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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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29 手の内の見せ合い


「私の予想は、当たりのようね」

「……どうしてそのように考えたのか、聞いてもいいですか?」

「封鎖街の地図にある古代劇場の文字を見て、クヤンに聞いたのよ。もしかしてここが、六年生の時に演劇クラブの公演を見た場所なんじゃないかって。学生たちはどうやって移動したのかはわからなかったようだけど、クヤンは『公演の時にディアナが封鎖街にある特別な劇場って言ってたから、ここかもしれない』って言ったの」

「なるほど……よく覚えてましたねぇ」

「強く記憶に残るくらい素晴らしい建物だったからじゃないかしら。あの子も一応建物の良し悪しはわかる子だから。ねえ、その古代劇場ってそんなにすごい建築物なの?」

 

 アンビシアは探るような視線を私に向ける。自分の予想は間違っていないと確信している彼女の態度に、私は一度ふうっと息を吐いた。

 

「……封鎖街の古代劇場は、この世界のどこにもない、最高の劇場ですよ」

「私が見てもそう思うくらいに?」

「アンビシア様が見ても、そう思うのではないでしょうか。封鎖街が王都であった時代のものなのに、あれを超える巨大劇場は今も存在していませんから」

「それは……貴女の作った劇場よりも、って意味になるけれど?」

「うちの劇場も素晴らしいですけど、古代劇場は野外劇場ですから、等しく比べることはできません」

「野外劇場……」

 

 私の言葉にアンビシアは顎に手を当てて眉を寄せる。

 

「全く想像できないけれど……。でもそこまで貴女が古代劇場について詳しいのなら、演劇クラブの公演はここで行われたと思って間違いないようね。その公演にアルスラン様もいらしていたのなら、そこを使う許可も貴女はもらっていたということ」

「……」

「古代劇場は封鎖街の中心部にあって、旧王宮とも距離が近い。その他にも保護対象となる大きな建物がその辺りに複数あった。それを見て予想したの。貴女は、この古代劇場を使った開発案を考えてるんじゃなかって。もしかしたら他の保護対象の建物も使って、人が集まるような施設をいくつか作るつもりじゃないかってね……」

 

 彼女の考えを聞いて、私は思わずふふっと笑った。大当たりすぎるし、私の考えのさらに上をいっている。そんな私にアンビシアは怪訝な顔を向けた。

 

「私の予想は違っていたのかしら?」

「いいえ、アンビシア様の方が私の案を超えていたのでびっくりしたんです。私は確かに古代劇場を中心とした開発案を考えていました。他に貴族が好きそうな博物館や美術館を作るつもりでいたんですが、他の保護対象の建物を使うところまでは考えていなかったんですよ。その案もとてもいいですね」

「ディ、ディアナ様……そのようなことを我々に話してもよろしいのですか?」

 

 私の言葉にアンビシアの父親が目を見開く。

 

「そもそも私の開発案についてわかるかもしれない、と言って劇団の公演にアンビシア様を誘ったのは私ですから。私はそれよりも、彼女に演劇を観てもらうことの方が大事だったので」

「演劇を見る方が……大事ですか……」

「まあさすがに、これ以上の情報は言えないですけど」

 

 古代劇場での劇団の公演というコンテンツが弱いため、開発案が止まったままであるいうことまでは、さすがに言えない。

 

「今はとにかく、演劇を広めるという野望に向かって進んでいたいんです」

「……貴女って、本当に演劇のことしか頭にないのね」

 

 呆れながらそう言うアンビシアに、私は笑顔を向ける。

 

「演劇のことだけではありませんよ。他の娯楽も作りたいなと思っていますし」

「他の娯楽?」

「例えば、新しいスポーツ……競技を作るとか。ああ、ほら、アンビシア様のお抱えの工房も平民区域で競技場を作っていたでしょう? あんな風に大人数で観戦できる競技場を作って、貴族も楽しめる催し物をするとか。私、学生のころにシムディア・アインっていう新競技を作ったんですよ。それも後々広めていきたいなとは思ってるんです」

「……それ、クヤンに聞いたわ。学院ではもう何年もやっている競技なのでしょう? やり方が確立されているのなら、後々とか言ってないでさっさと始めてみたらいいじゃない」

「え、でもまだ学生以外の貴族たちには知られていませんし、チームもないし……」

「貴族は新しいものが好きだもの。情報を回したらすぐに人なんて集まるわよ」

「いやいや、人を集めてもシムディア・アインをする場所がないじゃないですか。学院には大講堂がありましたけど、北西街にはないですし……」

 

 アンビシアの提案にギョッとしてそう答えると、父親の方が「あっ」という顔をして彼女を見つめる。


「競技をする場所ね……それなら、ないこともないわ」

「え?」

「アンビシア、まさか……」

 

