251 訓練終わりの楽しみ
――行進訓練終了から、2時間後。
辺りは、すっかり暗くなっていた。
ただ、校庭に集う入校生たちの雰囲気は明るい。
これから、訓練お疲れ様会を行うためだ。
端的に言うと、打ち上げである。
教官陣も、準備段階から参加していた。
とりあえず、最低限の装備の泥落としをした入校生は、松明の明かりの中、校庭で忙しそうに動いている。
多少乾いた地面の上に、バーベキュー用の設備が置かれていく。
もちろん、炭も中に入れていた。
「何で、ワタクシが火付けをしないといけませんの!? おかしいですわ! 絶対、入校生の仕事ですの!」
「良いじゃないですか、別に。エレノアの本領を発揮できる場ですよ? もっと、喜びなさい」
「ワタクシの高貴な魔法は、炭に火をつけるために使うには、勿体ないですわ! 相手を一撃で焼き尽くすために使うものですの!」
エレノアとステラは、バーベキューの準備をしつつ、言い争いをしていた。
とはいえ、二人で協力して、手早く準備をしている。
「……エレノアは、何を言っているのだ。さっきの行軍で、手を乾かすために魔法を使っていただろう。まったく、意味が分からない」
エレノアの声が、エドワードには聞こえていた。
近くにいる学級委員長三人組はというと、苦笑をしている。
「ははは……」
とりあえず、アリアは、愛想笑いをしておいた。
なんだかんだと、あまり時間が経たずに、バーベキューの準備は終了をする。
軍隊生活のせいで、入校生も、教官陣もテキパキと動くのが染みついてしまっていた。
「よし! グラスは持ったか!? カンパイ!」
お立ち台に立ったバスクの声で、打ち上げは始まる。
すぐに、辺りには、お肉の焼く匂いが広まっていく。
と同時に、入校生、教官陣を問わず、楽しそうな声が聞こえてくる。
「あ! ステラ! ワタクシの育てていたお肉を取りましたわね! ふざけるんじゃありませんわよ!」
「何を言っているのか、分かりませんね。見間違いでは?」
ステラはそう言いつつ、エレノアの焼いていたお肉を奪取していた。
「コラ! また、取りましたわね! これでは、キリがありませんの!」
エレノアは、自分でお肉を焼くのをやめてしまう。
代わりに、エドワードに目をつけた。
「おーっほっほっほ! エドワード! ワタクシに肉を献上するという栄えある役割りを与えますの! 泣いて、感謝しなさい!」
「僕の肉は、僕のモノだ! 断じて、エレノアのモノではない! そんなに食べたいのなら、自分の魔法で焼け!」
エドワードは、エレノアにお肉を奪取されないよう、細心の注意を払っている。
フォークでの攻撃を、お肉を焼くトングで防御し続けていた。
その様子を、学級委員長三人組は、苦笑しながら、見ている。
「キー! エドワードの癖に生意気ですわね! それだと、燃え尽きてしまいますわ! くっ! 何か、方法はありませんの?」
自分で焼けば、ステラに奪われる。
かといって、エドワードから、お肉を奪えない。
そんなエレノアの眼に、お肉の草原が入ってくる。
決心は早かった。
近くにあったトングを持つと、突撃を敢行しようとする。
だが、寸でのところで、作戦を中止した。
サラが真顔で、エレノアの顔を見ていたからだ。
何も言葉は発さない。
ただ、表情が雄弁に物語っていた。
『お肉に手を出したら、戦争だ』
その意思を読み取ったエレノアは、トングを静かに戻す。
「おほほ……サラのお肉でしたのね。ワタクシ、他の人のお肉と勘違いしていましたわ」
エレノアは、暗に、他の人のお肉であれば奪取していたことを白状した。
(……あの顔は恐いよ。まぁ、サラさんは、いつお肉を一杯食べているからな。それに手を出したら、戦いになってしまうよ)
一部始終を目撃していたアリアは、エレノアに自分が焼いたお肉を分け与える。
「ありがとうですの、アリア! ステラとエドワードとは、大違いですわ!」
エレノアはお肉を受けとると、すぐさま、食べ始めた。
「アリアさん。エレノアに情けは不要です。すぐに調子に乗るので」
「そうだぞ、アリア。エレノアに対して、優しさはいらない。厳しいくらいが、ちょうど良い」
ステラとエドワードは、二人ともモグモグしながら、注意をする。
「いや、何となく不憫に思えてしまったので。思いがけず、お肉を渡してしまいました」
アリアは、本心を偽らず、言葉にしていた。
――打ち上げが始まってから、2時間後。
最初は、別れていた入校生と教官陣。
