45 ディアナの開発案プレゼン
遡ること一週間前、ティムール邸での宴が終わった次の日、私はアンビシアを劇団の館に呼んだ。開発案の打ち合わせという名目で来てもらったのだが、私は開口一番こんなことを聞いた。
「アンビシア様はこれからも、アルタカシークの民として生きることを望んでいますか?」
「……は?」
当然アンビシアは戸惑い、眉を寄せてこちらを睨む。
「どういう意味かしら?」
「アンビシア様はアルヒン出身ということで、そちらの文化を重要視しているように見えるので」
「アルヒンの文化? ああ……この服のこと?」
アンビシアはアルタカシークではあまり見ないアルヒンの民族衣装を着ている。アルサイ家の人たちも彼女ほどではないが、アルヒン産の服やスカーフ、帽子を身につけていた。
「私たちのルーツだもの。アルヒンの物を身につけるのは当たり前のことよ」
「……それが地元民にどう見られているか、考えたことはありますか?」
「さあ。どうせアルタカシークの物を着る気はないのか、とか言っているんじゃないの?」
「残念ながらそれだけではありません。アルタカシークに住んでも尚、頑なに他国の物を身につけているのは、地元民からすれば『心の底からアルタカシーク人になるつもりはない』『いつか他国に寝返るのではないか』『アルタカシークの文化を尊重する意思がないのだろう』……そう思われています」
「……!」
これはうちの派閥の人たちから出てきた言葉だ。アンビシアは誇りを持って出身国の物を身につけているようだが、それによって地元民との軋轢を生んでいるのである。
「ですからさっきの質問をしたのです。アンビシア様はアルタカシークの民ですか?」
「もちろん。幼いころにここに来て、シェフルタシュ学院にも通った。私はアルタカシークの人間よ。なに? そこを疑うの?」
「いいえ、アンビシア様の自認をお聞きしたかったのです。率直な言い方になったのは謝ります。ただ私の秘策をお伝えするのに必要な確認だったので」
「秘策ですって?」
怪訝な顔をするアンビシアに、私はにこりと笑いかけた。
「アンビシア様、新しい服の流行を作りませんか?」
「……は?」
さっきと同じ顔をするアンビシアに私は畳み掛ける。
「アンビシア様はアルタカシークの民で、アルヒンの文化を受け継いでいる。どちらの文化を優先するということでなく、二つの文化を融合した、新しい存在になることができるのです」
「新しい存在? なによそれ」
「つまり、今まで誰もやってこなかった全く新しい貴族のスタイルを作れるということです!」
文化とは、国境できっぱりと分かれているわけではない。ハンコのように「この文化はこの場所までで、ここからは違う文化」と区別されているわけではなく、その間でグラデーションのように交わって変わっていくものである。
隣同士の国々は似ている文化もたくさんあり、アルタカシークに至っては大陸中の国々の影響が入ってきている。昔から古来の文化と新しい文化が混ざり合って国を作ってきたのだ。世界を俯瞰で見ると、その混じり合う様は夕刻の空のようにゆっくりと広がっていったに違いない。
「貴女、そんなこと考えてたの。文化の融合ねぇ……」
「アンビシア様はお父様の世代と違って、アルタカシークで育ってますよね? その人たちでしかできないことがあると思うんです。その一つが新しい服です」
「つまり、アルタカシークの民族衣装とアルヒンの民族衣装を融合させるということ? 簡単に言うけれど、そんなことできるの?」
「ふっふっふん。普通の人には難しいかもしれませんが、うちの劇団にはそれを得意とするメンバーがいるんです! 今から紹介するのでいきましょう!」
「ちょ、ちょっと……まだやると返事したわけでは……」
私は「とりあえず来てください!」と強引にアンビシアを立たせ、館の衣装部屋の方へ彼女を引っ張っていった。私たちのあとを側近とイシュラルとトカルたちがついてくる。
衣装部屋に着くと、イリーナがいつも通りの笑みを湛えて待ち構えていた。
「初めまして、アンビシア様。わたくしは劇団で衣装作りを担当しています、イリーナと申します。んまぁ! なんて華やかな衣装ですの。アルヒンの方とは学院でもあまりお会いしたことがなかったので感激ですわ! 詳しく拝見してもよろしくて?」
「え? ええ……」
初対面とは思えないほどぐいぐい来られて、あのアンビシアが押されている。イリーナの頼もしさに微笑みながら、私は二人を部屋の奥へと誘導した。部屋にはイリーナの他にも貴族メンバーが揃っていた。彼女たちは地元民の高位貴族なのでアンビシアと少し距離をとっているが、イリーナが興奮しているので気まずい空気はない。
「まぁこれは……! なるほど……ジャヌビの服に似た要素も入っていますのね。あ、ここはザガルディの南方の方で見られる模様の影響が入っていますわ。こちらはアルヒン独自の刺繍のようですね。それをこのバランスで成り立たせている……素敵ですわ……!」
「あ、あの……ちょっと」
