けて歩くのは大変だ。


「カイトさん、はぐれないように」


サクヤが手を差し出す。少々気恥ずかしさもあったが、手を握る。旅に必要そうな物や雑貨などを購入して、そのまま別の場所へ行く。


その後、武器や防具、魔道具などが売っている冒険者区、高台や時計台などがある観光区を歩き、人が少ない公園で休憩をしていた。


夕陽が差し、朱色に染まっている公園。カイトはいくつか並んでいる内の一つのベンチに腰掛ける。サクヤもカイトの横にゆっくりと座る。


果物屋で買ったリグルを指輪から二つ取り出し、一個をサクヤに渡し、カイトは手に持つリグルを齧る。リグルは芯のないリンゴだった。


「サクヤって結構何でも知ってるな」


カイトがしゃくしゃくとリグルを食べているサクヤを見る。


「よく買い物に行っていた商業都市で覚えただけです」


「なるほど。答えたくなかったら答えなくて良いんだが。サクヤって今何歳なんだ?」


なんとなく女性に聞きにくい質問をしてみた。普通なら渋ったりするところだがサクヤは特にそんなことはなくサラリと告げた。


「171歳です」


「龍人族の寿命は長いのか?」


「はい、だいたい500歳まで生きます」


「凄いな。俺ら人族は大体70歳ぐらいか?」


「そうですね。あとレベルで寿命が変わると聞いた事があります」


「なら、長くサクヤと居ることができるな」


サクヤと一緒にいることは決定事項なのか。プロポーズのような言葉を恥ずかしげもなく伝える。サクヤは少し頬を紅潮させながら笑って答える。


「ふふふ。そうなったらいいですね。そういえば、謁見の間で言ってましたけど私もカイトさんがいたチキュウ?というところに連れて行ってもらえるんですか?」


「あぁ。帰りたくなったら移動ですぐ帰れるしな」


「行ってみたいです。その時はカイトさんが案内してくださいね?」


「任せとけ」


「楽しみにしてます」


そう言ってベンチから立ち上がるとクルリと回り、カイトに微笑む。その顔に思わず見惚れてしまう。


「カイトさん、早くしないと置いてきますよ」


サクヤが歩き出すのを追うようにカイトも歩く。





「すいません。先に宿を決めておけばこんなことには‥‥」


プシューと音を立てながらベッドの上で縮こまる。


「気にするな。忘れてたのは俺も一緒だ」


カイト達が今居るのは宿屋、白銀亭の一室。二人で一室だ。


これには理由がある。公園を出た二人は宿を決め忘れていることを思い出し、慌てて宿を回った。だが、空いている部屋はなく、何軒か回ってようやく白銀亭を見つけた。二人部屋が丁度空いていた。部屋は綺麗にされていてなかなか広い。


だが、問題があった。


「さて、なんでベッドが一つなんだ」


そうベッドが一つなのだ。サイズはダブルぐらいだ。カイトとサクヤ、二人で寝ても余裕がある。


「サクヤがベッドで寝ろ。俺は床でいい」


「いえ、カイトさんが寝てください」


「さすがに床で寝させるのは‥‥」


二人で寝ればいいのでは‥‥と考えついているが照れてなかなか言えない。手を繋ぐまではいいのだが、一緒に寝るのは抵抗があるようだが、このままではいつまで経っても決まらないと意を決して口を開く。


「「なぁ(ねぇ)‥‥‥」」


また黙ってしまう。下の食堂から聞こえる冒険者達の声が恨めしく思える。


「サクヤ。サクヤが良いなら一緒に寝るか?」


「‥‥‥はい」


確認を取ったカイトはベッドに座る。枕を抱き締めているサクヤの肩がピクリと跳ねる。


「サクヤ、無理しなくて良いんだぞ?」


「いえ、大丈夫です」


「分かった。明日も早いし、もう寝るか」


「はい」


電気を消して、ベッドに寝る。二人ともベッドの端と端に背中を向けて寝ることにした。カイトは災厄の島での習慣なのか寝るのが異様に早くすぐに寝息を立てる。サクヤはそれを聞いて、安心して深い眠りに入る。




