サクヤの成長
カイトの朝は早い。現在、サクヤに鯖折りされている。前から抱き着かれているため、サクヤの目元が少し赤くなっているのが分かる。
カイトはサクヤの黒髪を撫でる。スルスルと髪が指を通る。すると気持ち良さそうな声を出して、頭をグリグリと押し付ける。抱きしめる力も強くなる。
「カイト~」
頬をツンツンと突いている時に、サクヤが寝言でカイトを呼ぶ。呼び捨てで。
それからサクヤで遊んでいると、うなり声を上げる頻度が高くなった。そして、極稀に言う寝言ではカイトの名前しか出なかった。もちろん呼び捨てで。
「ん~。ん~カイト~おはよう~」
カイトの胸に頭を預けていたサクヤが寝ぼけ目でカイトを見上げると、夢と現実の区別がついていないのか、呼び捨て+タメ口の挨拶をした。
「おはよう、サクヤ」
カイトの挨拶の言葉でサクヤの目がパチリと開かれた。その日、森の魔物が怯えるほどの悲鳴が響いた。
落ち着いたサクヤを座らせ、カイトも横に座る。
「サクヤの寝相の悪さは折り紙付きだな」
笑いながらサンドイッチをサクヤに渡すと、「言わないでくださいよ~」と言って縮こまってもぐもぐと食べ始める。
「なぁサクヤ」
サンドイッチにかぶりつきながら、俯いて答える。
「なんでしょうか?」
「サクヤって夢だと俺のこと呼び捨てなのか?」
「へ?」
俯いていた顔をカイトに向ける。
「いや、いつも寝言だとタメ口の呼び捨てだから気になってな」
「‥‥‥‥」
何も言わず、サンドイッチの最後の一口をパクリと食べた。
「サクヤ~、サクヤさ~ん。」
「‥‥‥‥‥ょ」
口を動かして何か言ったようだが、カイトには聞こえなかった。聞き直すと、顔を真っ赤にして答えた。
「そうですよ!心の中でずっと呼び捨てでした!」
立ち上がり宣言するように言われた一言。少しの間、唖然としていたカイトだが、可笑しそうに笑った。
「アハハハハ、いや~まさかこんなにぶっちゃけるとはな~」
カイトが涙目で笑うのを見て、不機嫌そうにその場に座る。全身から不機嫌オーラが出ている。
「すまんすまん」
カイトは目尻に浮かぶ雫を親指で払うと、立ち上がりサクヤの頭をワシャワシャ撫で回す。カイトの手を掴んで、見上げるとカイトが子を見る親のような目をしていた。
その目は、トウヤのようで懐かしかった。思わず昔のことを思い出すほどに。
「サクヤ、そろそろ行くぞ」
カイトはサクヤに手を差し出していた。サクヤはその手を取ると、立ち上がる。
「それじゃ、行くか」
カイトの背中を見ながら、撫でられていた頭の感触を思い出す。父よりも小さく、戦闘とは無縁そうな綺麗な手。だが、それがとても大きく感じた。手を胸に持っていくと心が温まるような感覚に目を閉じる。
「サクヤ~置いてくぞー」
カイトの呼びかけにハッとして、駆け出す。サクヤがこの気持ちを理解するのはいつになるのか。
「火よ、我が魔力を糧に弾になりて敵を撃て、ファイアーバレット」
サクヤから火の弾丸が放たれる。向かう先はカイトが昨夜倒した巨大カブトムシだ。そのでかい図体では回避できるはずもなく着弾する。全弾当たり煙がでる。
「来るぞ!」
カイトは木の上で優雅に観戦中だ。
サクヤが、今のままでは足手纏いになるからとカイトにお願いして戦わせてもらっている。カイトとしてはトウヤとの誓いとしてサクヤに無理をさせたくなかったが、本人の意思も尊重したい。激しい葛藤の末、サクヤに軍配が上がった。
「はい!」
巨大カブトムシの突進を避ける。軽く距離を取ると、魔法の詠唱を始める。
「土よ、我が魔力を糧に敵を穿て、ロックランス」
サクヤの頭上に魔力が集まる。集まった魔力が岩の槍と化す。発射された槍は巨大カブトムシの硬い甲皮に阻まれ、砕け散る。甲皮には僅かばかりの傷が残されていた。
それを見て、戦略を即座に変える。新たな魔法を構築する。
「土よ、我が魔力を糧に敵を束縛せよ、アースバインド」
巨大カブトムシの足元の土が生き物のように動き、足と角を拘束する。それだけに留まらず、魔力を手に集中させる。
「風よ、我が魔力を糧に敵を切り裂け、ウィンドカッター」
放たれるは風の刃。敵を切り裂かんと飛んでいくが、やはり甲皮を破ることは出来なかった。しかし、サクヤは諦めることなく、アースバインドと並行して魔法の詠唱をする。だが、どれもダメージにはならない。
すると、今まで戦いを木の上で傍観していたカイトが叫ぶ。
