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鬼は花を喰む  作者: 久津原 蒼生
二章
8/8

幕間

 冷えた空気を破ったのはノック音だった。


「……はい」


 扉の傍に立っていた蓮は、椿から目を離して扉を開ける。

 そこに立っていたのは、少年課の佐藤と、その奥に控える二人の女性だった。


「土門巡査部長、天城巡査部長、児童相談所の職員に引き継ぎますので、お二人はご退室いただけると……」


 時間切れだ。

 もう少し話を引き出したい――楓は歯噛みするが、これ以上時間を取る訳にもいかない。

 ちらりと菖蒲に目を向けると、怯えた様子で俯いている。

 どうしようもない。いったん諦めるしかないと判断し、楓は椅子から立ち上がった。


「分かりました」

「楓さん、」

「あとはお願いします」


 不満を露わにする蓮を手で制し、連れ立って部屋を出る。

 入れ替わりで中へ入っていく三人を見送った後、エントランスへ向かうと、不機嫌を隠そうともしない蓮が声を上げた。


「なんであそこで引いたんすか!」

「あれ以上詰めてもなにも出てこない。そう判断した」

「死体があるって分かってたんですよ⁉」

「だとしても、あの子たちが被疑者の可能性は低いし、事件の目撃者だとも思えない」


 出たのは死体の話のみ。怪しい人物が居た、という話は出なかった。椿あたりが見ている可能性も考えられるが、あの様子では素直に話すとも思えなかった。


「そもそも、あの事件に関する俺らの仕事は終わっている」

「……報告、しないつもりですか?」

「報告はする。ただ、書けるのはせいぜい、〝事件当時に現場付近で身元不明の少女二名を保護した〟という事実までだ。あの部屋で聞いた話を、そのまま報告書には書けない」

「……は?」

「〝臭いだけで死体があることが分かっている人物がいます〟なんて、誰が信じる?」

「それは……そうっすけど」


 楓自身、彼女らの言葉が何かしらの手掛かりになる可能性を捨てた訳ではない。しかし、あくまで遺体の存在を知っていただけで、被疑者を目撃した可能性はかなり下がるだろう、と考えていた。

 納得がいっていない様子の蓮を尻目に、外へ出て車の運転席に乗り込む。次いで蓮が乗り込んだ事を確認し、車のエンジンを掛けた。自動運転に切り替え、原宿にある分駐所へ向かう。


