250 厳しい雨
雨の中、始まった行進訓練。
折り返し地点である訓練場を出発した入校生たち。
悪銭苦闘を繰り広げながら、なんとか、25km地点まで到達していた。
(……あと、5kmか。もう、ここからは気合いだな)
入校生と並行して歩いているアリア。
そんなアリアの眼には、ユラユラとしながら歩いている入校生が多数いた。
もう、限界なのだ。
歩く速度も、始まった頃と比べると、遅くなっている。
体力がない入校生に至っては、後ろの者に押してもらい、なんとか歩いている有様であった。
リュックの中身は、他の入校生に分配されている。
それでも、体力のない入校生にとっては、厳しいものであった。
(本当は、この後、攻撃があるものな。こんな状態では、戦えないよ。まぁ、攻撃前に、多少、休憩があるだろうけど。それでも、行軍は、体力の消耗が激しい。そんな状態でも戦わないといけないからな。やっぱり、軍隊は厳しいよ)
アリアは、リュックを背負い直す。
筋肉が凝ってしまって、気持ち悪かったからだ。
ただ、明らかに、出発前と比べ、重くなっている。
リュックを背負い直すのも、体力を使ってしまう。
そんなこんなで歩いている入校生たち。
口数は、ほとんどない。
もう、何か、言葉を発する元気すらないのが現状である。
ただ、そんな状況でも、必死に周りを励ましている入校生もいた。
「あと少しだ! 頑張って、歩こう!」
ゲオルクは、そんな入校生の一人だ。
歩けなくなった入校生のリュックを押し、なんとか歩かせていた。
背負っているリュックの挙動も、近くにいる入校生とは違う。
歩けなくなった入校生の荷物を、他の入校生よりも多く持っているためだ。
軽そうにユラユラと動くことはない。
平民組には、ゲオルクのような入校生が多い。
皆で、なんとか進んでいる。
もちろん、貴族組にも、周りの状況を見て、動いている入校生も存在していた。
「民を導く貴族が、そんな有様でどうする!? 少しは、気合いを見せろ!」
ゲオルク同様、歩けなくなってしまった入校生を押している者がいた。
ピンクの長髪には、泥が普通についている。
リュックも、二つ背負っていた。
背中と体の前に一つずつ背負いながら、動いている。
だが、キツそうな素振りを見せず、周りを鼓舞し続けていた。
(さすが、ローマルク王国軍の元帥の孫だな。普通の貴族とは気合いが違う。そういえば、筆記試験と実技試験、どっちも1位だったよな。やっぱり、お家柄が、彼女を頑張らせているのかな? 私みたいに、面倒だとか、嫌とか、あまり思わなさそう)
ペトラ・フォン・ブラウン。
周りを頑張らせようと奮闘している女性の名前だ。
貴族組は、彼女を中心に回っていると言っても、過言ではない。
筆記試験、実技試験の結果はもとより、それだけの魅力を持っている。
なにかと自尊心のある貴族組の入校生も、彼女には大人しく従っているのが良い例だ。
(彼女みたいな人が、偉くなっていくのだろうな。同じような貴族でも、全然、違う人がいるのは、どうしてなのだろう? やっぱり、そもそもの志が違うのかな?)
アリアは、少し離れた場所に視線を向ける。
そこでは、燃えるような赤髪の女性が、手の平に小さい炎の球を浮かべていた。
どうやら、手が濡れているのが気持ち悪かったようである。
だが、雨のせいで、すぐに消えてしまう。
「チッ!」
アリアの耳にまで、普通に舌打ちが聞こえてくる。
(エレノアさんもな……性格以外は、理想的な軍人だ。普通、剣技と魔法をどちらも使える人なんていないからな。しかも、あんな性格だけど、指揮能力もあるし。小さい頃から、命令するのに、慣れているからなのかな?)
少しでもツラさを紛らわせるため、アリアはそんなことを考えていた。
――夕方。
入校生たちは、何とかハリル士官学校に到着する。
最後のほうは、普通に走ったりしていたが、到着は到着であった。
時間一杯、ギリギリの到着だ。
すでに雨は上がり、夕焼けが入校生たちを照らしていた。
全身、ドロドロ。
顔にまで泥がついている者もいた。
校庭に整列した入校生は、今か今かと解散の合図を待っている。
入校生の頭には、早く訓練から解放されたいという思いで一杯だ。
「お疲れ様。ここで解散としたいが、長時間の行進訓練で筋肉が凝っているだろう?」
お立ち台に立った主任教官の一人が、何やら、良く分からないことを言っている。
(……どこの国でも、この流れって、お約束なのかな? はぁ……普通に疲れたから、休みたいのだけど。たしかに、足の筋肉は凝っているけどさ。走っても、疲労は抜けないよ。それどころか、キツイだけだろう)
アリアは、横目で隣の人の表情を確認した。
『まぁ、分かるけどさ。ただ、疲れているからやりたくないな』
バスクは、何も語らない。
だが、表情が物語っている。
入校生たちはというと、
『……嘘だと言ってくれ』
と言わんばかりの表情である。
そんな入校生の思いは通じるワケがなく、校庭を出発し、士官学校内をグルグル走り始める入校生たち。
装備もそのままなので、ペトラなど、二つのリュックを持ったままだ。
教官陣はというと、叱咤激励をしながら、入校生と並行して走っている。
結局、行進訓練が終わったのは、士官学校を3周した後であった。




