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248 謁見

 参謀本部と軍本部の入っている建物を出たミカエラとハインリッヒ。

 表には、中央軍総司令官用の馬車が停まっている。

 ハインリッヒが使っている馬車とは違い、見た目からして、お金がかかっていると分かるものだ。


「私、この馬車、嫌いなのよ。揺れがないのは良いけど、これで戦争にはいけないわ。私が一兵士だったら、ムカつくもの。しかも、実用性は皆無。まさに、中央軍を現わしている馬車ね。自分たちは、戦うなんて思ってないから、こんな馬車を見ても恥ずかしいと思わないのよ」


「たしかに、中央軍の雰囲気には辟易としてしまうな。東部戦域軍とは大違いだ。北部戦域軍は知らないが、まぁ、予想はできるな。なにせ、エザイア王国と隣接している。小競り合いも絶えない。戦いに関する考え方は、大きく違うだろう」


 馬車に乗ったミカエラとハインリッヒは、会話を始める。

 馬車は、ゆっくりと目的地に向かって進み始めていた。


「当たり前よ。いつ、エザイアが攻めて来るか、分からないのよ? ハインリッヒが言った通り、小競り合いなんて日常茶飯事。それでも、兵士は死ぬわ。戦いを意識していない兵士なんて、いないわよ。だから、中央軍の雰囲気には耐えられないわ。反吐が出るわね」


 ニヤニヤしていることの多いミカエラ。

 だが、この時は違う。

 憤怒そのものである。


「もしかして、私を焚きつけたのも、それが理由か? 独断専行をさせて、わざと処分をされようとしているだろう」


「それはないとも言い切れないわ。ただ、さっきも参謀総長に確認したでしょう? 役職を外せるほどの処分は下せない可能性が高いって。だから、どの道、私は、中央軍の総司令官を続けるしかないのよ。まぁ、ローマルク王国は、これから荒れそうだし、中央軍に戦場を覚えさせるには良い機会だと思うわ」


「なるべく、荒れてはほしくないがな。ただ、それも、これから陛下に謁見してからのことだ。お許しにならなければ、私もお前も、軍法会議にかけられる。もしかすると、最悪、役職を外されるかもな」


「そうなった時は、そうなった時よ。私は、何の役職も持たない一人の帝国軍人として、北部戦域軍に戻るだけだわ」


「お前の名声を考えれば、考えづらい展開だがな。西部戦域軍か、南部戦域軍に異動させられるだけだろう」


「もう、皇都メイルークから出られるなら、どこでも良いわよ。いや、前線が良いわね。後方で待機なんて、性に合わないわ」


「後方の部隊も、お前が来たら、さぞかし迷惑するだろう。そうならないためにも、陛下に言うことは、しっかりと考えておけよ」


「もちろん、考えているわよ。その場のノリと雰囲気でゴリ押しをすれば、大体、何とかなるわ」


「はぁ……心配しかないな……」


 ハインリッヒは、ため息をついてしまう。

 雨の中、馬車は皇帝の座する城まで向かっていく。

 その間、ハインリッヒは、再度、書類に目を通し始める。


 対して、ミカエラは、窓越しに外を見ているだけであった。

 足を組んで、頬杖をついている。

 その様子だけで、ミカエラの心境を推し量ることができた。






 ――数十分後。


 ミカエラとハインリッヒの姿は、皇帝の座する城にあった。

 案内係に従い、通路を歩いている。


「相変わらず、広いわね。トイレに行くのが遠くて嫌だったのを思い出したわ」


「実家とも言える皇城に帰ってきて、言うことがそれか? もっと、違う感想はないのか?」


「ないわよ。士官学校に入る時には、皇族の地位を捨てていたもの。私の部屋とか、もうないらしいわよ。実家と言っても、帰ってくることがないのだから、感想なんてないの。仕事で来る場所よ、ここは」