「サクヤ、刀で斬れ!援護はしてやる!」
「分かりました」
腰に帯びていた刀を抜く。援護してやるとしか言われてないが、サクヤはカイトを信じて構わず突進する。
「エンチャント:バイブレーション」
その言葉を発した直後、サクヤの持つ刀が微細な振動を起こす。
「ヤァアアア!」
サクヤが地面を強く蹴り、巨大カブトムシに刀を振り下ろす。硬質な音が響く。甲皮を裂くまではいかなかったが、大きく切創を付けられた。
サクヤの魔力の供給が途絶え、アースバインドがボロボロと崩れ落ちて、拘束が解ける。
「風よ、我が魔力を糧に風を宿せ、ウィンドブーツ」
サクヤの足に風が集まり、ブーツを象る。一歩踏み込み、地面を蹴ると先程とは比べようもない速度が出る。
巨大カブトムシがそれしか能がないのだろう唯一の特技、突進をする。サクヤも刀を突き出し、突撃する。
刀と角がぶつかる。一点集中の刺突は巨大カブトムシの角を砕き、脳を突き刺す。
サクヤが刀を抜き、鞘に収める。ステータスを見ずとも分かった。自分が強くなったことを。
「お疲れ」
カイトがコップを取り出すと水を注ぎ、サクヤに渡す。サクヤは魔力枯渇からか息を切らしている。何回か深呼吸し、荒い呼吸を抑え、水をぐびっと飲み干す。
「疲れてるし、サクヤが回復するまで俺が戦うからな?」
「お願いします」
邪魔になる枝や草を切りながら歩くカイトとサクヤ。いっそのこと、風魔法で周囲一帯の木々を切り倒してやろうかとも思ったが根気よく頑張ることにした。
「そういえばサクヤ、魔法の詠唱って決まってるのか?」
邪魔な枝を風魔法で切り落とした時、巨大カブトムシ戦で見せたサクヤの詠唱を思い出したカイトは尋ねる。
「イメージを補強するための詠唱なので人それぞれ違いますが、主流なのは私が使った詠唱ですね」
「恥ずかしくないのか?」
「?いえ、全然そんなことはありませんよ?」
カイトは自分のスキルに感謝する。あんな小っ恥ずかしい言葉を口にしないで魔法を使えることが幸せなことだった。
「グルァァァァア!」
「ある~日、森の中、熊さんに、出会った」
熊に遭遇したとは思えない程余裕そうに音楽を口ずさむ。前にいる熊の戦闘力は灰熊より数段劣っている。
カイトの周りに半透明の剣が十本浮かび上がる。これは刀技の一つ、幻影剣を空中に移動させ、魔力が霧散する前に固定するカイトにしか使えない荒技だ。
「行け」
幻影剣は魔力を削る。斬られれば魔力がどんどん減っていき、魔力枯渇を起こし気絶する。幻影剣を防ぐには魔力を纏わせた武器を使うしかない。
「ガルァァア」
熊の周りを舞うように飛ぶ幻影剣に苛立たしげに爪を振るう。魔物は微量だが体外を魔力が覆っている。爪と幻影剣がぶつかり合う度に甲高い音が響く。
熊の疲労が目に見え始めた。口から荒々しく息を上げ、体が上下する。その間にも幻影剣は熊を切り刻む。ついに熊はドシンと倒れた。
気絶した熊に触れ、ステータスを奪い、毛皮を剥ぎ取る。毛皮に一切傷がないため利用価値が上がる。
「サクヤ、次行けるか?少し先に大蛇がいるぞ」
「行けます!」
やる気満々な様子でやや声を張り上げて答えた。その様子にカイトは頬を緩ませ、背中を軽く押す。
「よし、行って来い!」
「キシャァァア」
体をくねらせながら近づいてくる大蛇。その体長はゆうに五メートルは超えているだろう。
カイトは高みの見物だ。木の上で辺りに魔物がいないか常に気にしながら、サクヤの戦いぶりも観戦。
サクヤは蛇の動きが捕らえられずに上手く攻めることが出来ない。魔法はあまり効果がなく、攻撃手段は刀のみだ。
地を這うように進み噛み付いてくる大蛇の攻撃を横に飛んでかわす。
「ハッ!」
サクヤは瞬刀を発動させ、剣速を上昇させる。放たれた剣撃は蛇の鱗を削ぎ落とす。サクヤがさらに追撃を仕掛けようと、瞬刀をもう一度発動させ、斬り掛かろうとした。
「ギシャア」
大蛇の首が曲がり、その縦長の瞳がサクヤを捉えたのと同時、ウォーターバレットが飛んでくる。
サクヤは即座に後ろに下がり、補助魔法の詠唱をする。あと少しで魔法が効果を表す瞬間、狙ったかのように鞭のようにしなる尻尾がサクヤを襲う。
「グッ」
大蛇の尾はサクヤの体を捉え、抵抗を許さず吹き飛ばす。骨が数本折れ、吐血するサクヤ。吹き飛ばされたその先には木の枝が突き出ている。
「ウインドネット」
