247 本番
――参謀総長の部屋に入ってから、30分後。
「まぁ、予想通り、特に何もなく終わったわね。結局、それほど強い処分を下せないことが分かって、良かったでしょう?」
「処分が下されることには、変わりないだろう。陛下を説得できなかった場合はな。そこから、失脚していく可能性も十分にあり得る。お前は大丈夫だろうが、私は、どうなるか予測できない」
部屋を出た二人。
次の目的地は、ミハルーグ帝国軍の総司令官の部屋である。
一方は軽い足取り、もう一方は重い足取りであった。
「心配し過ぎよ。メイルークにいる将官連中が止めてくれるわ。ハインリッヒが退いたら、次は自分の番になるかもしれないもの。火中の栗なんて、誰も拾いたいなんて思わないわ」
「たしかに、失敗の見えているローマルク王国の統治なんて、誰もやりたがらないだろう。ローマルク王国を捨て石にする前に、現状のままであれば、反体制派などが勢力を盛り返すハズだ。もし、大規模な反乱にでもなれば、エンバニア帝国と削り合わせることすら困難になる。責任を取るで済むものではないな」
「だから、ハインリッヒが任命されたのよ。若い上級大将なんて、泥を被せるには最適でしょう? ただでさえ、ローマルク王国防衛戦で、戦線を大幅に押し上げることに成功しているもの。妬まれていても不思議ではないわ」
「お前も、若い上級大将のハズだがな……如何せん、影響力が違い過ぎる。今や、表立って、お前にケンカを売れる人間は少ないからな」
「売られたケンカは、買う方針なのだけど。最近は、全然ね。偉くなってしまったのも、原因だと思うわ」
「上級大将で、国民の人気もある。賢明な者なら、余計ないざこざを起こそうとは思わないだろう。はぁ……性格さえ、まともなら、素直に尊敬できるのだかな」
「失礼ね。性格も、まともよ。おかしいと思ったことなんて、一度もないわ」
ミカエラは、すぐに反論をする。
対して、ハインリッヒは、無視をして歩みを進めていた。
それから、2分後。
ミカエラとハインリッヒは、行列に並ぶことになる。
もちろん、前に並んでいた佐官一同は、前を譲ろうとしていた。
ただ、時間がかかると言って、普通に断る。
実際、参謀総長ほど、短い時間で済むとは思えなかったからだ。
「相変わらず、元帥閣下は元気ね。外の天気なんて、関係ないみたいよ。ここからでも、声がバッチリと聞こえるわ」
ミカエラは、頭の後ろで腕を組んでいる。
その言葉通り、現在進行形で、部屋の中からは怒号が聞こえてきていた。
声が大き過ぎて、どのような内容で指導をされているかが、丸分かりである。
数分後には、部屋から走って逃げていく佐官の一人が見えた。
「中々、懐かしい光景だな。私も佐官の時は、よく走っていた」
「あら? 私は、走っていなかったわよ。ただ、一度入ると、一時間くらい出ることができなくて嫌だったわね。大体、途中から、お説教に変わるのよ。中々、堪えたわ」
ハインリッヒとミカエラは、昔話をしてしまう。
それほど、記憶に残っていることであった。
そんなこんなで、佐官時代のことを話していると、ついに、二人の出番がくる。
「ハインリッヒ上級大将、ミカエラ上級大将、入ります」
緊張した面持ちのハインリッヒ。
対して、特に思うこともないミカエラ。
ハインリッヒが扉を開けると、
「このぉぉぉ! 馬鹿者どもがぁぁぁぁ!」
という怒鳴り声が、すぐさま二人を襲う。
同時に、机の上に手の平が振り下ろされる。
「元帥閣下。そんなに大きな声ばかり出されていると、血管が切れて死にますよ」
ミカエラは、涼しい顔で怒声を受け流す。
「お前がそれを言うか! 散々、人を怒鳴らせているのは、お前だろう! まったく、いつになったら、素行を改めるのだ! もう、上級大将なのだぞ! 落ちつきというものを身につけないで、どうする!?」