 ミカエラは、割り切っているようだ。

 事実、士官学校に入って以来、皇城には仕事以外で来たことはない。

 休暇となっても、フラフラとするか、北部にある自分の屋敷に戻るだけである。


「……そうか」


 ハインリッヒは、それ以上、この話題を出すのをやめた。

 謁見の間に近づきつつあるのも理由だ。

 ただ、あまり触れるような話題でもないと考えてしまった。


 無言のまま、歩くこと、数分。

 ついに、皇帝と宰相のいる謁見の間に到着した。

 案内係が到着を大きな声で報告する。


 すると、豪勢な扉が開かれた。

 ハインリッヒとミカエラは、赤い絨毯の上を歩いていく。

 奥にいる皇帝と宰相のもとまで到着すると、顔を下に向け、膝を折った。


「面を上げよ」


 皇帝の声が響く。

 と同時に、ハインリッヒとミカエラは、顔を上げた。


「ハインリッヒ上級大将、ミカエラ上級大将、参上いたしました」


 ハインリッヒは、定型化された言葉を述べる。


 目線の先には、ミハルーグ帝国の皇帝であるヴィルヘルム・フォン・ミハルーグの姿があった。

 ハインリッヒの言葉を聞き終わると、動きがある。


「ご両人には、ローマルク王国に関しての報告をしていただきます。それでは、説明をお願いします」


 隣で立っている男性が口を開く。


 マンフレート・フォン・リーベルス。

 30代半ばにして、ミハルーグ帝国軍の宰相を務める男性だ。

 もちろん、若いとはいえ、実力に見合ったものを備えている。


 マンフレートの言葉に返事をすると、ハインリッヒは、報告を始めた。

 事前に、ベーリスが報告に赴いていたのもある。

 それほど、時間をかけずに、終わった。


「……ベーリスから聞いた通りか。さて、ここからが問題だな」


 ヴィルヘルムは、ハインリッヒとミカエラに視線を移す。

 と同時に、マンフレートが口を開く。


「ご両人は、陛下の承諾をなしに、勝手に行動をされました。なので、然るべき処分を下したいと考えています。その前に、何か申し開きすることはあるでしょうか?」


 処分を下す前に、弁解の機会を与えてくれるようだ。

 すぐに、ミカエラが弁解を始める。


「ありません。ハインリッヒ上級大将を焚きつけたのは、私です。なので、今回の責は、全て私にあります」


「……弁解はしないのか?」


 ヴィルヘルムは、問うてしまう。

 色々と考えているのは、たしかだ。

 表情が変わりはしないが。


「いたしません。独断専行をしたことは、どのような理由であれ、言い訳できないと考えています」


「……昔から変わらないな。分かった。ハインリッヒは、どうだ?」


 ヴィルヘルムは、ハインリッヒの方向に視線を集中させる。


「最終的な決断を下したのは、私です。責任の所在は、ミカエラ上級大将ではなく、私にあると考えています。なので、全ての責任は、私に帰するものです」


 ハインリッヒも、言い訳はしないようだ。

 用紙してきた書類は、無駄になってしまっていた。


「ふ~む。どうしたものか……」


 二人の言葉を前に、ヴィルヘルムは考え込んでしまう。

 沈黙が謁見の間を包む。

 そんな静寂を斬り裂いたのは、マンフレートである。


「恐れながら、陛下。ここで、処分を下さないというのは、軍人や文官たちに、誤った認識を与えてしまいます」


「それくらい、分かっておる。どのくらいの処分にしようかを考えているのだ。マンフレート。何か良い案はあるか?」


 お手上げのヴィルヘルムは、助言を求めた。


「現状、ご両人の役職を解くのは、中々、難しいと考えます。文官はまだしも、軍内部で論争が巻き起こってしまうかと。国民の目から見ても、活躍したご両人に泥をつけたと見られるでしょう。それでは、陛下から民意が離れてしまいます」


 マンフレートは、言葉を区切る。


「とはいえ、処分を下さないワケにはいきません。なので、俸給を半年間、ゼロにするというのは、どうでしょうか?」


 その言葉が聞こえた瞬間、ミカエラは顔をしかめた。

 ただ、それも一瞬の間ではあったが。

 ハインリッヒの表情は変わらない。


「半年間、ゼロか……これは、効果的な罰と言えるのか?」


「上級大将の俸給は、相当な金額です。それを半年もとなると、人にはよりますが、厳しい処分になるとは思います。この浮いたお金を、ローマルク王国に対する支援という名目で使用すれば、ご両人の面子も保たれるでしょう」