「うっ、う~」


カイトの寝覚めは最悪だった。背中から手を回され力強く締められていた。もちろんサクヤだ。カイトの体からミシミシと嫌な音がなる。防御力が高いカイトだからこそ耐えられているが常人なら真っ二つにされている力だ。


起こすのも悪いので、ゆっくりと抜け出そうとするが、力が強く抜け出せない。この細腕のどこにそんな力があるのか。移動をしようにも触れている相手も移動させてしまう。仕方なく起こそうと肩越しに振り向くとサクヤが幸せそうな顔で寝ている。結局カイトはサクヤが自主的に起きるのを待つことにした。


サクヤが起きたのはそれから一時間と少し経ってからだった。目覚めたサクヤがカイトに抱きついていると知った時、カイトの背中に顔を埋めながら、更に力が強くなった。


カイトが服を着替えるとサクヤが抱きついていた場所にくっきりと痣が出来ていた。サクヤには黙っておこうと心に誓ったカイトだった。



「サクヤ、そんな気にするな」


「う~、痴態を見られました~。もうお嫁に行けません」


カイト達は宿から出て、門に向かっている。サクヤは朝の出来事を引きずって下を向いたままだ。

若干サクヤの言葉を勘違いしてカイトを睨みつける馬鹿どもがいたがカイトはスルーしてサクヤを励ます。


「嫁なら貰ってやるからいい加減立ち直れよ」


「分かりました」


「早ぇーよ!」


サクヤの変わり身の早さに普段滅多に大声を出さないカイトがツッコミを入れる。そうこうしているうちに門の前に着く。だが、堅苦しい検問などなくあっさり通ることが出来た。


「さてと、どこに行く」


門から少し離れた場所で指輪から地図を取り出す。


「そうですね。チキュウに帰るために必要な魔力を集めるなら要塞都市アベイドか、迷宮都市ガルドフィルですかね?」


「じゃあ、近いアベイドから行くか。途中の魔物からもステータス奪うから半殺しで頼む」


「分かりました」


腰に差している刀の柄を手で弄りながら答える。サクヤの今の恰好は黒い着物に刀を帯剣している。カイトはトウヤの刀|(サクヤから武器は使われた方が喜ぶと言われ受け取った)と災厄の孤島にいた黒い狼から取った革で作ったロングコートを着ている。全身真っ黒の二人。なかなか怪しい。





「サクヤ。森を通った方がいいか?」


歩いて数時間後、カイト達は森に差し掛かっていた。その森は誰もが避けたくなるほど不気味だった。上から太陽が照っているのに木と木の先が見えない。雑草が胸元まで生え、枝は乱雑に伸びている。


「ここを通ればアベイドに早く着けます。魔物も住んでいるので、魔力を集めるられます」


「そっか。なら行くか」


カイトとサクヤ(ばけものたち)には関係ないようで風魔法を纏うと草木を切り刻みながら進んでいった。


「敵が来るな。五体、この反応なら猿か?」


カイトの気配感知が五つの反応を捉えた。



空気が変わる。サクヤが刀を抜く。木々がガサガサッと揺れる。


「キィキィ!」


現れたのは、筋骨隆々の棍棒を持った黒い猿だった。正確に言えば尻尾がないためエイプと呼ぶべきなのだろうが。


一体が木の上から棍棒をサクヤに振り落とし、一体が茂みからカイトの顔に石を投げる。ブオンと風を切る音から威力が高いのが伺える。


それを軽く受け止めると手首のスナップだけで投げ返す。


「ギギャ」


茂みの奥から倒れてきたのは肩を大きくえぐられた黒猿だった。その顔は苦悶に満ちている。


「グギャギャ」 「ギィギャ」


左右から棍棒を振りかぶる黒猿。カイトを挟むように横に振るわれるその棍棒は常人なら触れるだけで吹き飛ばされるだろう。だが、カイトは掌で受けとめる。格闘技の一つ、受け流しだ。衝撃を地面に流したからかカイトの足元に亀裂が奔っている。


