夏休み
《七月 二十一日 AM8:30》
「ここがそうだね」
エナとデュオの目の前には砂山の表札。
そう、ここは砂山の家の前である。
エナとデュオは、夏休みの間に三人の説得を進めるため、まず砂山の家に訪れたのである。
「いるかなー」
「さあ、さすがにそこまでは分からないけど」
どこから調べてきたのか、エナの手元にある資料には三人の住所が追記されていた。
「押すよ」
デュオがインターホンに手を伸ばし、押すとピンポンと軽い音が響く。
しばらく無音だったが、ガチャッという音と共に誰かがインターホンに出た気配がする。
『はい』
インターホンに出たのは砂山よりも低い声、おそらく砂山の父親だろう。
「稲穂高校の生徒なんですが昇君はいますか」
『あんな奴など知らん!』
怒声、だがそのすぐ後に何かを殴ったかのような音が響いた。
『ごめんなさいね。今、昇はいないの。あなたたち、昇の友達?』
「ええ、まあ」
『ちょっとそこで待っててね。今ドアを開けるわ』
ドアを開けたのは四十代前半といった感じの女性だった。
砂山の母親だろう。
「あの子についていろいろと聞きたいから、リビングで話してくれないかしら」
「いいですよ」
なぜ砂山の母親がフライパンを持っているのかと、なぜ砂山の父親がそこに倒れているのかが気になったが、その疑問は考えると怖い答えが浮かんできそうなのでエナはスルーすることにした。
「それで、あの子は学校ではどうなの?」
リビングのソファには砂山の姉らしき人がくつろいでいたが、話が始まると聞き耳を立て始めた。
いじめにあっていることを話そうかどうか一瞬迷う。
そして隠しても仕方がないと結論づけた。
「今、昇君はいじめにあっています」
「やっぱり」
砂山の母親はこめかみを押さえてため息をつく。
「あの子、家じゃ何も話さないから、学校でどうなっているのかが全く分からなくて」
「少なくとも友達が二人いてよかったじゃん」
砂山の姉が初めて口を開いた。
「そうねぇ、でも二人とも女の子だしねぇ」
はあ、と砂山の母親は再びため息をついた。
「いえ、あの――――」
「それはともかく」
砂山の母親は身を乗り出しエナとデュオに顔を近づける。
「どうかあの子へのいじめがなくなるように気を配ってくれないかしら」
「お任せください!」
ノリノリで答えたのはデュオである。
エナはそんなデュオの姿を暖かく見守っている。
「そお、ありがとうねぇ」
「あの…………」
エナがおずおずといった感じに手を上げる。
「どうしたの?」
「昇君とお父様はなぜ仲が悪いのですか?」
それを聞くと砂山の母親は疲れたような笑みを浮かべた。
「夫があの子の買ってきた猫缶をただの缶詰だと思って食べちゃったのよ」
父親は猫缶を紛らわしい所に置いたことを、そのせいで自分が猫缶を食べてしまったことに怒り、砂山はせっかく買ってきたえさを父親に食べられてしまったことに怒ったのだそうだ。
それを聞いたエナとデュオは苦笑いしか出てこなかった。