「分かった。それでいこう。不満はないな?」


 ヴィルヘルムは、確認をしておく。

 この場で不満があるとは言えるワケがなかった。

 相手は、皇帝である。


 ハインリッヒとミカエラは、肯定の言葉を述べるしかない。


「とりあえず、処分は決まったか。次は、ローマルク王国のことだな。新国王は、モーリスと言ったか? お前の目論見通り、動いてくれているのか? せっかく捕まえた反乱分子を解放したと聞いたが?」


「選抜して、要職につけている状況ですね。たしかに、独立の気運が起こる可能性もあります。ただ、彼は、そこまで愚かではないと考えています。結局、我々の軍が、ローマルク王国に駐留しているのです。あまり無謀なことはできないかと」


 ハインリッヒは、一度、言葉を区切る。


「それに、混乱に乗じて、略奪などをした反乱分子は、モーリス国王自ら、処分するよう命令しているようです。明らかに、日和見をしていた前国王とは違います。彼なら、ある程度は、国をまとめることができるでしょう」


「そうか。エザイアのように、革命を起こされ、独立されるという事態には、ならないのだな?」


 ヴィルヘルムが、懸念を示すのは当然である。


 かつて、今のエザイア王国は、ミハルーグ帝国の北西に位置する、一つの地方であった。

 鉱物資源と海産資源の豊かな場所である。


 ただ、問題があった。

 エザイアと呼ばれる少数民族が、元々、住んでいる土地だ。

 昔は、今のエザイア王国のように独立した国であった。


 それを、ミハルーグ帝国が力で併合したという背景がある。

 当然、少数民族であるエザイアは、反発をし続けていた。


 ミハルーグ帝国はというと、これまた力で押さえつけ、なんとか支配をしていた。

 だが、ある一人の男性の登場によって、情勢は大きく変わる。


 現エザイア王国の国王の登場だ。

 エザイアの英雄王と呼ばれるほどの男性である。


 海路経由でエンバニア帝国の支援を受けてはいたが、瞬く間に、ミハルーグ帝国をエザイア地方から駆逐をしてしまう。


 それどころか、ミハルーグ帝国へ、逆侵攻を開始する。

 勢いは凄まじく、次々と都市が陥落していった。


 当時の北部戦域軍の指揮のマズさもあったが、それでも、異様な速度であった。

 皇都メイルークに到達するのも、時間の問題に思われた。


 そんな中、登場したのが、ミカエラである。

 当時、少尉であった彼女の英雄的な活躍によって、なんとかミハルーグ帝国軍は、反攻をし始め、現在の国境線まで押し戻すことに成功していた。


 そんな背景があるため、ヴィルヘルムが、懸念を示すのは当然である。


「最終的な手綱は、我々が握るので、そのような事態になる前に対処は可能です。こちらの意を裏切り、独立などをすれば、どうなるか。モーリス国王も、国が焦土にされるのは、避けたいでしょう」


 ハインリッヒは、冷静な言葉を述べた。


「そうか。それなら良い。これで、終わりとする。どうだ、ミカエラ? 皇都メイルークに戻る気になったか?」


「いえ、今、ローマルク王国には中央軍一万が駐留しているので、そちらの指揮をしたいと考えています」


「……やはり、中央軍に縛り付けるのは、どう考えても、無理があるな。優秀な将官を適切に配置できないのは、口惜しい」


 ヴィルヘルムは、残念そうな顔をする。


 元々、ヴィルヘルムの考えでは、ミカエラを北部戦域軍の総司令官に任命する予定であった。

 ただ、一部の将官や参謀に猛烈に反対されたため、仕方なしに、中央軍の総司令官に任命したという経緯がある。


 完全に、政治的な話であった。


 皇帝といえども、全て、強行できるワケではないのが、現実である。


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