不意打ちの夜 その2
《九月 十五日 PM5:55》
「全員、暗視ゴーグルはつけたな」
機動隊の隊長が隊員全員に注意を促している。
暗視ゴーグルは先週、機動隊に来た新しい装備である。
その装備を使えることで少し興奮気味な隊員もいる。
「6:00になったら外から体育館の電源を落とす。そうしたら一班が塀をよじ登り有刺鉄線を切って突入。それから五分ごとに二班、三班、四班と突入せよ」
今の言葉を中にいる生徒達に聞こえないように全員に伝える。
「6:00まであと十秒、九、八、七」
「いよいよだな」
無線から部下の声が聞こえ、突入へのカウントダウンが始まる。
「六、五、四」
辺りの空気に緊張の糸が張り詰め、部隊の全員の呼吸までもが聞こえてくるような気がする。
「三、二、一、ゼロ」
「突入だ!」
無線に向かって檄を飛ばす。
体育館の電気が消え、壁の内側からあわてたような大量の足音が聞こえる。
一班が塀を登り有刺鉄線を切る。
そして一班がそのまま塀を越えた時、バン! という音がして、強い光が壁の内側からあふれてきた。
「馬鹿な! 電源は落としたはずなのに」
壁の内側から雄叫びが上がり、たくさんの打撃音と機動隊一班の悲鳴が聞こえてきた。
暗視ゴーグルは暗い場所で辺りを見るための道具であり、そこに多量の光を当てると受光量オーバーで壊れて見えなくなってしまう。
おそらく、暗視ゴーグルが壊れ何も見えない状態の隊員を集団でタコ殴りにしたのだろう。 そこから考えられることは――――
「はめられた! 罠だ」
おそらく、中に予備の電源でも持ち込んでいたのだろう。
壁の上を見ると何人もの人影が有刺鉄線を貼り直していった。
おそらく貼り直した後に高電圧をかけるのであろう。
(どうする完全に貼り直される前に無理にでも突入するか、いや、ここは待つべきだろう。下手に突っ込むとこちらの被害が増えるかもしれん)
なんにせよ相手にこちらの考えが読まれていたのだ。
このまま突っ込んだらどんな罠が待っているかわからない。
その時、一か所だけ有刺鉄線が張り直そうとされていない場所が一か所あるのに気付いた。 バリケードで固められた門の上。
そこにだけ有刺鉄線が張り直されていなかったのだ。
(なんだ、あれは。張り忘れか? それとも罠か?)
機動隊の隊長が首をかしげているとそこから何かが放り出されてきた。
近づいて見てみるとそれは――――
――――それは気絶した機動隊一班の隊員だった。
「お、おい、大丈夫かよ」
違う班の隊員も気絶した仲間に駆け寄ってきた。
どうやら殴られて気絶しているだけで打撲以外に目立ったけがはなく、それを確認すると隊長はほっと息をついた。
だが同時に何か得体の知れないものが込みあがってきた。
違和感――――
そして気付いた。
気絶している隊員達は本来、持っていたはずのゴム弾頭の銃弾が入ったマシンガンを持っていなかった。
「なんだなんだ」
騒ぎを聞きつけて周りの隊員達が集まってくる。
今の機動隊の隊員達の錬度は全体的に低く。
隊員達はふらふらと命令した場所から動いてしまうことはしばしばあった。
だが今まで起こった事件はその程度の錬度でも十分に対処可能だった。
そう、それが今までに起こった事件と同じなら――――
だが、この戦いは、
(危険だ! なんだかわからんがこれは危険だ!)
普通は気にならない。
気絶した人間がマシンガンを握りしめたままだとは思わないし、敵がその装備を返してくれるとも思わない、思わないが。
この戦いが始まってからというもの生徒達に逃げ切られ、この体育館に立て籠もられ罠にもはめられた。
そして隊長の勘が危険信号を鳴らしていた。
「皆、危険だ! 散らばれ!」
だがその声はすでに遅すぎた。
次の瞬間、機動隊の頭上へと大量のゴム弾が降り注ぎ体育館の門の前は地獄と化した。
《九月 十五日 PM6:15》
「おー、機動隊の連中がたくさん倒れたぜ。良い気味な気分もしないでもないが、少し罪悪感がしないでもないな」
「たぶん、死んではいないと思うけど……朗報なのはあそこにいる隊長格らしき人がおそらく戦線復帰できなさそうってことだね」
屋上にいたペンデを中心とした狙撃グループは空になったマシンガンを地面に向かって放り投げ、建物の中に戻って行った。
「それよりよく暗視ゴーグルを装備した部隊が攻めてくるってわかったな」
「簡単だよ。あの暗視ゴーグルは一週間前にここの機動隊に配備されたものなんだ。そしてまだ機動隊はあれを実戦投入していないんだよ」
「なるほど。それで連中暗視ゴーグルを使いたがっているだろうってことになるんだな」
「そういうことだね」
あとを追うようにしてペンデとエナも建物の中に入る。
「さてこれで相手の戦力を大幅に削ることに成功したよ。今夜はおそらくもう攻撃を仕掛けては来ないと思うし、一応交代で見張りを立たせて明日のためにゆっくり休んだ方がいいね」
「明日もなんかするのか?」
「うん、私達は明日、蒸発しようと思う」