カイトの魔法はサクヤの後ろに風を編み込んだような網を発現させ、吹き飛ばされた威力を完璧に殺した。
大蛇が舌をチロチロと出しながらサクヤに近づく。サクヤは刀を杖に立ち上がるが、その動きは鈍い。
「ストーンウォール」
サクヤを隠すように地面が隆起して壁を成す。大蛇はその魔法を放ったカイトを一瞬睨んだが、今は目先の餌を狩るのが先決だと石の壁を吹き飛ばす。サクヤは刀を構えているがフラフラしている。
大蛇が鋭い牙でガブリとサクヤに噛みつく。大蛇が噛みついたサクヤが空気に溶け込むようにその場からかき消える。
これはカイトの幻覚魔法、フェイクダミーだ。一度相手の視界を遮らなければいけないため、カイトはストーンウォールを使ったのだ。効果は対象の幻覚を作り出す。ただそれだけだ。
大蛇は見抜くことが出来なかったが。
「ヤァアア!」
大蛇の首と胴が切り離される。斬られた頭が最期に見たのはサクヤがフラリとその場に倒れ伏す姿だった。
バタリと倒れるサクヤにカイトは木から飛び降り、駆け寄る。カイトはサクヤの体に手を当てて微弱な振動を送る。振動で体内の状態を知ることができる。サクヤは現在、肋骨を三本折り、内臓にもダメージが入っている。
「ヒーリング」
カイトの光魔法、ヒーリングによりサクヤの体が淡い光を放つ。数秒後には光が収まり、完治する。傷は治ったがサクヤは気絶しているため、反応がない。
「よっと」
カイトはサクヤをおぶると森の奥へと歩いていった。襲い来る魔物はカイトの絶妙に加減された蹴りで気絶させられ、ステータスを奪われ、殺される。いつもなら素材になりそうな物は剥ぎ取るがサクヤを地面に降ろしたくないのでそのままだ。
辺りはすっかり暗く、奇襲が得意な魔物が増えてくる。また一体、真っ黒な狼の魔物の首を蹴りで折る。周囲からはグルルルルと唸り声が聞こえるが気にせず歩く。
「もう少しか」
狼を全滅し終えた頃、振動と音波で地形を把握していたカイトが変化を見つける。ここから百メートル先に木がない。念の為、その方向に強めの音波を送るが、間違いないようだ。
森を抜けた先は平原だった。夜空に浮かぶ二つの月。肌を撫でるような夜風に風に揺られる草の音。映画のワンシーンにありそうな光景にカイトは見とれてしまう。
「今日はここで寝るか」
指輪に灰熊の毛皮をひくとサクヤを寝かせる。カイトはもう一つ、灰熊の毛皮をひくと腰掛ける。月明かりにより火を付ける意味がない。
二つ並ぶ月を見ながら寝転ぶカイト。
「こういうの見ると異世界もいいなって思うな」
そっと目を閉じて、意識を手放す。
太陽の光がカイトの肌を灼く。その感覚に思わず目を覚ますが、目は開けない。顔に影がかかったからだ。頭を持ち上げられ、柔らかい所に乗せられた。膝枕されているようだ。
「また迷惑かけてしまいましたね。本当に申し訳ないです」
上から湿っぽい声がする。懺悔するようなサクヤの独白。その言葉は尚も続く。
「足手纏いですいません。ずっと頼ってしまってすいません」
カイトの顔に雫が落ちる。泣いているのがバレないように声を押し殺しているようだ。これ以上は聞くに耐えない。
カイトは目を開けて、サクヤの頬に手を当てる。サクヤはカイトの手の感触にビクリとして泣き顔を見せないように顔を上げようとするが、カイトに視線が固定されて動かせない。
「頼ってくれて良いんだぞ。俺はお前が必要だと思ったから着いてきて貰ったんだ。それに足手纏いなんて思ったことなんてねぇーよ」
カイトの言葉は嘘偽りなく、サクヤに対する思いやりに溢れていた。それを聞いてカイトを抱きしめ、嗚咽を漏らして泣きじゃくる。カイトはその間、ずっとサクヤをなだめるように頭を撫でていた。
「ありがとうございます、カイトさん。これからもお願いします」
とびきりの笑顔でサクヤが御礼を言う。
「なぁサクヤ。一つだけ言いたいことがある」
カイトの真面目な顔にサクヤの笑顔が凍りつき、戦々恐々と尋ねる。
「な、何でしょうか?」
「サクヤ、いつまで敬語使うんだ?」
カイトの言葉に力が抜ける。
「急にどうしたんですか?」
「いやな、サクヤってずっと敬語で、壁を感じるというかなんていうかな。今度から、なるべくタメ口呼び捨てで頼む」
「えっ。え~と、頑張りま‥‥る」
慣れない言葉遣い、たどたどしい発音にカイトが楽しむかのように快活に笑う。それを見てサクヤが頬を膨らませる。
「カイトの意地悪」




