対吸血鬼戦
遅くなってすいません。なかなか書けなくて、戦闘シーンも適当です。
カイトが外れてしまった左肩に手を置き、後ろに力を込めるて押す。ゴキンと鈍い音とともに苦悶の声が漏れ出てしまう。
未だ体に突き刺さっている刀も抜くと、ダムが壊れたように血が吹き出し、地面に小さな血の溜まりを作る。サクヤの刀は指輪内に収める。
傷を最低限治療してから後ろの地面に突き立っている刀も抜く。
ソフィアが刀を携えるカイトを見据える。片や相手を射殺さんばかりの眼、片や玩具を見つけた子供のような純粋な眼。眼を合わせながら互いに間合いを測る。
ニタリと不適に笑ったソフィアが強襲する。
サクヤが起きた時、大広間には音がしなかった。カイトの荒い息遣いだけがやけにはっきりと耳に伝わった。
手についていた血も既に乾ききっている状態だ。音もなく周囲を確認しようとするが、瞼があまり開かず、朧気にしか辺りを見ることができない。
すると、突然ガラスの破砕音が頭に響いた。結界が割れた音だ。結界にどす黒い何かがぶつかっている。
結界が割れる度に、傍らのアハトが甲高い鳴き声を上げて、結界のポッカリと空いた穴を塞ぐ。
身体を起こそうとしても言うことを聞いてくれないどころか全身を支配する鈍痛によって指一本神経一本ですら動かすことができない。魔法を使おうにも魔力はない。
「のうカイトよ。サクヤが主をどう思っていたか聞きたくはいか?」
不意にソフィアが口を開いた。
「はぁ?何言ってんだよ」
カイトの荒い呼吸から出る声とは違い、ソフィアの声は疲れを感じさせない涼しいものだ。
カイトが空に浮くソフィアを見る。
今のソフィアの姿はまさに夜の王、吸血鬼の真祖の名を冠するにふさわしい容貌だ。
空に悠然とした姿で浮かび、全身から黒いオーラが放たれ、渦巻いている。持っている剣は赤黒く、威圧感を与える。
その姿をある者が見れば、その禍々しさに恐怖を覚え、またある者が見れば、その神々しさに仰ぎひれ伏すだろう。
「そこの女子、サクヤと言ったかのう。サクヤの主に対する感情はのう」
───言わないで!
声を大にして叫びたかった。耳を塞いで何も聞きたくなかった。
サクヤの思いとは裏腹に身体は動いてはくれない。言葉にも行動にも出せない。
サクヤの思いなどつゆほども知らないソフィアの口は止まらない。
「恋慕の情も確かにあったのじゃが、大半は嫉妬に羨望といった醜い感情じゃった。幼少の頃から親の劣化版、失敗作品と蔑まれ。父親が死ねば、嫉妬の感情は主に移る。妾は嘘はついてはおらぬからのう。このことを知っても今まで通りに過ごせるかのう」
腹立たしい笑みを浮かべながら、ソフィアは空中からカイトと、少し離れたところで壁に寄りかかっているサクヤを見下ろす。
その顔は聞いているんだろう?とでも言いたげで。
サクヤの鼓動が早まる。今のは、サクヤも認めたくない心の奥底に楔で打ち付けられていた紛れもない本心だ。
心で小さく、ごめんなさいと唱えると、目から雫が零れ落ちる。景色が涙で滲む。
失望されるという絶望が身体の痛みを忘れさせ、代わりに身体を支配する。
死刑宣告を下される前の罪人のような気分でサクヤが次の言葉を待つ。
「言いたいことはそれだけか?」
ところが、カイトの口から出たのは有罪も無罪も関係なしの言葉。絶望も諦めの念も吹き飛ばすカイトらしいといえばらしい言葉。それでこそサクヤが憧れ、嫉妬し、恋い焦がれたカイトという男だ。
動揺を誘うつもりが、逆に動揺してしまった。一瞬の意識の隙間にカイトが大きく跳躍して眼前に現れた。
引き絞った弓のように背を大きくそらし、その全ての運動エネルギーを解放するように刀を振り下ろした。
「ぐっ」
空中では踏ん張りきれず、地面に衝突して砂煙を巻き上げる。
トンと軽い音を立てながら地面に降りた。
「くくく、そうかそうか。なかなかに豪胆な奴じゃのう。動揺するかと思ったんじゃが」
煙の向こうから愉快そうな声が響く。それと同時に煙を割いて紅の剣が伸びてきた。瞬きあとの一瞬、左目まで迫っていた。
それを咄嗟に足の力を抜いて意図的に体勢を崩し、かわす。真っ直ぐに伸びた剣が頭の僅か数センチ横を通りすぎた。背中にじんわりと汗が広がる。
釣竿が戻るように伸びきっていた剣がソフィアの手元へと戻る。
「おあいにくさま。予想していたからな」
これは本当である。以前にサクヤの話を聞いていた頃から予想していたことだ。
ソフィアもその揺るぎない瞳に納得した様で。