「似たような事件が起きて近くにいれば臨場する。俺たちに出来るのはそれだけだ」

「分かってますよ、そんなことくらい」


 あとは分駐所に戻り、報告書を作成、提出すれば業務終了。非番となる。

 拗ねた様子でシートに沈む蓮の頭を軽く小突くと、む、と眉間に皺が寄った。


「飲み行くか?」

「一旦仮眠とってからでもいいっすか」

「ああ、いいぞ」




 諸々の報告を済ませ、自宅に戻れたのは既に正午を回った頃だった。

 風呂を済ませベッドに潜り込む。あっという間に眠りに落ち、目が覚めたのは来訪者を告げるチャイムの音だった。

 ぴんぽん、ぴんぽん、と激しく押されるチャイムに、誰が訪ねてきたのかはすぐに分かった。

 寝起きでぼさぼさな頭のまま玄関へ向かい扉を開けると、予想通り、そこに立っていたのは蓮だった。


「……悪い、寝てた」

「だと思って色々買ってきた。連絡しても楓さん返事ねぇし」

「仕方ないだろ、眠かったんだから」


 その言葉と共に持ち上げられた手元のビニール袋には、酒や食材がぎっしりと詰まっている。

 蓮は返事を待たずに靴を脱ぎ、勝手知ったる様子でキッチンへ向かう。

 冷蔵庫を開け、空っぽの庫内を見て、ついでにシンクを確認した後、蓮のジト目が楓へ向けられた。


「もしかして、帰ってきてなんも食ってないの?」

「ああ……うん、食ってない」

「……今度おばさんにチクるからね」

「それは勘弁してくれ」


 蓮が楓の母から何を言い含められているのかを、楓は未だに知らされていない。

 恐らくは食生活の監視だろうと当たりを付けているが、そもそも勤務の日は、二人ともほぼ同じものを食べている。

 今日、偶然、冷蔵庫の中に何も入っていなかっただけである。

 酒は勿論のこと、一晩では食べきれない程の食材が冷蔵庫へ詰められていく。

 今使う分の食材だけを袋の中に残し、蓮は冷蔵庫の扉を閉めるとキッチンに立った。


「適当に作るけどいい?」

「ああ、頼む」




 リビングにあるローテーブルには、酒のつまみがずらりと並んでいた。

 枝豆に冷ややっこ、サラダに焼いた肉。生ハムを巻いたチーズまで、手間の割に見栄えのするものが並んでいる。


「いただきます」

「召し上がれ。っつーか乾杯じゃない?」

「ああ、そっか」


 缶ビールのプルタブを開け、軽く缶を合わせてから、喉へと中身を流し込む。

 程よい苦みと炭酸が心地よくて、そのまま半分程飲んだところで、眉間に皺を寄せ睨む蓮と目が合った。


「すきっ腹にいきなりそんな飲む?」

「別にいいだろ。せっかくの密行明けだぞ?」

「そんな酒強くないじゃん」

「潰れたってどうせ寝るだけだ」

「ジジイかよ」


 いつも通りの軽口を交わしながら、箸を取り、手元の小皿に料理を取ってつまむ。

 BGM代わりにテレビを点け、適当にチャンネルを変えていると、今朝見つかった遺体の報道が映った。


「……未だ犯人見つからず、か」

「そりゃそうでしょ。証拠なし、目撃証言なし。現場に凶器もなかった」

「唯一傍に居た二人組に犯行は恐らく不可能。手ぶらだったしな」


 凶器を隠した可能性はあるが、少なくとも現時点では見つかっていない、と、隊長から聞いている。

 凄惨な遺体だった。仮に凶器があっても、華奢な彼女たち二人であの損傷を与えるのは至極難しいだろう。一人ならなおさらだ。

 被疑者が誰なのか。どこに消えたのか。

 テレビの画面を眺めながらちびちびと酒を飲んでいると、ふと、蓮が口を開いた。


「……あいつ、本当に妹だと思う?」


 蓮の云う〝あいつ〟が椿を指していることは、聞き返すまでもなかった。

 確かに菖蒲と椿の面立ちは似ていた。髪の色は異なるが、姉妹と言われれば確かにそう見える。

 だが、椿の放つ異様な気配と言葉遣いが、年相応とは言い難い。

 蓮が二人の関係を疑うのも、無理はなかった。



「まあ、顔は似てたな」

「顔だけじゃん」

「兄弟姉妹なんてそんなもんだぞ」

「…柚希(ゆずき)と楓さんの場合、顔も似てないでしょ」


 柚希とは、蓮と同い年の楓の妹だ。

 そういうことじゃない、と顔を顰める蓮に、冗談だ、と軽く笑って楓が返すと、眉間に刻まれた皺が深くなった。


「姉妹なのかは分からんが、訳アリなのは確かだな」

「……施設を抜け出してきた、とか?」

「その線なら、児相か施設側に記録が残る。所在不明になっていれば、照会にも引っ掛かるはずだ」

「でも出てない」

「今のところはな」

「じゃあ、戸籍も住民登録もないってこと?」

「可能性はある。出生届が出されていない子どもなら、戸籍にも住民票にも載っていないことはあるしな。ただ、保護歴も施設の記録もないとなると、少なくとも〝施設からの家出〟とは考えにくい」

「じゃあ、あいつらは……?」

「施設にも行政にも拾われていない子ども、ということになる。断定はできないが」

「……」


 かつて、戦争孤児という言葉が歴史の教科書に載っていた時代はある。けれど、少なくとも今の日本で、戸籍も住民登録もなく、施設にも行政にも拾われていない姉妹が突然現れるなど、そうある話ではない。

 神妙な顔つきで俯く蓮を横目に、楓はビールを飲み干すと、慰め半分、からかい半分に蓮の肩を軽く叩いた。


「ま、これ以上俺たちが首突っ込む必要はないだろ。多分、あの子たちとはこれきりだろうしな」

「……」

「二本目持ってくるけどいるか?」

「いる」


 蓮は、ほとんど飲んでいなかった缶ビールを一気に飲み干すと、テーブルに勢いよく缶を置いた。


 その後、やけ酒のように飲み始めた蓮の世話を焼く羽目になり、結局、楓が酔う暇はほとんどなかった。

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