 私と彼女の父親が目をパチパチと瞬いているうちに、アンビシアがスッと立ち上がる。

 

「貴女、今から少し時間はある?」

「え? まあ……少しなら」

「じゃあうちに来て。見せたいものがあるの」

「ええ! 今からですか?」

「うちの馬車に乗って行けば地元民が移住民の家へ行ったなんてバレないから、大丈夫よ。いいでしょう? お父様」

「あ、アンビシア……しかし……」

「ディアナに手の内を明かしてもらったんだもの。こちらも同等の情報を伝えなければ不公平だわ」

 

 アンビシアはそう言ってさっさと出て行こうとする。私はそれを止めて、慌ててハンカルを呼びにいってもらった。ここから移動するなら彼に午後からの仕事をお願いしなくてはならない。

 

 

 それから段取りを済ませ、私は劇団の館のロータリーに待機させたアンビシアの家の馬車に乗り込んだ。高位貴族の馬車なので中も広く、私とルザとイシークが乗り込んでも余裕がある。そこで私は馬車の意匠がアルタカシークのものとは少し違うことに気がついた。

 

「もしかしてこの馬車もアンビシア様の工房で作ったのですか?」

「建築工房を持っているといっても、さすがに馬車までは作れないわ。これはアルヒンにいたころにお父様が馴染みの職人に頼んで作ってもらったものよ。これに乗って、アルタカシークに移住してきたの」

「へえ……砂漠を越えることができたのですか。アルヒンに優れた職人がいるっていうのは本当なんですね」

 

 アルタカシークは砂漠気候だ。乾燥している日が多いし、砂が風に乗って馬車の隙間に入り込むので普通のものだとすぐに壊れる。この国にあるのは砂漠用に改良された特別な馬車なのだ。聞けば、アルヒンの馬車職人はアルタカシーク製の馬車をわざわざ購入して、その仕組みを研究して作ったらしい。

 

 物作り一直線というか、突き詰めようとする気質なんだろうな……。

 

 馬車はガラガラと貴族区域を走っていくが、そこまで時間がかからないうちにアンビシアの家に着いた。

 

「劇場から意外と近い場所にあるんですね」

「うちは高位貴族の区域の中でも中位貴族側に位置しているからね」

 

 アンビシアはそう答えつつ、御者にそのまま裏の方まで回るように指示を出す。

 家の門から少し進んでいったところで馬車が停まり、御者によって扉が開かれて私たちは外に出た。初めての場所、しかも移住民の敷地内ということでルザとイシークが素早く周りを警戒する。

 

「別に襲うつもりなんてないから、そんなに警戒しなくていいわよ。テルヴァだってもういないんでしょう?」

「そういうわけにはいきません。ディアナ様は特別なお方ですから。いかなる時も警戒は必要です」

「……貴女の主は、難儀な立場にいるのねぇ」

 

 ルザの返答に呆れるような声を出したアンビシアに、私も馬車から降りつつ眉を下げて微笑む。いくらテルヴァがいなくなったからといって、絶対に安全だとは言い切れない。学生のころより行動範囲は広がったとはいえ、この身が完全に自由になったわけではないのだ。これからも警戒は解くな、とクィルガーにはしょっちゅう言われている。

 ルザとイシークに守られながら地面に降り立つと、私は目の前の建物に視線を移して目を見開いた。

 

「な……なんですか、これ」

 

 顔を上げた先に、巨大な建造物が立っていた。高さは四階建てくらいの建物で、横幅はかなり広く緩やかに曲線を描いている。

 

「なにって、見たらわかるでしょ? 闘技場よ。貴女平民区域でこれの小さいものを見たのでしょう?」

「見たのは設計図だけですよ。え、じゃあまさか、それの大きい版ってことですか?」

「そう。職人の技術が鈍らないように、うちの敷地内に建てさせたの」

「アンビシア様は闘技場で催し物をしてるのですか⁉」

「闘技場としては使ってないわ。あくまで職人たちの技術向上のためのものだもの。説明は中でするから、入るわよ」

 

 アンビシアはそう言ってさっさと入り口から中へ入っていく。自分の家の敷地内とはいえ、高位貴族のお嬢様がトカルも連れずに歩き回っていいのだろうか。その懸念が伝わったのか、アンビシアの父親が「子どものころから、建築現場を一人で歩き回るのが好きな娘で……」と申し訳なさそうに答えた。

 彼の案内で闘技場の中に入って中を進むと、すぐに開けた場所に出た。競技場のフィールド部分だ。今立っているところから少し高い場所に観客席がぐるりと作られてある。

 

 おお……! 大きい! サッカースタジアムと同じくらいだよ。

 

「学院の大講堂くらいはありますね。形もよく似ています」

「屋根がないから大講堂より広く感じるね。……ん?」

 