「ふむ。そういうことなら言葉で動揺を誘うのは無理そうじゃのう」
バサリと蝙蝠の羽根をはためかせ、宙を舞う。
パチンと指を鳴らせば、地面に流れていた血が流動してソフィアの元に集い、血の剣に吸い込まれ、刃が伸長されていく。
ソフィアがオーケストラの指揮を取るように剣を動かす。地面を削る音はBGMと化している。
空中という絶対的なアドバンテージがある以上、下手に動けないのは先刻承知している。
ならばと、カイトがソフィアに向けて水の魔法を使う。蛇のようにうなる水流が顎門を空けて喰らわんとする。
スピードに大差はないが、そこは空中戦のプロフェッショナル。それをひょいひょいと難なくかわしていく。
ソフィアが丁度ドームの頂点まで羽ばたく。それに追従する水蛇。
もうすぐ追い付くというところでソフィアを見失う。
ソフィアがしたことは単純。ただ速度を落としただけだ。それを水流蛇が追い越しただけ。さながら零戦の木の葉落としのように華麗な飛行技能。
目標を見失った水蛇はそのまま天井にぶち当たり、水滴が飛び散るる。
反転した世界でソフィアはカイトの手を見た。青白いスパークを迸らせていた。
何となくまずいと魔物の本能が告げていた。その直感に従い、即座に剣からマントへとフォルムを変える。
水蛇の表面に最初に光が走り、次に水中を電気が閃いた。
赤黒いマントで全身を覆い、球体のようになっているソフィアの周りに浮かんでいた水滴が雷同士を結ぶ。
赤黒い球体に四方八方から雷撃が浴びせられているが、表面に行われている精緻な魔力のコーティングと血液の電気抵抗により本体まで届かない。
効果がないと悟ったカイトが魔法を打ち止めた瞬間に、ソフィアの魔法も解除された。
「今のは肝を冷やしたのう」
「じゃあもう二回程肝を冷やしてもらおうか」
間髪いれずに次の攻撃へと繋ぐ。轟ッ、とカイトの掌から火炎が放射される。
一直線に進む単調な中級火魔法。空気を焦がす熱にさえ気を付ければ、なんてことはないはずなのに、心がざわつく。
その予感を信じてもう一度、マントで全身をくるむ。直後、カッと光が爆ぜた。網膜が灼き切れそうな暴力的な閃光のコンマ数秒後に山を揺るがす爆発音と高熱を伴った爆風が響く。
カイトがやったことは科学。水の電気分解。水を電気分解すれば、水素と酸素が発生する。水素は爆発を引き起こし、酸素は燃焼を助ける。
魔法の世界では科学の発展はない。例え、何百年の時を生きようが、この現象を知っているはずがない。
大爆発の中心ではソフィアも無事とは言わず、血液の七割が蒸発していた。ソフィア自身も軽度だが、肌に火傷を負っている。
ピシリ、とソフィアの頭上から不吉な音が鳴った。目を丸くして、恐る恐る上を向くと、ヒビが広がっていた。
今のソフィアでは天井の崩落に耐えられない。ソフィアが翼を一打ちして出口に向かう。
出口に手を伸ばそうとして、その手が切り刻まれた。
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。バサリともう一度翼を打って後ろへ下がり、目を凝らしてみてみれば、黒塗りの極細の糸が張り巡らされていた。近くにはメス型ナイフが突き刺さっている。カイトがレックスの死体から剥ぎ取り───もとい、奪った物だ。柄には空間に刺さる効果を持つ魔法陣が彫られている。
「くっ」
ここに来てようやく焦りが顔に出た。出口は蝙蝠の姿を取っても入れるか怪しい程の間しかない。触れれば、身体のどこかが吹き飛ぶ。
ソフィアが安全な場所を探そうとするが、時間は無情なもので天井が崩落し始めた。
パラパラとした石の破片から、徐々に大きくなっていき、ついには岩石も降ってきた。
サクヤはアハトの作った結界の中だ。安全圏にいないのはカイトとソフィア。
ソフィアは空中を羽ばたき、次々落石をかわしていく。
カイトは一枚の魔法陣と、そして莫大な魔力の詰まった魔石を取り出した。
これは本来は失敗作の魔法陣。重力魔法の失敗作魔法陣の中央に魔石を置くと、輝きが強くなる。
カイトの魔力をトリガーに魔法を引き起こす。魔法陣周辺の重力の向きが真上に変わる。本来はカイトも真上に引っ張られるはずだが、自らに重力魔法をかけて相殺する。
真上に落ちる岩石というなんともまあ奇妙な光景をカイトが真下からそれを見上げる。
「失敗作も悪くないだろう」
誰に言うでもなく、呟かれた一言だが、サクヤの耳にはしかと届いた。
その日、山の麓の一部が陥没した。