「あら、この糸の種類はあまり見ないものですわね。これはどのような糸かおわかりになります?」
「え? ああ、それはアルヒンにしか生息しない虫からとった糸で、繊細さと強さを併せ持ったものなの」
「んまぁ! それは初耳ですわ! アルタカシークでも買えまして?」
「ええ、うちの専属の店に行けばあるけれど……」
「是非購入させてください! これは劇団の衣装にも使えますもの。このアルヒンの衣装とアルタカシークの衣装を融合させた服を作れるだなんて……燃えてきましたわ!」
そうして大興奮したイリーナによって新しい服のデザインが作られた。学院でも同じようにいろんな国の衣装を合わせたデザインを作っていたからか、ものすごい速さで服作りが進む。イリーナの得意とする技である。
今日の朝に服の相談したんだけど、すぐに「やりますわ! やらせてくださいませ!」って即答してたもんね。本当にイリーナはすごいよ。
あっという間に今までにない服のデザイン画が完成し、アンビシアもその完成度の高さに驚いて、「素敵なデザインになるのなら、私に文句なんてないわよ。任せるわ」と許可をくれた。イリーナは勢い余って同じようなデザインで私のスカーフまで作り出した。
そしてイリーナと他のメンバーの力によって、一週間で服が仕上がったのである。
大会議場に現れた新しい服をまとったアンビシアを見て、そこにいた貴族たちがどよめいている。
「あれはアルサイ家の娘……今までとは違う服のようだが……」
「見たことがないデザインだな。いや、刺繍はアルタカシークのものか?」
「む? よく見るとそれだけではないぞ」
「まぁ、なんて美しい……」
背の高いアンビシアが新しい服をまとって歩く姿は、前世のランウェイを思い起こさせた。それくらい様になっていたのだ。
おお……モデルみたい。オーラがあるからすごく格好いいよ。
この世界でファッションショーもできるのではと興奮してきたが、今はそれを考えている場合ではない。
注目を浴びながら悠然と歩いてきたアンビシアは、壇に上がって私の隣に静かに立った。私と目が合うと、小さく鼻を鳴らして口の端を上げる。作戦通り、貴族たちにインパクトを与えられたようだ。
私は拡声筒を手に持って口を開く。
『皆さま、こんにちは。アリム家のディアナです。今日はこちらのアルサイ家のアンビシア様とともに考えた開発案を発表したいと思います』
「なんと……こちらも地元民と移住民が組んだのか」
「どうなっているのだ」
先ほどより戸惑う声が多く聞こえる。そのさざめきが少し落ち着くのを待って、私はぐるりと会場を見回した。
『ところで皆さまは、今の日常に満足していますか?』
私の突然の問いに、再びどよどよとした空気が生まれる。
『なにも不足はなく、幸福感に満たされながら生きている方はそんなに多くはないと思います。自分の健康、将来への不安、家族の心配……それぞれに悩みを抱えている人が大半でしょう。アルタカシークが黄光の奇跡を機に蘇って十五年以上が経ち、暮らしが安定しても、新たな悩みは生まれてきます』
そう話しながら、私は壇上を端から端へ歩いていく。
『私はアルタカシークの民となってまだ数年です。見た目もこの通りなので、この街の歴史について語っても説得力はないでしょう。それでも、学院で出会った学生や、劇団を通して繋がった貴族の方々から、この社会を学ぶことができました。そして気づいたのです。皆さまに今必要なのは、新しい挑戦ではないかと』
「新しい……挑戦?」
「どういうことだ?」
『先日、シムディア・アイン大会というものを開催しました。そこに来てくださった方はどれくらいいらっしゃいますか?』
私が尋ねると、会場にいる人が手を挙げる。ざっと見ても八割くらいの貴族が大会に来てくれたようだ。
おお、思った以上に多いね。嬉しいな。
『ありがとうございます。こんなにたくさんの方々に来ていただいて、本当に嬉しいです。ではなぜ大会を見ようと思ってくださったのでしょう?』
そう言って前方にいる高位貴族たちに拡声筒を向けると、「面白そうだったから」「競技大会なんて初めて聞いたから」「学院で見ていて興味があったから」「どんなものか知りたかったから」という声が上がる。
『皆さまのその言葉からわかるように、シムディア・アインという新しいものに触れたかった、という人が大半のようです。私は、そこにこそ、皆さまが求めているものが隠されているのではないかと思いました。それはつまり、楽しいことがしたい、という欲求です』
「楽しいこと……」
「……我々が求めている、だと?」
「そのような大袈裟なものでは……」
『ではなぜ、皆さまは大会にいらしたのでしょう? 地元民、移住民関係なく来てくださいましたよね? 開催場所は移住民の家であったのにも関わらず。それが気にならないくらい興味を惹かれた。そして大会を実際に楽しんだのです』
「う……言われてみれば確かに」
「気がつけば試合に夢中になっていたな」
貴族たちの反応に、私はにこりと笑みを作る。