だが、時間も経ってきたため、その垣根はなくなりつつあった。
教官陣は、入校生の間を移動し、談笑をしている。
「アリア中尉! お時間、よろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あと、そんなにかしこまらないでも、良いです」
残ったお肉を食べていたアリア。
そんな折、ゲオルクが話しかけてくる。
「いえ、そういうワケにはいきません! いくら打ち上げとはいえ、礼儀を弁えなければいけません!」
「まぁ、ゲオルクがそれで良いなら大丈夫ですけど。さっきの行軍では、結構、頑張っていましたね」
「あれくらい、当然です! 仲間を見捨てるような者は、士官になれないと思いますので!」
ゲオルクの言葉には、一層、力がこもっていた。
(……仲間を見捨てるような者か。ローマルク王国の兵士には多そうだよ。ローマルク王国防衛戦の時に、指揮官が逃げ出したとか、何回も聞いたからな。末端の兵士が、我先に逃げ出しても、おかしくはない)
アリアは、当時のことを思い出していた。
そもそも、ローマルク王国がエンバニア帝国軍に押されまくっていたのも、上に立つ者たちのせいである。
もちろん、ローマルク王国軍の中にも、優秀な指揮官と士気の高い兵士はいた。
事実、ある程度は、エンバニア帝国軍を食い止めていた。
兵士不足、物資不足、無茶な命令の中で、である。
ただ、エンバニア帝国軍の猛攻を前に、優秀な指揮官と士気の高い兵士は消えていった。
残ったのは、自分のことばかりの指揮官と士気の低い兵士たちであった。
あまつさえ、戦争指導者の多くは、ミハルーグ帝国からの支援物資を横領している状況下であった。
端的に言って、勝てるワケがなかった。
末期には、エンバニア帝国軍が近づくだけで、指揮官が我先に逃げてしまう状況だ。
自分が率いている兵士たちを置いて、である。
「一人が逃げ始めると、一気に伝染していきますからね。そこを、何とかするのが、指揮官の役目でもありますけど」
「まともな指揮官であれば、そうだと思います。ただ……」
ゲオルクは、口ごもってしまう。
それだけで、彼が最前線で経験したことを、アリアは察してしまう。
「別に言わなくても大丈夫ですよ。それにしても、よく士官になろうなんて思いましたね? そんな経験をしたら、軍隊自体が嫌になりそうですけど」
「もちろん、嫌になりました。ただ、同時に、気付いてもしまいました。一兵士のままでは、どうすることもできない現状というものに。国が荒れているのに、上の者たちは動かない。あまつさえ、自分たちのことばかりを考えている」
ゲオルクは、一度、言葉を区切る。
「それなら、自分が士官になって、少しでも国を良くしたいと思いまして。もちろん、現実的に難しいことは、百も承知です。ただ、可能性がないワケではありません。どんなに可能性が低くても、つかみとってみせます!」
決意の固さが、話しているアリアに伝わってきた。
(いや、凄いな! 『士官になったら、最前線に行かなくても済むかな?』とか考えている人間とは大違いだ! もう、眩しくて見ることができないよ!)
アリアは、素直に感心してしまう。
と同時に、一瞬、顔を背けてしまった。
「どうされましたか、アリア中尉? もしかして、お肉が生でしたか?」
「いえ、少し、ゲオルクのことが直視できなかっただけなので、大丈夫です」
「? どういうことですか?」
疑問顔のゲオルク。
だが、アリアが答えるよりも早く、声が聞こえる。
「ゲオルク! 私は、感動をした! まさか、ここまで志高い同期がいるとは!」
ピンク色の髪の女性は、ゲオルクの手をつかむと、ブンブンし出す。
「ちょ! ペトラ! いきなり、どうした!?」
ゲオルクは、いきなり現れたペトラに戸惑っている。
「いや、済まない! この国を想うゲオルクの気持ちが伝わってきてな! さぁ、あちらで、この国の未来について語り合おうではないか!」
ペトラはそう言うと、ゲオルクをどこかへ連行し始めた。
「待てって! 俺は、アリア中尉と話をしたい! おい! 聞いているのか!?」
ゲオルクは抵抗をしていたが、そのまま、引きずられていってしまう。
(ふぅ~! 助かった! これ以上、ゲオルクと話すと、色々とボロが出そうだったからな! ペトラの乱入は助かった! よし! 今のうちに、サラさんとステラさんに合流しておこう!)
アリアは焼いたお肉を持って、二人を探し始めた。




