249 雨の中の歩み
――6月末。
そろそろ7月になろうかという頃。
ハリル士官学校の入校生は、雨の中、王都ハリルから伸びる街道を歩いていた。
30kmの行進訓練である。
王都ハリルの近くにある訓練場まで歩き、士官学校まで戻ってくるという訓練内容だ。
行進訓練から連接して、何か、訓練をやるワケではない。
とはいえ、雨の中の行進訓練である。
(……ただでさえ、行進訓練はキツイものな。加えて、この雨。今回は、中々、ツラい訓練になりそうだ)
アリアの眼には、黙々と行進をする入校生たちの姿が見えた。
まだ、始まったばかりだが、その歩みは遅い。
(雨で、街道がぬかるんでいるからな。歩くのが遅くなっても仕方がない。とはいえ、時間は決まっているからな。小隊長は、頑張って歩かせないといけない。そうしないと、休憩時間がどんどんとなくなっていく)
最初は、まだ体力があるから良いが、後々、休憩できなかったことは響いてくる。
入校生たちも、この前の行進訓練で、散々、迷った際に、それは経験済みだ。
ただ、雨という状況が、訓練を厳しくしている。
(雨具もな。着てはいるけど、そのうち、雨が貫通してくる。結局、服とか、リュックが濡れた状態になるからな。軍靴の中も、軍服の裾を伝って、水が入ってくる。歩くたびに、ジャブジャブだよ)
軍服、背負っているリュック、軍靴の中。
汗や、雨のせいで、全てが濡れた状態になってしまう。
とはいえ、雨具のおかげで、進行を遅らせることはできる。
不快な感情を少しでも減らすことが可能だ。
(雨って、本当に気分が落ち込むよな。防御側だったら、結構、最悪だよ。掘った塹壕とかが水浸しになるし。しかも、全身、泥だらけ。中々、泣きたくなる状況だ。まぁ、攻撃をする側も、キツイと言えばキツイけど。ただ、雨の音で、動いている音は消えるからな。襲撃する際は、結構、良いのかな?)
入校生の様子を見つつ、アリアは、そんなことを考えていた。
違うことを考えて、少しでも気を紛らわせる。
軍隊生活の中で、身についてしまった癖のようなものだ。
アリアが気を紛らわせている間にも、入校生たちの歩みは進んでいた。
――15km地点。
入校生たちは、なんとか折り返し地点である訓練所に到着していた。
ここでは、少し長めの休憩をとることになっている。
とはいえ、雨の中であるが。
「休憩なんていらないから、さっさと帰りたいですの。多分、入校生も、同じような考えだと思いますわ」
折り畳みのイスに座っているエレノア。
小型で、耐久性もある。
しかも、地面に座るより、楽な体勢で休むことができた。
雨でぬかるんだ地面に座ることもないワケだ。
持ってきている入校生も、中にはいる。
ちなみに、主任教官、補助教官を問わず、持ってきている教官はエレノアだけであったが。
軽いとはいえ、荷物が増えるのを嫌がった結果だ。
取りだすのも、しまうのも面倒なのが、玉に瑕である。
「まぁ、木々の根本で休めているとはいえ、多少、雨には打たれていますからね。しかも、地面は濡れている。休んでいたほうが、余計、体力を使いそうではあります」
立ったままのアリア。
地面に座って、中の服にまで、水が貫通してくるのが嫌なためである。
近くには、他の補助教官面子もいた。
「とはいえ、結構、限界が来ている入校生も多い。平民組、貴族組を問わずだ。まだ、なんとか、脱落をせずに歩いてはいるが、時間の問題だろう。なるべく、ここで休んでおかないと、帰りが大変なことになる」
エドワードは、近くにいる入校生たちに視線を移す。
学級委員長三人組も、心配げな顔だ。
木々の根元で、死んだようになっている。
中には、目を閉じてしまっている者もいた。
ぐったりした入校生に、雨が降り注いでいる。
多少、木々で防げてはいるが、雨に打たれていることには変わらない。
「帰りが正念場ですね。一人が崩れたら、一気に崩れてしまうのは確実でしょう。とはいえ、全員で歩き抜かれなければ、意味がありません。それに、行軍はあくまで移動ですからね。本当は、この後に攻撃が控えています。こんなところで、脱落してはいけません」
ステラは、いつも通りの表情で、入校生たちを見ている。
「厳しいけど、その通りですわ。全員、将来は士官になりますの。自分のことはできていないと困りますわ。部隊のことを第一に考えないといけませんの」
サラも、ステラの考えに同意していた。
そろそろ、休憩時間も終了する。
入校生にとっては、苦難の時間が始まりを迎えようとしていた。
小隊長役の入校生が、声を出し、整列をさせる。
だが、その動きは、緩慢であった。
疲労が残っているのは、丸わかりである。
いつもは怒鳴り声を上げる教官陣も、今回は、静かに見守っていた。
ダラダラ動いて困るのは、入校生自身である。
どんどんと休憩時間が短くなるためだ。
ハリル士官学校に到着しなければならない時間は決まっている。
必然、遅れた分は、予定していた休憩時間を削るしかない。
(前の行進訓練よりは、全然、できている。皆が、小隊長役の入校生のもと、協力をして動いているし。ただ、雨が状況を悪くしている。やっぱり、雨の中の行進訓練はキツイよ)
訓練場を出発した入校生。
その横を並行して、アリアも歩き始める。
まだまだ、雨は止みそうになかった。