『それは皆さまの中に、楽しいことを知りたい、見たい、体験したいという欲求があるからです。悩みが尽きない毎日を送る中で、自然と生まれた欲求なのでしょう。そして楽しいことというのは、新しい挑戦から始まるものです。子どものころ、好奇心に任せて挑戦し、失敗して、それでも夢中になったことはありませんか?』
「……あるか?」
「小さいころに中庭の池を飛び越えようとして落ちたことはある。それが悔しくてその後もできるまで挑戦したな」
「ははは、其方以外とやんちゃだったのだな。トレルが大変な思いをしてそうだ」
「私は階段を何段飛ばしで降りられるか試して、何度も転げ落ちた」
「どうしても飼いたい魔獣がいて必死で躾をしたな。噛まれることもあったが、懐いた時は嬉しかったぞ」
貴族たちはその場で昔話を披露し始める。男性が多いからか、結構無茶な挑戦をしていたようだ。
『楽しい、とは、そういうことです。つい夢中になってしてしまうもの。しかし、成長するにつれその機会は失われていきます。大人になってから、皆さまは楽しい体験や新しい挑戦をしているでしょうか?』
「仕事以外で言うと……ほとんど無いな」
「仕事でも楽しいと思うことなどないぞ」
『そうして楽しい、は日常から忘れられていきました。けれど、心の中ではずっとその欲求は生きていて、表に出る機会を窺っていたのです。その証拠がシムディア・アイン大会です。皆さまは実はずっと、楽しいことがしたい、見たい、知りたいと思っていた。だから大会に足を向けたのです』
「ふぅむ……言われてみればそうかも知れぬ」
「大会に行くことに、なんの疑問も持たなかったな」
私の話に賛同する空気が生まれ、会場中にいる貴族たちが私に注目する。
『では皆さま、もしその楽しいをもっと体験できる場所があるとすれば、どうでしょう?』
そこで合図を送ると、壇の周りに控えていた側近や派閥の人たちが紙束を配り出した。さっきと同じように会場内に回してもらう。
「む、これは……」
「イメージ図、とな?」
私とアンビシアが用意したのは、文字情報が書かれたレジュメではなく、開発案のイメージ図だ。古代劇場や競技場、博物館、技術学校という大型建築物の絵が描かれているものである。
「おお……なんと荘厳な建物だ。古代劇場……このような建物があるのか」
「博物館とは……ほほう、歴史的遺物や保護すべき文化の品を展示する建物か。面白そうではないか」
「まぁ、最先端の刺繍が学べる学校ですって? 興味ありますわ」
『私とアンビシア様が考えた開発案は、娯楽や学べる施設がある、文化都市を作ることです。街の中心に旧王都の遺跡を利用した施設や、今の技術を総動員した大型建築物を造り、その周りに貴族の住宅、さらに外側には平民の住宅を建設します。そこには新しい挑戦をしたい人、新しい楽しさに触れたい人、体験したい人が集まるのです。そのような街ができたら、行ってみたいと思いませんか?』
その言葉を聞きながら、貴族たちは開発案のイメージ図に釘付けになる。
「文化都市……か。なるほど、それは良い」
「全く新しい街……聞いているだけで心が弾むな」
「今の王都では叶えられぬ街作りだ」
今までなんとなく話を聞いていた貴族たちの表情が変わる。明らかに彼らの気分が高揚しているのがわかった。私はそこにもう一押しする。
『私は皆さまの日常に、楽しい、の瞬間を増やしたいのです。封鎖街に文化都市を作ることができれば、楽しい時間は確実に増えます。そしてこれ自体が私たちの新しい挑戦となるのです』
私はそう言ってアンビシアに拡声筒を手渡す。
『この開発案に我々アルサイ家の建築技術を総動員します。今まで受け継がれてきた技術に加え、アルタカシークの技術も取り入れて、新しい可能性を試したいと考えています。シムディア・アイン大会でうちの競技場をご覧になった方も多いでしょう。あれよりもさらに優れた建物を作ることを約束します。アルタカシークの民として、私はこの事業に命を賭けるつもりです』
「……!」
「なんと……そこまで」
「もしやあの衣装はその決意の表れということなのか?」
「確かに、アルタカシークのデザインも取り入れて、全く新しいものになっていますわ」
アンビシアの力強い宣言に、貴族たちが感じ入った視線を向けた。彼女の持つ情熱が、会場中に広がっていくようだ。
私は再び拡声筒を握る。
『私たちは今までにない、全く新しい街を作るということで結束しました。それは移住民と地元民にとっても新しい挑戦となります。その挑戦を、ぜひ皆さまに応援していただきたいのです。心の中にある、楽しい、という感情に目を向けてください。私たちは夏の投票日まで、皆さまのその欲求に応えていこうと思います。新しい文化都市を、アルタカシークに誕生させましょう』
そうして、私は渾身のプレゼンを終えた。
アンビシアと軽い恭順の礼をとると、集まった人々から自然と拍手が湧き起こった。
ディアナの開発案プレゼン。彼女の独壇場ですね。
新しい服に、新しい街。
貴族たちの関心をかなり集めて終了しました。
次は チームへのご褒美、です。