部屋の主は、憤慨している。
ミハルーグ帝国軍総司令官である彼の名は、グレゴール・フォン・シュトルム。
白髪混じりの50代の男性だ。
精悍な顔が示す通り、様々な戦いを駆け抜けてきた猛者である。
「私は、昔から落ちついていますよ。元帥閣下のほうこそ、静かに指導されたほうが良いと思われます。怒鳴るほうが疲れませんか?」
「余計なお世話だ! ふぅ~! ミカエラと話をしていると、疲れてくるな! ハインリッヒ、ベーリスからは聞いておるが、もう一度、報告しろ!」
「はい」
ハインリッヒは返事をすると、事細かに説明を始める。
グレゴールはというと、腕を組んで、目を閉じ、黙って聞いていた。
説明が終わると、口を開く。
「……大体、分かった。ただ、独立の気運が起こるのは良くないな。エザイアの二の舞だけは避けねばならない。独立をさせるとしても、徹底的にエンバニア帝国を削った後だ。撤退するとなった場合も、ローマルク王国の国民はこちらに連れてこい。あとは、村落なども、焼き払えば、エンバニア帝国が得るものはないだろう」
エンバニア帝国が、ローマルク王国を占領したとする。
だが、そこに、人はいない。
しかも、食料、建物を始めとしてなくなっている。
井戸には、毒が投げ入れられ、飲めたものではない。
穀倉地帯は、焼き払われている。
端的に言うと、焦土になっているというワケだ。
「もちろん、分かっています。上手くいかなかった場合に備え、準備も並行して進めている状況です。私が考えているのは、我が帝国に友好的なローマルク王国を作り出すこと。それによって、短期的ではなく、長期的なエンバニア帝国への壁とすることです」
「上手くいけば、今の方針よりは良いだろう。もう一度言うが、エザイアの二の舞にだけはするな! 賢いお前たちのことだ。それくらいは分かっているとは思うがな! 俺からは、もうない! 陛下のもとに行き、さっさと説明してこい! 独断専行をして既成事実にできるかは、お前たちにかかっているからな!」
グレゴールはそう言うと、シッシと手を振る。
ハインリッヒとミカエラは、礼をすると、部屋を出た。
次の目的地に向かって、通路を進む。
「意外と怒っていなかったわね。もしかして、元々、私たちと同じ考えを持っていたのかしら?」
「そうかもしれない。ただ、中々、実現するのが難しい案だからな。ミハルーグ帝国軍はもとより、文官連中も、捨て石案を支持している。そちらのほうが、短期的に資源を節約できる」
「エンバニア帝国も、それなりにキツイだろうけど、我が国も、それほど余裕はないわ。ローマルク王国よりも、アミーラ王国に支援をしたいと思うのは当然だわ。資源も、労力も、お金も、無限ではないもの」
「その点を考慮しても、ローマルク王国が自活できるようになってほしい。ミハルーグ帝国からの支援なしで、エンバニア帝国と対抗してくれるのが理想的だ。まぁ、さすがに難しいとは思うがな。あとは、ローマルク独立国の問題もある」
「フフフ。前途多難ね。モーリス新国王には、頑張ってもらわないと。そうでないと、今あるローマルク王国の領土が、焦土になってしまうわね」
「やりたくはないがな。軍人が戦場で死ぬのは、しょうがないと言えば、しょうがない。ただ、民間人に苦難を強いるのは間違っている。他国とはいえ、国民を無理矢理連れてくるなど、おかしい」
ハインリッヒは、かなり渋い顔をしている。
「戦いは、厳しいものね。戦争という機構それ自体が、意思を持っているみたいよ。始めてしまえば、止めるのは至難の業。我が帝国が本格的に巻きこまれないためにも、ローマルク王国には、頑張ってもらわないといけないわね」
ミカエラの表情は変わらない。
軍人としては、高位と言える上級大将。
それでも、戦争という機構を前にできることは限られていた。