 ルザと話していると、違和感に気付いた。闘技場の至るところが工事中のようになっていて、そこで何人かの平民が作業している。彼らは私たちに気付いて顔を上げるが、アンビシアが気にしなくていいと手を振ると、再び作業に戻っていった。

 

「まだ建設途中なのですか?」

「この建物が完成することはないわよ。工房の職人たちが新たな建設案を考える度に、実験場としてここを使わせているから」

「え……」

 

 その言葉に目を丸くしていると、アンビシアが父親に目で合図をして、わずかに頷く。

 

「うちはね……大型建設が得意な家なのよ」

「大型建設……?」

「そう。アルヒンの歴史は古くてね。昔から優秀な建築職人が育つ国だった。その技術の高さはどんどん評判になって、他国の王族や貴族から建設を依頼されるようになったの。ザガルディの闘技場も、アルヒン出身の人が中心となって建てたのよ」

「え! ザガルディの闘技場も⁉」

「うちの家はその人の親戚の流れでね。昔から大型建設の技術を持つ工房を経営してたの。でもアルヒンの中では競争も激しくて、なかなか認めてもらえなかった。お父様がアルタカシークに移住したのは、ここでならうちの技術を遺憾なく発揮できるかもしれないと思ったからなのよ」

「残念ながら……そううまくはいかなかったけれどね……」

 

 アンビシアの父親はそう言って眉をハの字に下げた。こちらへ来ても地元民からは差別され、苦しい状況が続いているのだろう。

 

 確かに、こんな立派な建物が作れるのに仕事を回されないって、悔しいだろうな。

 

 そんな理由があって、アンビシアの家は大型の建設は諦めて、移住民たちの住宅作りで稼いでいるんだそうだ。

 

「貴女は私に、劇場に来れば開発案のことがわかるって言ったでしょう。だから私も手の内を見せたの。具体的なことはこれ以上言えないけどね。気になるのなら当ててご覧なさい」

「アンビシア様の開発案は自分で想像しろってことですか……」

 

 彼女の家が経営している工房は大型建設が得意で、ここで日々技術を磨いている。それを知れば彼女が考えている開発案は自ずと見えてくる。

 

 おそらく、大型施設を封鎖街にいくつか作って、それをメインにした街づくりをするつもりなんだ。闘技場、公共施設、私設の学院なんかも視野に入ってるかもしれない。

 

 しかもさっき私の開発案を看破した時に、封鎖街に残る大型施設を使う案もすぐに出してきた。それはきっと彼女がすでに考えていた案だったからだろう。つまり、私と彼女の開発案は方向性がとてもよく似ているということである。

 

「確かにこれは……お互いにもう情報は出せないですね」

「……貴女意外と、頭の回転がいいのね」

 

 アンビシアの開発案に辿り着いたことが伝わったのだろう、彼女は私を見て不敵に笑う。しかしわかったところで、私にはなにもできない。劇団を育てないと自分の開発案は進めていけないのだから。

 そんなことを思いながら、私はもう一度ぐるりと闘技場の様子を眺めた。開発案のことを一旦置いて見ると、この美しい建物の空気を感じて心がワクワクしてくる。

 

 ここでなら……シムディア・アインができるね。

 

 まずは演劇を広めるところから、と思っていたため、シムディア・アインのことは頭の隅に追いやっていた。こんな立派な闘技場がもうあるのなら、あとは人を集めるだけで実行が可能だ。

 

 演劇だけじゃなく、スポーツの推進もスタートできるかも。いや、でもさすがに急ぎすぎ? 

 

 学生のころから散々「変化を急ぎすぎるな」「物事には順序がある」と言われてきたため、踏み出そうとする足にブレーキがかかる。

 

 ど、どうしよう。一旦持ち帰ってハンカルに相談すべきだよね? まだ劇団の公演で忙しいし、もう少しじっくり考えてからアンビシア様と交渉を……。

 

「で、どうするの?」

「え?」

「貴女が競技する場所がないって言うから来てもらったけれど、うちの闘技場、使う?」

「……! 使わせてもらえるんですか⁉」

「もちろんタダじゃないわよ。それに、貸したところで移住民のうちの闘技場に来る地元民はいないかもしれないけど。それでもいいと言うのな……」

「借ります! 貸してください‼」

 

 気付けば、私は反射的に彼女に頭を下げていた。

 

 しまった。この世界にお辞儀の習慣はないんだった。

 

 

 

 

ディアナの開発案にたどり着いたアンビシア。

情報を出したことで自分の手の内も見せてくれました。

実は似通った開発案を考えていた二人。これ以上は迂闊になにも言えません。

そんなことより闘技場に心を奪われたディアナは、彼女の言葉に即座に反応してしまいました。


次は シムディア・アイン企画始動、です。

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