「「ギギャ!?」」


棍棒を引き戻そうと力を込めるが、カイトに掴まれ抜けない。必死になって棍棒に力を入れる黒猿をあざ笑うように力を込めると棍棒がまるで飴細工のように簡単に割れる。その隙を突くようにカイトが雷魔法を手に纏い、二体の頭を鷲づかみにする。体を焦がすように流れたその電流は意識を刈り取る。


黒猿を倒したカイトがサクヤを見ると倒れているサクヤがいた。



一方、サクヤは二体の黒猿を相手取っていた。連携を取り、一撃離脱を繰り返す。一撃与えては離れ、深追いしようとするともう一体が背後から棍棒を振り下ろす。それを受け流して、刀を振り抜こうとするが、横から石を投擲される。


攻めあぐね、苦し紛れに刀を振るうと手痛い反撃を貰う。


「くっ」


また一つ打撲傷が増える。一歩後ろに下がり、ダメージを殺すが完璧には殺せずにその白い肌が青く染まる。一撃与え、隠れる。サクヤは気配感知のスキルがあるが、相手の持つ気配遮断スキルの方がレベルが高いために気配がわからない。


茂みから石が投擲される。しゃがんでかわすと木から飛び降りた黒猿が棍棒を力一杯振り下ろす。慌てて、転がってかわす。棍棒が当たった地面が爆ぜる。砂煙が舞い、視界が狭まる。


猛烈に嫌な予感がして後ろに飛び退くが遅く、黒猿の跳び蹴りが腹に刺さる。幸い、後ろに跳んでいたからか致命傷は避けた。それでも威力が高いことには変わりなく、木に背中を打ちつける。


霞む視界にカイトの背中が映る。


「よく頑張った。後は俺に任せろ」


カイトが飛んでくる石や木の枝を粉々にして叩き落とす。


サクヤは自分に問う。これでいいのか。サクヤは答える。嫌だ。


重たい体を動かす。指一本動かすだけで痛みが全身を駆け巡る。それを気合いで抑える。


「カイト‥‥私がやるわ」


「‥‥‥分かった。戦ってこい。危なかったら助けるからな」


サクヤが刀を鞘に収め、足を斜めに大きく広げる。そして、集中するように目を閉じる。


茂みから石が飛んでくる。サクヤはかわす様子を見せない。


「ハァ!」


石が刀の間合いに入ると同時、石が八つ裂きにされる。サクヤがニつの刀技に目覚める。自身の間合い内の空気や魔力の流れを読み、攻撃の軌跡を読む剣域と剣速を一時的に引き上げる瞬刀だ。


投石はもう意味がないと分かり、即座に殴りかかる。二体の黒猿が棍棒を振り抜く。大きく振り抜いた棍棒がやけに軽い。その違和感はすぐに分かった。棍棒の先端が綺麗に切断されていた。それと同じように自分も切断されていた。黒猿の上半身がズシャリと生々しい音を立てて、落ちる。


サクヤはその場に倒れる。カイトが地面にぶつかる前に優しく受けとめる。


「お疲れさま」




パチパチと木が燃える音でサクヤの目が覚める。上に映るのは満天の星空。下には魔物の毛皮だろうフカフカした感触がある。


「ここは?」


「おはよう、っている時間でもないか。森の外だ」


辺りは暗く、焚き火の明かりしかない。サクヤはガバリと体を起こすとカイトに謝る。


「すいません。私のせいでこんな遅くなってしまって。本当にすいま、イタっ」


頭を下げるサクヤにコツンと手刀を落とす。反射的に言葉が出ただけでそこまで痛くなかった。頭を上げるとカイトが慈しむような目を向けていた。


「気にするな。ほい」


指輪から出したのは、焼きたての串焼きだった。サクヤは「ありがとうございます」と言って受け取るが、手に力が入らずポトリと落としてしまう。


「すっ、すいません」


「気にするな。ほれ、口開けろ」


カイトが気にせず、もう一つ串焼きを取り出すと口元に近づける。「いただきます」と呟くと弱々しく肉を食べるが飲み込めていない。


カイトは布を近づけ、肉を出すようにうながすと渋々肉を吐き出す。


戦闘後なのでなるべく栄養を取らせたいカイトが指輪の中を調べるが生憎と固形物しかない。それもほとんど肉。


「しょうがない」


ため息を吐き出して、串焼きを食べる。幾つか肉を口に含むと噛み解す。十分解れたのを確認するとサクヤに口づけをする。舌を絡ませると肉を流し込む。


「サクヤ、飲み込めたか?サクヤ、お~い」


口移しをやめ、サクヤの顔をのぞき込むと、頬を赤らめぼんやりとしている。呼びかけても手を振ってみても効果がなく、頬をペチペチ叩くとようやく意識を取り戻した。


「サクヤ、大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です」


「そうか、ほれ」


指輪からコップを取り出すと水魔法で水を入れる。冷たい水が意識を覚醒させる。


「まだ肉食うか?」


覚醒した意識が今の言葉を聞き逃すことなく、サクヤの脳に届ける。言葉の意味を理解したサクヤがブンブン首を振る。


「いえ、もう大丈夫です」


「そうか。今日はもう寝ろ。疲れは明日に残すなよ」


「分かりました。カイトさんは?」


「俺ももう寝るよ。幻覚魔法と闇魔法で俺等の姿は見えないから安心して寝ろ」


「ありがとうございます。お休みなさい」


「お休み」


毛布にくるまり、何から何まで任せっきりで申し訳なく思いながらも戦闘の疲れから眠ってしまう。


カイトはサクヤの寝息を聞いてから立ち上がり、なおいっそう不気味になった森へ向かった。


森の中は視界が悪く、全く何も見えない。カイトは音波魔法と振動魔法を使い、ソナーのように魔力を放射する。音波で大体の地形を把握し、振動で敵の位置を探る。


「見つけた」


カイトは視界に頼らず、音波を放射しながら進む。すると、地面から弱々しいが、振動が伝わる。気配を遮断して、音を立てないように近づくと振動魔法を使わなくても敵の位置を把握できる距離まで忍び寄った。


カイトは光魔法、光弾を周囲に展開して、固定する。姿を現したのは森と同化したような色の兎だった。後ろ脚が発達したその兎は急な明かりに驚き、逃げる。


パンッパンッ


秒速百五十キロの弾丸は的確に森兎の脚に着弾した。貫通することなく、体に入り込むように溶けていった。


カイトが痙攣している森兎からステータスを奪うとササッと解体する。


次に発見したのは、巨大なカブトムシだった。攻撃は単純な突進だけだが、威力は高い。


カイトは突進によって強力になったその凶悪な角を真正面から受け止めると、体内に振動を送る。体内をかき混ぜられた巨大カブトムシは重厚な音を響かせ倒れた。


手早くステータスと素材になりそうな部位を奪うと闇に消えていく。


他にも地面から奇襲をかけたが、かかと落としを喰らい、返り討ちにされた哀れな土竜。


影を次から次へ移動して襲ってくる狼。ちなみに光魔法で影を消し、自分の影に雷を流し込んだら感電して倒れていた。


木の上から現れ、たまたまカイトが纏っていた風魔法に切り裂かれ死んだスライム。


それらの魔物を倒し、ステータスを奪い、素材をはぎ取る。


大体の魔物を刈り終え、森を引き返す。光魔法を解除して、音波と振動を頼りに戻る。



「ひぐ、ひっぐ、カイト~」


サクヤのすすり泣く声が聞こえた。急いで戻るとサクヤが子供みたいに泣いていた。姿を見せると、抱き着いてきた。


「捨てないでぇ。なんでもするからぁ~」


嗚咽を漏らしながら懇願するように言う。


(あぁ~。しっかりしてたり、色々知ってたりしても精神年齢はまだまだなのか。父親も亡くしたし、情緒不安定なのかもな。悪いことしたなぁ)


困ったように頬を掻く。


「サクヤ、すまなかった。俺がお前を捨てるなんてあり得ないよ」


「ひっぐ、本当?」


「本当だ」


力強く頷くと安心したのかカイトに体を預けてそのまま寝てしまった。カイトは毛布の上に寝かせるとその横に寝る。これはサクヤに服を掴まれていたからでやましい気持ちはなかった。



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